ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』をベースに、1990年代のアメリカ西部で起きたひとつの殺人事件と、ある家族の愛憎を鮮烈に描き出すミュージカル『BLUE RAIN』が、昨年7月の日本初演に続き、早くも再演されます。
東山光明さん、池田有希子さん、大沢健さん
作品を生み出したのは、『SMOKE』を生み出した韓国の気鋭の作家コンビ、チュ・ジョンファ(作演出)&ホ・スヒョン(音楽)。人間が心の奥底に抱く感情を深く抉ることから“ハマる”と称されることが多いジョンファ作品ですが、本作も例にもれず人間の根源的在り方を問うような奥深さと熱量がある、ドラマチックなミュージカルです。
物語は富豪ジョン・ルキペール殺害事件の真相を追う中で、一家の血や因縁が暴かれていくというもの。12年ぶりに家に帰ってきたとたん事件が起きたことから犯人と目される長男テオ、弁護士として成功し、ジョンに家に呼び戻された次男ルーク、ジョンの愛人だったことが判明するテオの恋人ヘイドン、旧くからルキペール家に使える家政婦エマ、新しく雇われた使用人サイラス……。すべての登場人物が心に秘密を抱え、それが少しずつ暴かれていきます。一体、ジョンを殺したのは誰なのか――?
ルークを演じる東山光明さん、テオに扮する大沢健さん、エマ役の池田有希子さんの3人に作品の魅力を訊きました。
──今、稽古場はどんな雰囲気ですか。東山:むちゃくちゃ、進みが早くありませんか?
池田:ね。この日までにここをやる、という目標どおりに進んでいる。
大沢:とりあえずひと通り全体の演出をつけてくださった方が、台詞も入りやすくなるので、僕はこの進め方はありがたいです。
──早いんですね。一度出来上がったものがあるからでしょうか。池田:それもあります。ただ私は、気持ちいいほど、動きも台詞も忘れていますが(笑)。
東山:(笑)。いやこの作品、パネルを動かしたりと、やることも多いですので、絶対忘れますよね(笑)。
池田:「ああ、こうだったな」と思い出すものもありますが、たいがいにおいてすごく新鮮(笑)。新鮮なのはいいことだと、自分を納得させています(笑)。
大沢:(笑)。
──改めてそれぞれの演じる役柄について教えてください。東山:僕の演じるルークは、ルキペール家の次男です。父のジョンが専制君主みたいな人で、ルークは幼い頃に父から虐待を受けていて、その反動で「絶対のし上がるぞ」というエネルギーを持ってNYに旅立ち、弁護士として名をあげてルキペール家に帰ってくる。そこから事件に巻き込まれ、その事件を解決しようと奔走する役柄です。
大沢:僕はその兄、テオを演じます。同じく父ジョンの虐待を受け、テオの方は反抗して家を出て行ってしまった。親の愛情に飢えて育ってきた人間特有の、もの悲しいオーラが出たらいいなと思い、そういうところを大事に作っていきたいと思っています。その瞬間は明るく笑っていても、あとに残る悲しさみたいなものを丁寧に作りたいです。テオという役は僕にとってはちょっと珍しいタイプの役です。でも自分と離れているからこそ、飛べることもある。今回はそういう挑戦をさせてもらっています。
池田:私はルキペール家に長く勤めている家政婦のエマです。住み込みの召使いですね。テオとルークのことは幼いころから見ていて、ふたりが大変な子ども時代を過ごしているのはもちろんわかっているし、自分自身もジョンの暴力の被害者でもある。でもやっぱり暴君の下で育たなければいけない子どもに救いを与えてあげたい、自分が暴力の傘になってあげたいと思うのだけれど……そこまでの力がないという、悩ましい役です。
──大沢さんと東山さんが兄弟というのは、なんだかしっくりきます。池田:うんうん。
大沢:本当ですか!
東山:嬉しいです。大沢さんとご一緒するのは初めてで、映像の、それこそ子どもの頃に見た『僕らの七日間戦争』などの印象が強いのですが、今回初めて稽古をご一緒した本読みの時に「声がすごく素敵だな」と思って。優しさがにじみ出ている。初演の吉野圭吾さんとはまた違う兄弟関係が構築できそうです。新しい兄弟の絆を作っていきたいですね。
大沢:僕はひとりっ子で、兄弟ってこういう感じなのかな、というのは想像でしかないのですが。ルークとテオは対立する関係性ではあるのですが、父の暴力を受けて育っていたという同じ傷を負っています。言い合いの中でも「俺たち兄弟が……」というような台詞を口にする瞬間、幼い頃にお兄ちゃんとして弟を守ってあげようとしていた優しさがふわっと浮かんでくるような、そんな関係が伝わっていけばいいなと思います。……でもテオは本当に残念な人なんですよ(笑)。
東山:犯人と疑われ、投獄され、出てきたらこの話が終わっていたみたいなところがありますよね(笑)。
大沢:抗って騒いで、よかれと思ってやることが全部ダメな方に行く(笑)。そもそも、12年ぶりに実家に帰ったら、そのことを利用されてしまって……。でもそういうヤツなんでしょうね。生きるのが下手くそな男。愛おしいですよね。
──東山さんと大沢さんは初共演なんですね。大沢さんと池田さんは?池田:20年前に共演済みなんです。『LITTLE VOICE』(2002年)で。今回はそれ以来の共演です!
大沢:芝居を観に行って、会ったりはしていたので、そんなに久しぶりな気はしないけれど。よく考えたら『LITTLE VOICE』ぶりなんだね。今回、テオが12年ぶりにルキペール家に帰ると、最初に出迎えてくれるのがエマなんです。その設定と被ります(笑)。
池田:そうなの(笑)。わあ、現実と同じだ! と。でも健君は、20年前から“お芝居めちゃうまマン”なので、ずっと頼りにしています。今回も、新しいテオが健ちゃんだと聞いて「絶対大丈夫」と思いました。
大沢:ミュージカルはまだ数作目なので、歌で迷惑をかけないようにしないと……。
池田:いやいや、歌が上手くてびっくりしました。
東山:本当に、声も素敵ですし。
大沢:光栄です。こんな大変な役、ミュージカルを専門にやっていらっしゃる方に話がいくべきところを、こうやって挑戦できるというのはなかなかないところ。チャンスを大事に噛みしめてやっていきたいです。
──東山さんと池田さんは『BLUE RAIN』初演に、今年の『SMOKE』と共演が続いています。お互い俳優としてどう見ていますか。東山:僕がゆっこさん(池田)を語るのもおかしいのですが、本当に毎回、毎公演違うんです。同じセリフを口にしていても、ゆっこさんはいつも新鮮。
池田:安定してないのよ……。
東山:いやいや、僕らやっぱり何度も稽古を繰り返しますので、「こう投げたらこう返ってくるだろうな」と予測しちゃうじゃないですか。でもゆっこさんは思ったとおりに返すことが、まずない。僕が投げたものを、受けるゆっこさんが自分の中でちゃんと消化して返してくださるから毎回違うんですよね。それがすごい。僕の場合、音で覚えてしまうところがあって、それを変えたいなと自分でも思っているのですが、ゆっこさんは、そして大沢さんもですが、演劇の道を貫いていらっしゃる方は、“相手の芝居を受けて、自分が出す”んです。それだけ感情を動かしているんですよね。自分も感情をもっともっと動かしていきたいな、それが課題だなと思っています。
池田:お芝居ってキャッチボールだから、私がそう出来ていると言ってくれるのであれば、それを投げているみっちゃん(東山)が、ビビッドなものを発してくれているからだよ。出来ているよ!
東山:ありがとうございます。でも本当にゆっこさんは、こちらの感情も次のシーンに自然に向かえるように、どんどん連れていってくれる。本当にすごいです。
池田:私は稽古場で、みっちゃんの歌を耳をダンボにしていつも聞いています。今日、タイミングの確認で、音取り風に歌ったじゃない。ああいう、さらっと歌う時の音の正確さもすごいよね。一方で力を入れて歌う時との、レンジの見事さ。とにかく勉強になるし、私もこんなに歌えたらいいなと思う。
東山:(照れて)……もっと頑張ります!
──最後に、今回、ご自身で「ここが挑戦だな」と思うところを教えてください。池田:今回は初演では(感染症対策で)できなかったことが、できるようになった。初演は直接触れ合えない、確かめ合えないという演出で、もどかしさが際立つ演出でした。それが少し緩和された状況での芝居になります。もどかしさはキープしつつ、コミュニケーションが密になる分、掘り下げられるものも多くあると思います。感情も心情も、深めたいです。
大沢:僕は、まずは歌なのですが、理想は音符を意識せず、芝居の延長線上で歌うこと。そのためには、そこへ気持ちを持っていくテクニックが必要になります。まだ僕はミュージカル経験が浅いのでいきなりはできませんが、その目指すもののひとかけらだけでも習得できるように、そこを目指して頑張ります。
東山:僕も、課題は歌です。意識せずとも(芝居で自然に)歌いたい。まだ頭で考えちゃうんですよね……。それに加え、今回僕はルークのもう少し弱い部分を出したいと思っています。自分のプライドで隠していた部分がちょっとずつ漏れて見えてしまう瞬間があったりしてもいいかなと。あとは逆に、父ジョンの悪い部分がしみついて、無意識に出ちゃうとか。原作『カラマーゾフの兄弟』のテーマでもある“血”の濃い部分をもっと深めていきたいというのが、挑戦です。
池田:頑張っていきましょう!
記事中のお写真は、染谷洸太さん(写真左)による撮影です♪
撮影:染谷洸太 取材・文:平野祥恵
この記事は公演主催者の情報提供によりおけぴネットが作成しました