2022年3月に、待望の再演の幕が開く
ミュージカル『メリー・ポピンズ』にて、煙突掃除屋のバートをダブルキャストで演じる
大貫勇輔さんと
小野田龍之介さんにお話を伺いました。ともに初演キャストであり、現在、
ミュージカル『フィスト・オブ・ノーススター〜北斗の拳〜』(以下、『北斗の拳』)でも共演されている、気心の知れたお二人ならではの楽しく素敵なお話の数々です!
(初演時は、大貫さんはバート役、小野田さんはロバートソン・アイ役を務められました)大貫勇輔さん(上)小野田龍之介さん(下) 写真:玉村敬太
【バートはとにかく鬼練習⁉】
──はじめに『メリー・ポピンズ』という作品におけるバートをどのような存在だと捉えていらっしゃいますか。まずは、初演でも同役を演じた大貫さんからお聞かせいただけますか。大貫さん)
ミュージカル『メリー・ポピンズ』は飛び出す絵本のような作品。バートはその絵本のページをめくる人、そんな存在かな。演劇的に言うと、ストーリーテラーとしてお客様と物語の架け橋になる役。今回も、お客様の心に素敵な時間をお届けできるよう、しっかりと稽古したいと思います。メリーやバートは、芝居や歌に限らずやるべきことが本当に多い役なんです。多分、まだ覚えているので……それをベースにして、より一層、役を深めていきたいと思います。うん、きっと覚えているはず(笑)!──小野田さんは、前回はロバートソン・アイ役でご出演されていましたが、バートはどう映っていましたか。小野田さん) 舞台上での接点はあまりなかったので、印象に残っているのは稽古場での様子です。振付もお芝居もそのほかも⁉、細部に至るまでやるべきことが決まっているのでとにかく鬼練習していた印象です。そしてバートはエンターテインメント性のみならず、作品が持つ高いドラマ性も担っている。例えば、お芝居について言えば、メリーとの関係、バンクス家の子どもたちとの関係、ジョージ(お父さん)との関係など、それぞれの芝居の流れ、関わりの中でいろんな姿が見え隠れする役柄。バートを演じるのは大変そうだなと他人事のように見ていました(笑)。
──とくに前回は初演ということもあり、多くのご苦労があったと思います。大貫さん)
大変なことがありすぎて(笑)。ひとつ挙げると、♪Jolly Holidayというナンバーではメリーやバートは息を切らせてはいけないという約束事があるんです。そのタイトル通り、楽しい休日、公園を楽しく散歩するように展開していく中で「(メリーと一緒なら)どんな場所でも、特別な場所になるんだよ」と子どもたちに歌うシーン。実際はダンスや歌唱に加えて早替えもあり、俳優にとってはなかなかハードです(笑)! あれもこれもしながら、息を整えてバートとして振る舞い表現すること、それに慣れるまでは本当に大変でした。ほかにもいろんなことがありましたが、でも、今思い返すと不思議とどれも楽しい思い出です。小野田さん) 僕は、「一生懸命やっているように見せるシーンはひとつもない」という振付スタッフの言葉を覚えています。バートのビッグナンバー♪Step in Timeやショーアップされた♪Supercalifragilisticexpialidociousなど、最後にポーズで終わるナンバーの時に、「止まった瞬間に肩で息をするのは絶対ダメだよ」と。あれだけ動いて歌って、挙句の果てにポーズで涼しい顔をするって酷だなと。
──それを徹底することによって、観客が純粋に「すごい!」「魔法の世界だ!」と感じることができるのでしょうね。 さて、小野田さんは今回、新たにバート役に臨むのですが、ここまでお話されてきた「大変そうだな」は、裏を返せば……。小野田さん) はい。バートは大変やりがいのある役だと思っています。まず、この『メリー・ポピンズ』という作品。僕はディズニーが大好きで、この作品もずっと見ていたので、大好きな作品で憧れのバート役を演じることができることを幸せに思っています。
【ともに高みを目指す】
──今回、ともにバート役を作り上げる小野田さんに大貫さんからエールを!大貫さん)
エールですか⁉「まぁ、頑張れよ!」(笑)。小野田さん) なんだそれ(笑)!
大貫さん)
いや、僕が小野田さんに何か言うなんて!!『北斗の拳』でも、小野田さんが出てきたときの安心感、安定感といったら、もう。頼れる先輩です、年下だけど(笑)。だから僕自身も初心を忘れずに、龍ちゃんと意見交換しながら新しいバートを作り上げていこうと思っています。エールだなんておこがましいことは小野田さんには言えないです。よろしくお願いします(笑)。小野田さん) 怖いわ~(笑)! 僕は、一緒にこの役に挑むダブルキャストが勇輔くんでよかったと思っています。それは、役は違えど、ともに初演ならではの生みの苦労を共有したファミリーの一員だからです。初演だからこそ、じっくりと丁寧に作ることができた部分は確実にあり、それは作品の核になるものです。それを基礎として、バートを演じる上での大切なエッセンスの数々を経験者の勇輔くんから学び、そこに僕なりのアイデアも注ぎ、二人で2022年版のバートを作っていく。お互いに引っ張り上げるような形で、より高みを目指してきたいと思っています。『北斗の拳』の稽古の合間に、僕が海外スタッフに言われたことを勇輔くんと共有しているのですが、話をしながらすでにワクワクしている自分がいます。
【宝物の言葉】
──海外スタッフに言われたことを少し具体的に伺えますか。バートの人物像は細かに描かれているわけではなく、どこか謎めいたところもあります。写真:玉村敬太
小野田さん) バートは魔法使いでも何でもない、あくまでもイギリスの労働者階級の男。その身体の重さや声の重さ、人間らしさを大事にして欲しいと言われました。ミュージカルナンバーが始まれば華やかな場面に飛躍するけれど、一気にジャンプしないで人間バートがどう歌い、踊り、語るのかを考えていこうと。
──なんでもできるエンターテイナーという印象が強かったのですが。小野田さん) 僕自身、観ていても、俳優としてもその印象が強かったんです。実際それも間違いではないのですが、バートは “楽しむ心”を持って生きているからこそ、いろんなことができ、希望に満ち溢れている。そしてそれを教えてくれたのがメリーだということ。ようやく再会を果たした二人、メリーは空からやってきてバンクス家を守り、バートは大地からバンクス家を支える存在として、土臭さのようなものを忘れずに、地に足の着いたバートにしたいと思います。
──そんな彼がStep in Timeでは!!というミラクル、より一層素敵なシーンに感じます。小野田さん) そうやって描かれてはいない人間ドラマも映し出せたら面白いですよね。
大貫さん)
確かにバートがメリーのかつての教え子だというのは、僕らの中で共通認識としてあります。バンクス家を通して、ずっと会いたかったメリーに再会できた“喜び”、メリーに「彼らのことをよろしくね」と託されたことに対する“使命感”はバートの人間味あふれる側面。そしてもうひとつ、物語の世界を俯瞰で見る“客観性”。3つのバートがいるという感覚で、シーンごとに演じ分けた記憶があります。
あと、先日話している中で面白いなと思ったのは、メリーがバンクス家に「Supercalifragilisticexpialidocious」という言葉を授けたように、バートには「Chim Chim Cher-ee」という言葉をあげたのではないかということ。バートにとって「Chim Chim Cher-ee」は宝物の言葉だから、彼はそのメロディに合わせていろんな場面で歌うのではないか。同じメロディで歌詞が変わるというのは、覚える段階では苦労もしましたが、そんな裏ストーリーがあったとしたら面白いですよね。今回も、稽古しながらいろんなことを考え、発見していくことを楽しみにしています。── “宝物の言葉”って素敵ですね。ちなみにお二人が壁にぶつかった時や迷った時に力をくれる“宝物の言葉”は。大貫さん)
ぜひ、龍ちゃんに訊きたい! だって壁にぶち当たることなんてないでしょう。小野田さん) いやいや、毎日のように壁にぶつかっているよ。よそ見をして歩いているとね。あ、そういうことじゃなくて(笑)?
大貫さん)
ほらね、こういう人なんですよ(笑)。小野田さん) それは冗談として(笑)。お芝居に臨む自分の心に深く刻まれているのは「集中して、丁寧に、淡々と、張り切って、並みでいけ」という、劇団四季の浅利慶太さんの言葉です。勇輔くんは?
大貫さん)
僕は、とにかくきつい時こそ「感謝」。苦しいことも、迷うことも、それを味わうことができるのは幸せなこと。極論を言うと生きているだけで「感謝」!そう思えば乗り越えられる。そんな大きな意味での「感謝」です。苦しい時ほど、そこに立ち返ります。【タイプが違うからこそ】
──ここからはお二人について伺います。お互いに似ているなと思うところは。写真:玉村敬太
大貫さん)
龍ちゃんと似ているなと思ったこと…… 一度もないかも(笑)。ある? あ、ワイン?小野田さん) そうだね、お酒が好き。地元が一緒。僕たち小学校が一緒なんですよ。
大貫さん)
僕が6年生の時に龍ちゃんは3年生。さすがに面識はありませんでしたが。──同郷なんですね! では、俳優としてのタイプは。小野田さん) 全然違うんじゃないですかね。大きなくくりで言うと、お互いにこういった芸事、表現の入口がダンスだという共通点はあります。でも、勇輔くんはダンサーとしてのキャリアを積み、その身体能力は世界レベルの俳優なので「同じです」とは言い難いところがありますが。
大貫さん)
確かに俳優としてのタイプは違うよね。ただ、うまく言えないけれど、似ていないからこそ刺激をもらえる存在でもある。稽古場でも「今のシーン、どう見えた?」と相談することがよくありますが、自分にはなかった着眼点で意見をくれるのでとても参考になるんです。そして異なる視点からの意見だけど腑に落ちる。それは作品のために自分がどうあるべきかというスタンスが共通するからなのかな。今、そんなことを思いました。小野田さん) そうだね。お互いに作品主義というのは共通しているね。
【ワクワクドキドキを取り戻す】
──作品にお話を戻しますと、『メリー・ポピンズ』というハッピーでカラフルでクリアーな作品を、混沌とした現代、2022年の世の中に届けることについてどう捉えていらっしゃいますか。小野田さん) 『メリー・ポピンズ』は宝石箱のような作品。目にも鮮やかですし、耳にも心地よく、ダンスやお芝居で届けられる物語にちりばめられた素敵な言葉で心も豊かになる。さらにたくさんの仕掛けがあり、ハッピーと驚きの連続です。そこで感じるワクワクドキドキは、僕たち人間に本来備わっているもの。ただ、ここ数年はコロナの影響で心も、行動も、人間関係もどこか閉鎖的になってしまいました。今はそこから少しずつでも日常を取り戻そう、前に進もうというムーブメントが起こり始めているように感じます。それは僕らの業界だけでなく。
そんな2022年に『メリー・ポピンズ』を上演することは、窮屈な暮らしの中で忘れかけていたワクワクドキドキを、もう一度取り戻す手助けになると感じています。出演者がこんなことを言うのは変かもしれませんが、楽し過ぎて涙があふれてくる、そしてエンターテインメントは人生になくてはならないとここまで明確に思わせてくれる演目は、ほかにはないと思うんです。言葉だけの芝居では到達できない、音楽がいざなってくれるディズニー特有のマジカルな世界。メリーの魔法は、客席のみなさんはもちろん、僕ら俳優を含めた関わる全ての人にしっかりと作用すると、僕は信じています。
大貫さん)
これは初演の時から感じていたことですが、この作品は総合エンターテインメント、総合芸術として完成されています。音楽、衣裳、セット、振付、物語……どこを見てもパーフェクト。さっき龍ちゃんが言った「楽し過ぎて涙が出る」って、そういうことだと思うんです。ここから状況がよくなっていくことを願っていますが、まだまだ先の見えない世の中で、このとてつもないハッピーが劇場を満たすということの価値。『メリー・ポピンズ』を、今、届ける意味は確かにあると思っています。──最後に、『フィスト・オブ・ノーススター〜北斗の拳〜』と『メリー・ポピンズ』の2作連続でご一緒されるお二人ですが、このように両極端とも言える世界を生きる俳優の仕事についてどう感じていらっしゃいますか。大貫さん)
俳優として旅をさせてもらっているような感覚です。僕は、その前が『王家の紋章』でしたので、古代エジプトから世紀末、そしてロンドン。時空を超えて、実人生では味わうことのできないスリルやドキドキを味わい、たくさんの景色を見せてもらっています。そんな経験のできる俳優という仕事は素晴らしいと思っています。『北斗の拳』では、ケンシロウ役として命を落とした仲間の思いや哀しみを背負って生きているので、精神的にしんどいところも。それを乗り越えるところにやりがいや充実感を覚えていますが、ふと、素の大貫勇輔に戻った時に、そうだこの次は『メリー・ポピンズ』のあのハッピーな世界に行けるんだ!と夢見る気持ちが芽生え、それに救われるようなことも、ほんのちょっぴりあります(笑)。そんなことも含め、作品とのめぐり合わせやそこでの経験の一つひとつが糧となっています。小野田さん) 本当に(作品のトーンの)高低差がありすぎて耳がキーンとなりそうだよね(笑)。でも、それが俳優の仕事の面白さ。どれも3時間ほどの物語ですが、そこで役を生きることによって経験することが、僕ら俳優の心を豊かにしてくれます。『レ・ミゼラブル』や『北斗の拳』で哀しみやどん底を味わったからこそ、それをバネに『メリー・ポピンズ』の世界に飛躍できる。また、同じ役を再び演じる時は、その間にほかの作品、役で経験した気持ちを芝居に活かすことができる。一つひとつの経験が財産になる仕事です。そして、得られる財産はスキルだけではありません。作品ごとに、共に作り上げるチーム、ファミリーができ、そこで感じる人と人との繋がりのありがたさも大切な宝物。だから俳優の仕事はやめられません!
──素敵なお話をありがとうございます。 お二人が作り上げるバートというキャラクター、そして2022年の『メリー・ポピンズ』がますます楽しみになりました。
おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・文)監修:おけぴ管理人