あらすじ
和歌山県の港町。手書きの地図を持った女性が 25 年ぶりに訪れる。女性は大学時代、この港町にサークルの合宿でやってきて、たまたま寄り鯨が漂着した現場に居合わせた。まだ命のあった鯨を、誰もどうすることもできなかった。
ここは江戸時代から何度か寄り鯨があって、そのたびに町は賑わったという。漂着した鯨は"寄り神様"といわれ、肉から、内臓、油、髭まで有効に使われたと、地元の年寄りたちから聞いていた。
女性が持っている地図は、大学の同級生がつくった旅のしおりの1ページ。女性はその同級生を探しているという。彼女はかつて、自分が傷つけたかもしれないその同級生の面影を追って、旅に出たのだ。地元のサーファーの青年が、彼女と一緒に探すことを提案する。
作 横山拓也からのメッセージ
年に何回か、鯨が岸に打ち上げられるニュースを見て、小さく興奮する自分がいます。大型哺乳類の命の消失に触れてショックを受けると同時に、あの大きな躯体がいつのまにか砂浜に辿り着いたという事象に、ミステリとロマンを感じてしまうのです。鯨の座礁は、海洋汚染などの環境問題や船舶の騒音による影響が原因とも言われますが、最近では「ソナー(音波探知)の錯乱」による例がもっとも多いと報告されています。鯨やイルカは、音波を出してその跳ね返りで自分の位置を把握するという話を耳にしたことがあると思います。その能力が地磁気の等高線と遠浅の直行線とが交差するところで錯乱が起きて座礁する例が多いそうです。説明を聞いてもよくわかりません。この座礁した鯨のことを「寄り鯨」と呼ぶことを知りました。日本ではその昔「鯨一頭で七浦が潤う」といって、浅瀬に上がった寄り鯨を捕らえて、その恩恵をみんなで分け合う地域もあったそうです。今回はじめてご一緒する大澤さんと「どんな作品にしましょうか」とやりとりする中で、座礁鯨のモチーフを提案したところ面白がってくれたので、「迷う」「探す」「地図」などの要素をもって書くことにしました。楽しみしかなくて気持ちが逸りますが、筆が座礁しないように、慎重に執筆に取り組みたいと思います。演出 大澤 遊からのメッセージ
既成の台本をもとに創作することの多かった僕が、新作の演出のチャンスをいただけた、まず素直に嬉しいです。さらに様々な劇場でお名前をよく目にする横山拓也さんの新作。楽しみで仕方ありません。横山さんとざっくばらんにお話ししている中から、いくつかのイメージが生まれて来ました。それがこの創作の始まりです。いま横山さんがセリフを紡いでくれているところです。以前、恩師である宮田慶子さんに作家が机に向かっている姿を後ろから見たときに、声を掛けられなかったと伺ったことがあります。作家がセリフを紡ぐ作業、物語と向き合う作業は、大袈裟にいうと命を削る作業なのかもしれません。いま僕にできることは作家さんと並走すること。ただ見守ることしかできないかもしれませんが。横山作品の魅力のひとつは、どの登場人物もしっかりと生きている、もしくは生きていたこと。書き上がった物語を、一緒に向き合う仲間たちと丁寧に立ち上げていきたいと思います。地図を頼りに「生きている」ということを大事にして。余談ですが、保育園で僕のものだとわかるように貼られていたシールが鯨だったことをふと思い出しました。小さい頃から鯨と縁があるようです。作:横山拓也 (YOKOYAMA Takuya)
1977年生まれ。大阪府出身。劇作家、演出家、iaku代表。緻密な会話が螺旋階段を上がるようにじっくりと層を重ね、いつの間にか登場人物たちの葛藤に立ち会っているような感覚に陥る対話中心の劇を発表している。繰り返しの上演が望まれる作品づくり、また、大人の鑑賞に耐え得るエンタテインメントとしての作品づくりを意識して活動中。 【受賞歴】第15回日本劇作家協会新人戯曲賞『エダニク』、第1回せんだい短編戯曲賞『人の気も知らないで』、第72回文化庁芸術祭賞新人賞〈関西〉ほか。
演出:大澤 遊 (OSAWA Yu)
日本大学芸術学部演劇学科卒業。演劇ユニット「空っぽ人間」を主宰、すべての作品で構成・演出を手掛けるほか、フリーの演出家として活動。主な演出作品として『あん』『BIRTHDAY』『ダム・ウェイター』『君がいた景色』『まじめが肝心』『かもめ』『少年Bが住む家』など。平成28年度文化庁新進芸術家海外研修制度の研修員としてイギリスのDerby Theatreにて1年間研修。新国立劇場では「こつこつプロジェクト」の第一期の演出として参加、『スペインの戯曲』を一年かけて取り組んだ。