新国立劇場 演劇『あーぶくたった、にいたった』稽古場レポート~夕方の風の匂い~


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 「こつこつプロジェクト」第一期作品が初お目見えとなる、新国立劇場 演劇12月公演『あーぶくたった、にいたった』稽古場の様子をレポートいたします。

「こつこつプロジェクト」(HPより)
 一年間かけて試演を重ね、その都度、演出家と芸術監督、制作スタッフが協議し、上演作品がどの方向に育っていくのか、またその方向性が妥当なのか、そしてその先の展望にどのような可能性が待っているのかを見極めていく「こつこつプロジェクト」。時間に追われない稽古の中で、作り手の全員が問題意識を共有し、作品への理解を深め、舞台芸術の奥深い豊かさを一人でも多くの観客の方々に伝えられる公演となることを目標とします。

♪あーぶくたった、にいたった
にえたかどうだかたべてみよ
むしゃ、むしゃ、むしゃ……


 幼き日に空き地で遊んだ記憶がよみがえる。夕焼け空とともに、“夕方の風の匂い”に思いをはせる、稽古を観ていて、そんな懐かしさも覚えました。

 稽古場には穏やかな空気が流れています。信頼関係が生み出す家族的な雰囲気を感じます。そして実際に稽古が始まると、一定の緊張感が生まれつつ、それぞれが広い視野で役や作品と向き合っている様子が伝わってくるのです。



 がらんと広い稽古場には、古い電柱と色あせた万国旗。視線をやや上手に移すと、金屏風の前にはむしろが敷かれ、その上に2つの座布団がちんまりと置かれている。眼前に広がる景色、それを構成する一つひとつがとても雄弁で、そこにひとつの世界ができあがっているのです。

 別役実・作の『あーぶくたった、にいたった』では、登場人物は男1、女1、男2、女2という“名もなき人々”。そんな市井の人々が第一場から第十場まで、10のお話を紡ぎます。ただし、第一場の女1と第二場の女1が同一人物ということもない。でも、どこかでなにかが繋がっていると感じさせるお話たちなのです。



広い世界の片隅に暮らす二人

 第一場は婚礼の日。花嫁と花婿が金屏風の前の座布団に座っている。初々しい夫婦の会話は、二人のその後の人生について。子が生まれ、その子が成長し……、想像は妄想に変わり、もはや暴走!! まさかの結末を迎えようというところで、現実に戻ってくる。その顛末が乾いた笑いの中で繰り広げられます。






 演出は西沢栄治さん。印象的だった言葉は、「見せようとしないで」「パフォーマンスにしないで」という言葉。“掛け合いの妄想”は、いくらでも面白おかしくヒートアップさせることができるけれど、あくまでもある生活者の会話。それが確かさと不確かさの絶妙なラインで繰り広げられるところに危うさと面白さが生まれ、ちょっとしたズレが耳に、心に、頭に引っ掛かるのです。



 また、第一場、芝居の入りのテンションを探っている男1の山森大輔さん、女1の浅野令子さんに対し「第十場から繋げるような感じで第一場に」という西沢さんの提案。これには思わず膝を打ちました。このループ感。おそらく何度繰り返しても、らせん状に上がっていくこともなく、その場でループし続けるのだろうという作品のトーン。「第一場は、(稽古場では、毎日同じ場を何度か繰り返し稽古しているが)いつも1回目より2回目のトライのほうがしっくりくる」という、山森さんと浅野さんの言葉にもナルホド! ほどよく力が抜けた日常の平らかさがいいのでしょうね。

 第一場、第二場……第九場、第十場、第一場と、どこかで繋がりながらぐるりと輪になった、その真ん中にいつもある、やや間延びした「あーぶくたった、にいたった」という子どもの歌声。なんとも言えないゆがみを感じさせる作品です。それは「あーぶくたった」のあの遊びの、周りの「あぁよかった」の定型文の嘘っぽさ、鬼が言う「おばけがきた!」の後、散り散りになる光景の虚しさにも似ています。






「あなた……」



 第二場は、こちらも婚礼の日。花嫁とその母の“晴れの日の風景”に始まり、父の体たらく(それもどうやらいつものこと)、花婿の不在、母の狂気、父の呑気、娘の……。というこれまた怒涛の展開が繰り広げられるのです。面白いんです、とても。でも、同時にゾッとする。




 母(女2)を演じる稲川実代子さんは「いろんなことをやりすぎてしまう。もっと平らにやろう」とトライ。そうかと思うと、凄みをきかせるパターンにもトライ! それに対して西沢さんは「こういうのがあってもいいね」と。試演を重ねた上で、さらに試行錯誤を続けるのです。

 とても微妙なニュアンス「あなた」の「た」の置き方ひとつが、雰囲気をガラリと変える。長年の夫婦生活の中であったあれやこれや、そのすべてをひっくるめて、「あなた(意味:まさかまたやらかしたんじゃないでしょうね)」の「た」。そこに何を込めるか。それはもう、うん十年の思い(というか恨みつらみ⁉)のこもった「た」です。ためるか、強めるか、それともあえてのあっさりか。さあ、どんな「あなた」になるか乞うご期待! そして、それを投げかけられる父(男2)の龍 昇さんが安定のおとぼけと言いますか、かなり味わい深いのです。必見!

 こうしていわゆる“不条理劇”という世界でありながら、その台詞の一つひとつにはリアリティがある。演じ手と役の距離感をどうとるかが難しいと思われるのですが、女1も女2も皆がそこに生きていることを感じさせる芝居になっています。(だからこそ怖い)




 また、第二場では、ガクッ、ガクッと幸せな人生からのつまずきが! 第一場では辛うじて幸せな晴れの日に戻ってきて終わるお話が、第二場では……。続く、第三場に漂う不安。そして第四場では……と、各場が虚しさと哀しさという、なんとも言えない後味を残す。今更ここで言うまでもないことでしょうが、本当にすごい戯曲です。

 そのお話の展開は、ぜひとも劇場で味わっていただくとして。もう一つ感じたことは、電柱の地中化が進む昨今、いつか別役作品のトレードマークでもある電柱のある景色も過去のものとなっていくのだろうかということ。そんな景色も含めて、昭和の日本を描いた『あーぶくたった、にいたった』は気構えることなく見て、楽しんでいるうちに人生の深淵に触れるような観劇体験ができそうです。


【こつこつプロジェクトならでは】

 こちらは傷痍軍人役などでご出演の木下藤次郎さんの登場場面。といっても、ここは第三場と第四場の繋ぎ。実験的に、男が下手から上手へ歩くという場面が作られています。実はこれ、別役実さんの『風のセールスマン』からのワンシーンにイメージを得たもの。男のぎこちない歩き方に普通に歩くこと(=人生)の難しさが投影されている瞬間。





 これは『風のセールスマン』にも本作との繋がりを感じたという西沢さんの発案で、試演会から試されていることのひとつ。また、こうして稽古を重ねていく中でも、翌日は『風のセールスマン』とやはり本作を読み解く上での助けとなるであろう『この道はいつか来た道』という2つの別役作品をみんなで読む時間を設けるとのこと。こうして、『あーぶくたった、にいたった』はより奥行きを増し、作品としての強さを増していくのでしょう。それができるのは、これまでの積み重ねがあるからこそ。そしてそれこそが、じっくりと時間をかけて作品を作っていく本プロジェクトの真髄。小川絵梨子芸術監督の思いが、そこにひとつ結実していました。


 本作は、「昭和」という時代とそこに生きた名もなき人々について思いをはせ、別役実がさまざまなかたちで描き続けた「小市民シリーズ」と呼ばれる作品群のひとつ。つましく生きる、生活者レベルの日本人論に演劇でたどりつこうという意欲作!

 とかく難解だといわれる“不条理劇”ではありますが、それよりも「引き込まれる」のほうが確実に強い稽古場でした。「どうかな」→「くせになりそう」→「放心」→「考える・感じる」、そんな体験をぜひ新国立劇場 小劇場で! 



あらすじ
婚礼で幕が上がる。新郎新婦は、これから生まれる子どもの将来を想像している。二人の会話の中で彼らの子どもはどんどん成長し、驚くべき結末を迎えてしまう。楽しい新婚時代から子どもが生まれ、落ち着いた結婚生活、そして老境へと。幾千万の名もなき人間が出会うであろう最終景、彼らの上にチラチラと雪が舞いはじめる・・・・・・。



【公演情報】
新国立劇場 演劇『あーぶくたった、にいたった』
2021年12月7日(火)~19日(日)@新国立劇場 小劇場

<スタッフ>
作:別役 実
演出:西沢栄治

<キャスト>
山森大輔
浅野令子
木下藤次郎
稲川実代子
龍 昇

公演HP:https://www.nntt.jac.go.jp/play/bubbling_and_boiling/

☆「こつこつプロジェクト」 ページ:https://www.nntt.jac.go.jp/play/kotsukotsu/

おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人

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