第一次世界大戦下のヨーロッパを舞台に、実在のスパイ“マタ・ハリ”を独自の脚色で描くミュージカル『マタ・ハリ』。フランク・ワイルドホーンのドラマティックな音楽に乗せて描かれる愛の物語の幕が再び上がりました。
柚希礼音さん
愛希れいかさん
主要キャストがそれぞれダブルキャスト、組み合わせの違いによる変化も話題の『マタ・ハリ』2021の観劇レポートをお届けします。レポ後半は、おけぴ会員のみなさんからお寄せいただいた感想もご紹介!
◆ この日のキャストは、マタ・ハリ:柚希礼音さん、ラドゥー大佐:田代万里生さん、アルマン:東啓介さん。
柚希礼音さん
自らの力で立ち、自らの力で人生を歩んだ女性マタ・ハリ。
冒頭、群衆の中に現れる一人のダンサー。彼女こそ、柚希礼音さん演じるマタ・ハリ。その圧倒的な存在感、スターのオーラ増し増しで観客の心を掴みます。「これが私」、その堂々たる舞踊は決して媚びることなく、潔さと力強さ、美しさは物語の導入に十分な求心力。当時の観衆と現代を生きる我々(観衆)が重なり合うような瞬間です。目の前の、この一人の女性にこんなにも惹かれるのはなぜか、彼女は何者なのか──、それを解き明かすように、物語は彼女の真の姿を描き出します
(あくまでも物語ですが)。
東啓介さん、田代万里生さん
マタが諜報活動に加担せざるをえない状況に追い込むのがフランス諜報局のラドゥー大佐、演じるのは新キャストの田代万里生さん。戦時下にもかかわらず、その人気故、マタ・ハリが国境を越えて公演を許されているところに目をつけ、彼女の秘密を武器にフランスのスパイになることを強要する。
国家のため、フランス軍のダメージを回避するために策を練る男・ラドゥー、田代さんがもつ清廉さも相まって、型通りの悪役というより、忠実に任務を遂行する軍人という印象。そこからミイラ取りがミイラのごとく、次第にマタへの歪んだ愛に支配されていく過程では、崩壊してゆく男の哀れを体現。滅びの美学と生々しい人間味、どちらも感じさせることができるのは、ワイルドホーン楽曲に仕掛けられた情緒を表現・芝居にまで高める田代さんの確かな歌唱力があってこそ。ラドゥーもまた、あの時代に翻弄された男なのだという説得力のある芝居です。
アルマンは東啓介さん、続投組です。東さんは舞台を拝見するごとに魅力の最高点を更新してくるまさに伸び盛り。マタの前に現れる運命の恋人アルマンのキラキラが眩しい。ふたりが見た美しいパリの夜明け、柚希マルガレータ(マタの本名)と東アルマンの視線の先に広がる景色が観客にも見えてくるような柔らかな表情に心がキュンです。一方で、アルマンもまた秘密を抱え、葛藤します。心情を吐露する楽曲での真っ直ぐな歌唱に、愛を知ったアルマンの強さを感じます。
宮尾俊太郎さん
ドイツ将校ヴォン・ビッシングには、バレエダンサーの枠を超えて活躍されている宮尾俊太郎さん。宮尾さんの魅力を活かすダンスシーン、それは単なる“宮尾さんの見せ場”にとどまりません。エキゾチックなマタの舞踊とノーブルな宮尾さんのダンス、その違いがヨーロッパ上流社会におけるマタの特別な存在感を際立たせます。時に言葉よりも雄弁な身体表現の力、『マタ・ハリ』に新たな魅力が加わりました。宮尾さんの実直な歌声も!
春風ひとみさん、愛希れいかさん
マタに寄り添う衣裳係アンナを演じるのは春風ひとみさん。マタにとってかけがえのない居場所のような存在です。マタとアンナのやり取りは物語の中の癒し、その一つひとつは決して長いシーンではないのですが濃い!そのために終盤に交わすひと言──、あの瞬間の見ている者の心を揺さぶる破壊力が生まれるのです。
また、パリやベルリンの社交界を彩る上流階級の人々、兵士たち、彼らの無事を祈る女性たち、様々な身分に姿を変え作品世界を作り上げるアンサンブルキャストのみなさんも実力派ぞろい。その中でも、シスターたちの崇高な歌声が心にしみました。
セットも一部リニューアル、ただ初演で効果的だった3階(いや、それ以上?)の高さのあるマタが暮す部屋の屋上は健在! この立体感、高低差が、空と大地、その間に生きる人々という存在を強く感じさせるのです。
結末はみなさんご存じの通り。ただその時も柚希マタは「これが私」、そう言わんばかりの満たされた表情を浮かべます。類まれなる行動力と生命力を感じさせるマタ・ハリ、その行動のすべてに「わかる、わかる!」「自分もそうする」とは思えないのですが
(ザ庶民)、ラストの表情には自然と心が共鳴する。どこかでマタの理解者となっている自分がいます。
時代背景も決して明るくはなく、ワイルドホーン氏独特の重量級の楽曲ぞろい、演る(やる)も見るもなかなかハイカロリーな作品です。でも、これがまたクセになる!心地よい疲れと特別な満足感とともに劇場を後にしました。
ラストシーン、みなさんはどう感じるか。
ぜひ劇場で、配信で、みなさんの目や耳、心でお確かめください。
◆ ここからはおけぴ会員のみなさんからお寄せいただいた感想をご紹介。ダブルキャストの愛希れいかさん、加藤和樹さん、三浦涼介さんの回をご覧になった方からの声も!
田代万里生さん、愛希れいかさん
◆世界史で習った第一次世界大戦が血肉を備えた歴史として舞台上に展開され、息をのんで最後まで見ました。ワイルドホーンの楽曲も素晴らしく、「普通の人生」を聞くだけでも劇場に来る価値があります。妖艶なダンスにも目を奪われました。
◆力強く美しい作品でした。キャストの皆さんのそれぞれの役への深い理解と愛情も感じられます。戦火で圧迫される庶民の生活と、同時進行で展開される軍部や富裕層の煌びやかな社交場の対比に胸が痛くなったり、そんな立場の違いはあっても、愛する人の命を想い涙するのは同じであることはしっかり伝わってきます。
生きるか死ぬかを決めるのは誰?と歌う女性たちが切ないです。
主人公が女スパイだから、より強調されているのかもしれませんが、真実と嘘は裏腹、と繰り返される歌も印象的。戦火にあって、市井の人々が、平和が戻るまで「生き抜くんだ」と強烈なメッセージを歌うオープニングは特に印象的で、作品の世界に引き込まれます。休憩後、二幕の最初も強いメッセージが送られてきます。幕間で一度緩んだ気持ちをグッと掴み直される演出も素晴らしかったです。
加藤和樹さん
◆なんと言っても柚希マタの強さ、美しさのオーラが圧倒的です。
アルマンに出会い恋する少女のようにたおやかに変わってゆく様も見ものです。
三浦アルマンは一途にマタを想う気持ち、裏切りを隠しながら苦悩する様がキュンとして、良い俳優になりましたね。加藤ラドゥーは完璧に役にはまり、個人の感情を抑え込みながら、己の立場を全うする冷酷さを表現していました。一幕後半の加藤さん三浦さんのデュエットは圧巻でした。
◆強く激しく美しい柚希さんのマタが素晴らしい。田代さんのラドゥーは冷酷な軍人というより、エキセントリックで危ない人みたいな印象。マタへの思いが強烈でした。東さんの爽やかなアルマンと好対象で、一幕終りの二人の歌は歌唱力の殴り合いのようで、聞き応え抜群です。
◆初演ですっかり作品のファンになってしまったので、今回も楽しみにしていました! 柚希さんは激しい炎のような生命力溢れるマタ・ハリでしたが、愛希さんはしなやかな柳のように、たおやかさを備えつつ、決して揺るがない芯の通ったマタ・ハリでした。
◆ピンポイントでオススメしたいのが、マタが出番前に香水をまとい“マタ・ハリ”になるところ。必見です。
◆愛希れいかマタで拝見しました。異次元のようなスタイルの良さ!そして強く、愛に生きるマタ・ハリの表現。素晴らしかったです。田代万里生さんのラドゥー、観る前は悪い万里生さんが想像つきませんでしたが、ヘビのような狡猾さと執拗さでした!
◆初演で柚希さんを拝見し、今回は愛希さんのマタ・ハリを観劇しました。それぞれの魅力は比べようもありませんが、愛希さんの華奢なお人形のような身体から迸る生命力と力強さに圧倒されました。
三浦涼介さん(中央)
◆歌、音楽、ダンス、ステージ構成、全てが最高でした。久しぶりにミュージカルらしいミュージカルを観た気がしました。柚希さんの鍛え上げられた身体だけでも観る価値があるくらい魅惑的なマタ・ハリ。加藤さんの迫力あるラドゥー。愛さずにはいられないほど魅力的な三浦さんのアルマン。ドイツ側の宮尾さん、ダンスも知略の演技もステキでした。
◆宮尾さんの歌に聴き惚れてしまいました。ソロが一曲だけではもったいないと思いました。軍服でのダンスもダンディで格好よかったです。役者としてもどんどん出演してほしいです。
◆マタ・ハリ登場シーンから、その存在の輝きに目を奪われる。鍛え抜かれた身体からにじむ艶めかしさ、中傷されながら毅然と生き抜いてきた女性の誇り。この日のアルマンは東啓介氏だったが、張りのある素晴らしく艶やかな美声、長身で抜群のスタイル、品の良い顔立ちが醸し出すノーブルな存在感は、唯一だと思う。奥が深くなった表情の演技、仕草にアルマンの苦悩、マタへの命を懸けた愛があふれ出していて、素晴らしい舞台だった。
◆親身に世話をやいてくれる衣装係の女性の誠実さもこの芝居の1本の骨。(最期に彼女の「決め台詞」が心をえぐってきます)
柚希礼音さん、加藤和樹さん
公演は27日まで東京建物 Brillia HALLにて、その後、愛知公演(刈谷市総合文化センター)、大阪公演(梅田芸術劇場メインホール)へと続きます。また、東京千穐楽となる6月26日17時&27日12時にはライブ配信も決定!詳細は
こちらから!
舞台写真撮影:岡千里
感想寄稿:おけぴ会員のみなさん
おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人