新国立劇場 演劇×舞踊クロスオーバー企画 長塚圭史さん、米沢唯さんスペシャル対談



2023年4月開幕、新国立劇場バレエ団「シェイクスピア・ダブルビル」『マクベス』にてマクベス夫人を演じる同バレエ団プリンシパルの米沢唯さんと、同7月、「未来のおとなと、かつてのこどもたちへ」を冠に、こどもも大人も楽しめる、演劇のシリーズ企画『モグラが三千あつまって』の上演台本・演出を手掛ける長塚圭史さんのスペシャル対談をお届けします。“マクベス”と“モグラ”? いやいや、長塚さんはシアターコクーンにて『マクベス』を演出し、今年もKAAT神奈川芸術劇場プロデュース『蜘蛛巣城』(『マクベス』を原案とした黒澤明監督の映画『蜘蛛巣城』の舞台版)に俳優としてご出演されている、『マクベス』にご縁の深い方なのです。そして、対談で明かされたもうひとつの真実は……米沢さんの長塚作品への熱い思い!これは盛り上がらないわけがない! スペシャル対談スタートです。



米沢唯さん 長塚圭史さん

──まずはお互いの印象からお聞かせください。

長塚さん)
米沢さんは小野絢子さんとともに新国立劇場バレエ団を牽引している紛れもないトップダンサー。この厳しい世界で10年に渡りトップを張り続けることには驚きと尊敬しかありません。これまでにも2015年の新国立劇場の夏休みの公演『かがみのかなたはたなかのなかに』と『シンデレラ』の合同会見や撮影などでご挨拶はしていましたが、こうして二人でお話するのははじめてですね。

米沢さん)
そうそう、あの時は「鏡」繋がりでご一緒しました。私はこれまでに長塚さんの舞台作品は、新国立劇場の『音のいない世界で』『かがみのかなたはたなかのなかに』、『イヌビト~犬人~』、阿佐ヶ谷スパイダース『はたらくおとこ』、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『近松心中物語』、シス・カンパニー『ガラスの動物園』、こまつ座『十一ぴきのネコ』を拝見しています。私の観劇ノートを見てきました(笑)。

長塚さん)
うわ、結構、ご覧になっていただいてるんですね(笑)

米沢さん)
はい! 長塚さんは素敵な作品を生み出す、私にとっては雲の上の存在です。

長塚さん)
いやいや、恐縮です。しかも新国で上演された作品に限らず、ほかの劇場にも足を運んでくださっているとは!

米沢さん)
『はたらくおとこ』は、もう恐ろしくて!

長塚さん)
そこですか、やっぱり(笑)。

米沢さん)
役者さんたちが楽しんで演じているエネルギーと観ている自分が息をするのも嫌になってくるほどの恐怖、ポジティブとネガティブが同時に感じられる衝撃の作品でした! そして今日、長塚さんにお会いしたら伺おうと思っていたのは“作品世界を象徴する舞台美術”のお話です。『はたらくおとこ』では幕が上がった瞬間に、そこに『はたらくおとこ』の世界が広がり、『近松心中物語』は現代的なものと古典的なものの両方が感じられる独特の世界観の美しさがありました。

長塚さん)
舞台美術によってお芝居の方針がある程度固まってきます。『はたらくおとこ』は、2016年の再演をご覧になったと思いますが、あれは徹底的な具象(美術)でした。再演ということで芝居の筋、必要な動線などはわかった上で、トラックが突っ込んでくるというギミックを計算して作った、ある種ウェルメイドな美術でした。『近松心中物語』はもともと蜷川幸雄さんが100名規模のキャストで上演していたものを、20名ほどでどう見せるかを考えていく中で、“お客さんの脳を騙す”じゃないですが、空間をかなり縮めました。広い空間に見えるけれど、実は舞台はすごく狭い。あとは何もなくても、何かの場面に見立てられるような可変的な空間にすることで場面ごとの印象を作っていくことを意識しました。KAATは公立の劇場なので経済的なことも考えつつ(笑)。

米沢さん)
とても興味深いです!

長塚さん)
バレエの美術・セットは、踊ることを前提にしているので基本的に開けたものですよね。

米沢さん)
そうですね。まず、踊る空間を確保することが必須となります。ただ新国のオペラパレスは舞台が大きいので、ほかの劇場で作られた作品を上演する際にはセットを少し手前に置いて舞台空間を少し縮めることもあります。



──長塚さんは、新国立劇場のこどもも大人も楽しめるシリーズの作品を手掛けられています。そこでは演劇と舞踊、どちらの要素もある作品を創作されています。演劇と身体表現についてのお考えをお聞かせください。

長塚さん)
2011年からスタートしたシリーズで、10年以上にわたり新国立劇場でいろんなことを試させてもらっています。今年で5回目となりますが、この試みはまだ道半ば、もっと先があると思っています。

これまでの3作品で学んだことは、みなさんがそうではないかもしれませんが、ダンサーの方は動きを決めないと台詞をしゃべりにくい。そのために、まず振付家とワークショップをし、それをもとに舞踊的・身体的な台本を書くことで創作がスムーズになる。さらに芝居に歌が入ると舞踊との親和性が一段階上がる。そうやって「声を出す」ことと「身体を使う」ことがうまく連携すると、かなり面白いことになるという手応えは感じています。今年の『モグラが三千あつまって』でもキャストの顔ぶれがぐんと変わりますが、これまでの経験を活かしていこうと思います。

米沢さん)
私は『かがみのかなた~』が好きです。あの作品のビターな笑いに大人の色気を感じ、素敵だと思いました。こどものためと言いつつ、大人の風合いがあるのがいいですよね。

長塚さん)
実は『かがみのかなた~』は『はたらくおとこ』に近い感覚で作りました(笑)。残酷だったり、ブラックだったり、色っぽかったり、それらはこの世界に確かにあるものなので。それを無いことにしてきれいなだけの世界を見せることはしない。自分がこどもだったら大人たちに馬鹿にされたように思ってしまうからね。米沢さんはもしかして残酷なのがお好き?

米沢さん)
本来はすごい怖がりなんですが(笑)。今年も楽しみにしています。

長塚さん)
今回上演する作品の原作『モグラが三千あつまって』(作:武井 博)は、僕が9歳の時に読んで衝撃を受けた本。以来、ずっと僕の心の中にこの物語がありました。お話はモグラ族とイヌ族とネコ族がいて、モグラだけがタロイモを作っている。怠慢なイヌとネコはタロイモを盗みにやって来て、邪魔なモグラを殺す。家族をたくさん失ったモグラたちが、今年は盗られまいと作戦を練る……という展開。これは紛れもなく戦争の話であり、人間の話でもある。そんな作品です。



Photo by Satoshi Yasuda


──米沢さんは次回作ではマクベス夫人を演じられるそうですが、かなり意外性がありますよね。普段はロマンティックな恋に落ちる役を踊ることが多いですよね。

米沢さん)
確かに恋する少女の役が多いです(笑)。

長塚さん)
それがマクベス夫人って! いつもとはかなり違う、めちゃくちゃぶっ飛んだ人物ですよ。

──長塚さんは2013年に『マクベス』を演出されています。

長塚さん)
『マクベス』って、本当によく上演されているんです。みんな好きですよね(笑)。僕が演出した時は、そんな『マクベス』人気を支える、人が堕ちていく転落劇を見たいと思う僕らの欲望がおそろしいという考えのもと、“観客”にスポットを当てたマクベス劇を作りました。舞台の四方を客席が囲み、最終的にはマクベスの首を大玉にして客席に転がすというとても危ないことをやったんです。いろいろと問題作と言うか(笑)。その時にマクベス夫人を演じたのが、何を隠そう僕の妻でした。米沢さんのマクベス夫人にもとても興味があります。

米沢さん)
実は、ひとつ腑に落ちないことがあって。マクベス夫人は、マクベスを散々そそのかしておきながら、最終的に罪の意識に苛まれて自滅する。人間とはそういうものだと理解しようとしても、その極端さがどうにも腑に落ちないのです。演出家のお立場から、その辺りはどうとらえていらっしゃいましたか。

長塚さん)
その感覚はとてもよくわかります。先日までやっていた『蜘蛛巣城』では、マクダフ夫人がマクベス夫人の妹だという設定が加わっていて、妹が殺されてしまうというのがひとつのきっかけにはなるんです。それでも急展開という印象はあります。「そもそもあなたがけしかけたことでしょう」って。

米沢さん)
そうなんです。狂気に陥るまでの間に何があったのかをお客様に想像してもらうために、その過程を私の中で埋めなくてはならないのですが。

長塚さん)
その抜け落ちた時間のマクベス夫人の心理と行動については、演出をした時もひとつの課題でした。「あれ、この人おかしくなっているのかな」と感じさせる、狂気のスイッチの入れ方とでも言えばいいのかな。芝居としては血が落ちない(と思い込んで)手を洗い続けるというところへの時間のかけ方。そこにあるのは狂気だけではない。あくまでも自分を保とうと強く思うからこそ正気が崩れて狂気になるのではないか。そこから彼女の正気はどこだろう、ここから正気が折れて、こうなって……と考えていきました。

米沢さん)
(大きくうなずき)納得しました。

長塚さん)
本当に? これで大丈夫?

米沢さん)
はい、今掴んだ感覚で早くリハーサルがしたいです!

長塚さん)
ところで、バレエの『マクベス』はどのような感じになるのですか。バンクォーやマクダフも登場するんですよね。

米沢さん)
はい。リハーサルを見る限り、ストーリーラインもわかりやすく、しっかりと伝わるものになると思います。また、衣裳などは現代的で、カッコいい『マクベス』になりそうです。

長塚さん)
『マクベス』は衣裳も楽しみなんですよ。さすがに鎧は着ないですよね。

米沢さん)
兵士たちは最後の戦いのシーンで鎧みたいなものを身に着けるそうです。

長塚さん)
いいですね。あと気になるのはマクベスを導いていく魔女たちです。魔女はやはり3人?

米沢さん)
3人の魔女がいますが、それに加えて魔女の力を精霊たちによる男性の群舞で表現するところもあります。

長塚さん)
ここで素朴な疑問なのですが、「バレエ」を「バレエ」たらしめるものはなんでしょう。

米沢さん)
なによりもトレーニングを重ねてきたバレエダンサーの身体、それによってどうやっても「バレエ」になるのではないでしょうか。

長塚さん)
身体言語的なところですね。

米沢さん)
それが私たちの強みでもあり、弱みもあると思っています。私が演劇を観ていて面白いと思うのは、その人の立ち方で立っているという身体の自然さ。そこが好きなんです。バレエには反自然的な立ち方があり、それが何にも代えがたい美しさを生み出すのですが、演劇ではそれぞれがもっている色の違いがそのまま出る。とても素敵なことです。

長塚さん)
そうですね。バレエダンサーと僕らの身体のありようは全然違います。最近、俳優たちの間でもバレエを習うことが流行っているんです。確かにみんなすごく立ち姿が綺麗になります。でも稽古になると「なんかその立ち方やめてくれる?」って(笑)。舞台に立った時にそういうスイッチの入れ方をするのは、この劇には合わないですよと伝えることもあります。悩んでいる人だったら、もう少し肩を内側に入れてくださいと話をしたことがあります。

米沢さん)
私も表現においてキャラクターと立ち方は密接に関わると考えます。ただ、バレエでは心理的にはふさぎ込んでも、身体を閉じてしまうと本当に小さくなってしまい遠くから見たら何をしているのかわからなくなってしまう。身体は開いた上で、心は閉じるという表現が必要で、そのせめぎ合い、自分の中での落としどころを見つけることは演じていて一番難しく、そして面白いところです。

長塚さん)
面白いですね。一度、バレエの稽古を見てみたいです。

米沢さん)
私は芝居の稽古が見たいです。

長塚さん)
そう? 芝居の稽古は……どうかな?

米沢さん)
バレエの稽古だって……そんなに……(笑)。

長塚さん)
当事者にとってはとかくそんなものですよね(笑)。


──最後にそれぞれの作品についてお客様へメッセージをお願いします。

長塚さん)
本当に、どんな『マクベス』になるのか。それがもう気になってしょうがないですね。この『マクベス』のポスターのマクベス夫人と目の前にいらっしゃる米沢さんのギャップが!米沢さんがどんなマクベス夫人像を立ち上げるのか、とにかく楽しみです。また、『マクベス』はシェイクスピア作品の中でもストーリーラインはとてもシンプルです。それでいてお客様の状態によって持ち帰るものは様々という多様なテーマを内包しています。こうして新たにバレエで『マクベス』に触れられるのは嬉しいです。

米沢さん)
私は、こどもの頃からつかこうへいさんや唐十郎さんのお芝居を観て育ちました。難しい言葉ばかりで、その意味は分からなかったのですが、それでも覚えているのはそこにあった熱量。それに惹かれて、こどもながらに夢中で観ていたように思います。大人が集中して演じている空間はとても刺激的で魅力的なもの。お子さんにとっても、大人にとってもそんな舞台を観ることは素敵な体験になるでしょう。『モグラが三千あつまって』が今からとても楽しみです。

長塚さん)
まだ本格的な稽古には入っていないのですが、今わかっているのは、とにかく4人の俳優が歌って踊って全速力で駆け抜けるような芝居になるということ。大人の全力を楽しんでもらえればと思います。

──なんと最後はお互いの作品をPRしてくださるという展開! お互いの仕事に対する敬意にあふれ、そして大変興味深いお話をありがとうございました!




首藤康之さん、福岡雄大さん(新国立劇場バレエ団)対談~日本を代表するダンサー二人が語る『カスパー』×『マクベス』 2つのウィル・タケット作品~
新国立劇場「シェイクスピア・ダブルビル」
2023年4月29日(土・祝)~5月6日(土)@新国立劇場 オペラパレス

『マクベス』<新国立劇場バレエ団委嘱作品・世界初演>
振付:ウィル・タケット
音楽:ジェラルディン・ミュシャ
編曲:マーティン・イェーツ

マクベス:福岡雄大/奥村康祐
マクベス夫人:米沢 唯/小野絢子
バンクォー:井澤 駿
3人の魔女:奥田花純、五月女遥、廣川みくり/原田舞子、廣田奈々、根岸祐衣

『夏の夜の夢』<新制作>
振付:フレデリック・アシュトン
音楽:フェリックス・メンデルスゾーン

ティターニア:柴山紗帆/池田理沙子
オーベロン:渡邊峻郁/速水渉悟
パック:山田悠貴/石山 蓮
ボトム:木下嘉人/福田圭吾

指揮:マーティン・イェーツ
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:東京少年少女合唱隊

公演HP

新国立劇場 演劇『モグラが三千あつまって』
2023年7月14日(金)~30日(日)@新国立劇場 小劇場
プレビュー公演 7月8日[土]・9日[日]

原作:武井 博
上演台本・演出:長塚圭史
振付:近藤良平
音楽:阿部海太郎

出演:吉田美月喜、富山えり子、小日向星一、栗原 類

公演HP

おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・文・撮影)監修:おけぴ管理人

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