【早世の才能が遺した連作を同時上演】
関西演劇界でひときわ光る才能として注目され、98年に岸田國士戯曲賞(『うちやまつり』)、2005年に読売演劇大賞優秀演出家賞(『屋上庭園/動員挿話』)を受賞した劇作・演出家の
深津篤史(ふかつ しげふみ)さん。
その独特の演出方法について、当観劇レポでも2012年
新国立劇場『温室』稽古場レポや、2013年
新国立劇場『象』稽古場レポなどでご紹介してきました。
自身が率いる劇団「
桃園会」の活動のほか、外部での活動も高く評価されながら、あくまで関西に軸足を置いて活動を続けてきた深津さん。
昨年7月に亡くなる前から計画されていた代表作2作の同時上演が兵庫、東京にて実現しました。
桃園会第48回公演『うちやまつり』『paradise lost, lost』兵庫・伊丹公演の模様をお届けいたします。
(東京公演は3月11日より座・高円寺にて)
【静かに忍び寄る“不気味さ”。それでいて、どこかコミカルな『うちやまつり』】
<あらすじ>
舞台はとある関西地方都市。時は1月3日、4日の両日。
超高層団地にある小さな空き地。荒れ放題のその場所は誰が言うともなく「こやまさんちのにわ」と呼ばれている。そこに集う団地の住人。お互いの名前も知らず職業も分からない。ただ彼らの間をつなぐのは、この場所をめぐるたわいもない噂話。団地内で今夏起きた三件の殺人事件は未だ解決をしていない。登場する住人たちは皆、死の影とセックスの匂いをはらんでいる。現実感覚を欠く主人公の青年は殺人犯に疑われるうちに、自分が犯人かどうかわからなくなっていく。
建物の影となって昼なお暗い「こやまさんちのにわ」で繰り広げられる荒涼とした現代人の精神風景、人間性の暗部を深く静かに見つめた物語。(公演資料より)とある団地でおきた連続殺人事件の犯人だと噂される主人公の青年(橋本健司さん)と、彼と不思議な会話をかわす主婦(森川万里さん)。
圧倒的な存在感を示すこのふたりの俳優が演じる役のほか、セックスや死についてあっけらかんと話す少女や、自分のことをしゃべり続ける中年の男、ワケあり風の姉妹(?)など、
“ちょっと変わっている…でもいるかも、こういう人” と思える登場人物による
“平凡、でも不思議(そして不気味)” な会話が続く『うちやまつり』。
何気ない会話のなかから次第にみえてくるのは、この団地でおこったいくつかの
殺人と
失踪事件。そして奇妙に絡まった
人間関係です。
どこまでも静か、けれどもときにクスっと笑ってしまうユーモラスな空気のなかで、ふいに語られる「人間の生々しさ」。
観ているこちらもニヤッと笑ったり、背中をゾクゾクさせられたりと、感情をいそがしく動かされます。
深津さんに代わり、この作品の演出を手がける
空ノ驛舎(そらのえき)さん(劇団
空の驛舎)は、この作品が持つ
「上質なミステリー小説のようなエンターテイメント性」に注目したとのこと。
複数の未解決事件の犯人は? その動機はなんだったのか? そんな楽しみ方もできる『うちやまつり』。
追悼公演ではなく、あくまでも桃園会の本公演という位置づけのこの舞台で、深津戯曲が進化していく様を目の当たりにできるのは、劇場に足を運んだ人だけの特権ではないでしょうか。
わかったようで、わからない。
団地の住人たちの関係は、ほんとうに目で見えているままなのか?
観劇後の帰り道では、いつもの風景がすこしちがうものに見えてくるかもしれません。
【岸田國士戯曲賞受賞時の井上ひさし氏、別役実氏、野田秀樹氏らによる選評&関係者による100文字寄稿はこちら】
【主役は“土地”そのもの? さらに軽妙に、そして恐怖はいっそう深く…『paradise lost, lost』】
<『paradise lost, lost』 あらすじ>
現代、秋なかば、『うちやまつり』の世界のおよそ6年後。
団地は取り壊され、広大な空き地が広がっている。大型量販店が建設されるということであるが、未だ取り壊し作業が終わらず、目処が立たない。「こやまさんちのにわ」はこの広大な空き地にあって、もはやその所在はわからない。その空き地を見おろすドライブイン2階の喫茶室で、店を閉めている間にカウンター一面に黄色と黒のペンキで巨大な目玉を落書きされる事件が起こる。店主は動ぜず、とりあえず今日一日は開店して、事情を説明して明日閉めて清掃するという。犯人は何の目的で行為を行ったのか? これは警告なのか? 新たな事件の始まりなのか?
6年前の事件は未解決のまま団地の消滅とともに風化しようとしている。今、工事関係者の間でささやかれる新たな噂は、この空き地に「団地の幽霊」が出るというものだ。(公演資料より)『うちやまつり』の後日譚として位置づけられた『paradise lost, lost』。
舞台から受ける印象は、まずは軽やか、そしてコミカル。
けれども次第に
前作を越える大きな恐怖がぽっかりと口をあけているような気がしてくる、不思議な舞台です。
演出を手がける
清水友陽(しみず ともあき)さん(
劇団清水企画)いわく
「詩のような、現代美術のような」作品。
といっても、目の前で繰り広げられるのは、喫茶店のアルバイト店員と常連客の間でかわされる “普通の” 会話。
決して難解というわけではなく、
日常的なちょっと笑える会話が延々と続いていくのです。
すでに取り壊された
“あの団地”の跡地を眺めながら、当時の事件を知っている人、そして知らない人たちが、つながっているようでつながっていない(でも、つながっている?)会話を続け、気が付かないうちに不穏な空気に包み込まれてしまう舞台の上。
物語が進むにつれ、事件の核心に近づいていくのか? そもそも
“核心”、“事件の真相”などというものはあるのか?
観客の心は、前作以上に大きな振れ幅の中にポーンと放り込まれます。
こちらの作品でも抜群の存在感を放つのは、喫茶店にやってくる女性客を演じる
森川万里さん。
彼女の後ろに、はてしなく続く暗闇が見えるような、そんな漠然とした “こわさ” を存分に感じさせてくれる演技。東京公演でのさらなる進化が楽しみです。
『うちやまつり』に登場した人物が、さりげなくあらわれるのも連作ならではの注目ポイント。
どちらを先に見ても「あ、あれって…(こういうこと)?」と楽しめるはずです(そして、もう一度前の作品を観たくなってしまうかも)。
「よくある “静かな演劇” ってやつかな」なんて呑気にかまえていると、
思ってもみなかった場所に連れて行かれてしまいそうになる『
うちやまつり』と『paradise lost, lost』。
それぞれ10年前(『paradise lost, lost』)、18年前(『うちやまつり』)に書かれた作品の世界に
現実が追いついてきている気がしてゾクッとする瞬間も…。
ぜひ劇場で、深津さんが遺した “書かれなければならなかった世界” に触れていらしてください。
写真提供:桃園会 撮影:白澤英司
おけぴ取材班:mamiko 監修:おけぴ管理人