これまでにも世界各地でやむことのない紛争に、演劇でアプローチをしてきた新国立劇場による
『バグダッド動物園のベンガルタイガー』。
【舞台写真&感想追記!】
杉本哲太さん
◆戦後70年の今年、反戦をテーマにした舞台、映画等、色々ありましたが、バグダッド…はその究極形かと思いました。辛い重いストーリーですが、どんどん引き込まれて。悲しみを胸いっぱいに秘めながらも、どこか飄々としたタイガーの杉本哲太さん、天才的な芝居勘の風間俊介さん、役者さんたちが皆さん素晴らしかったです。
◆日本も世界の一部であり、今私たちの周りで起きていることも、バグダッドで起きたこともすべて繋がっている。決して遠い話ではない。
日本のアイデンティティーが変わろうとしている今、世界について、自分自身の生き方について、考えさせられる舞台だった。
重い話でも集中して観ることができたのは、なにより、出演者の演技がすばらしかったからだと思う。ぜひ多くの方に観ていただきたい。
◆杉本哲太さんの求道者のような佇まいと、風間俊介さんのふわっとした存在感のコントラストが興味深いです。
『下町ロケット』出演の谷田歩さんの目力がどんな状況でも印象的で一見の価値あり。
◆「神よ何処にいるのか」問いかけが登場人物たちに連鎖して行き、しかし答えは呈示してもらえません。それこそが答えみたいです。
パンフレットの寄稿文が独立した文としても舞台のヒントとしても読み応えがあるので、
是非読まれることをお勧めします。
◆翻訳・演出・役者の方、それぞれ気になる方ばかりの舞台。
強烈な出来事なのに、何だか穏やかに流れている時間。濃厚な舞台空間。
個性が出ているなあと感じた。新国立小劇場にぴったり。
左より)杉本哲太さん、谷田歩さん
◆杉本哲太さんが演じるベンガルタイガーが一見対照的と思える「本能的である」ことと「哲学的であること」を何の違和感もなく両立させている姿に驚き。
人間の姿をしているのに明らかに人間ではない生き物に見えた。
一方でアメリカ人の2人はあまりに弱く、人間としては虎に劣るほどに卑小と感じさせる造形が秀逸だったし、その期待に応える俳優さん二人もまた素晴らしかった。全体を流れるのは憎しみの連鎖というより虚無感のような感覚。2003年を舞台にした舞台が12年後も鮮烈さを失わずに上演されていることへの。
◆印象的なセリフが多く、翌日辺りからさらにじわじわきます。
登場人物はみな幽霊になると頭脳明晰になって哲学を語りますが、
最も賢いのは間違いなくトラですね。なにしろ幽霊になる前からカント読んでいたようですし(笑)。 それに比べて人間は愚かだな、と思い知らされました。
◆トラだけでなく、ヒトの幽霊もたくさん出てきます。醜く滑稽で、哲学的でもあり、笑ってしまう。セリフ以外に身体・衣装・小道具・セットで表現される部分も多くて、演劇的に大変おもしろく、楽しめました。役者たちもよかった!
観逃すともったいない、後から”くる”作品です。
杉本哲太さん
◆すぐそばにある現実をありのまま見せつけられた舞台でした。
あらすじにひかれて今回観劇を決めましたが思っていた以上の重さについて打ちのめされています。
長台詞の応酬でしたが役者のみなさまの熱演でグイグイ引き込まれました。
◆戦場という極限状態で繰り広げられる物語なので、乱暴な言葉遣いや性的表現など、なまなましいところがありました。それでも、全体としてはコミカルな雰囲気なので、複雑な問題を受け止めやすくなっていたと思います。見てよかったです。
続いては稽古場レポートをどうぞ!
【稽古場レポート】
アメリカの劇作家ラジヴ・ジョセフの戯曲を
平川大作さんの翻訳で、演出は新国立劇場初登場となる“社会派”“骨太”と形容される数多く作品を手がけた
TRASHMASTERS主宰の中津留章仁さん。
この時点で、「これは覚悟して臨まないと!」と向かった取材班を待ち受けていたものは…。注目の作品の1幕通し稽古をレポートいたします。
杉本哲太さん
【なんとも不可思議な感覚】
この作品は、イラク戦争下のバグダッドを舞台にした、イラク人とアメリカ人とベンガルタイガーの物語。杉本哲太さんが演じるのは、なんとタイトルロール“バグダッド動物園のベンガルタイガー”なのです。着ぐるみ無しで、タイガーです。
どのようなお話かというと…。
あらすじ
空爆によって破壊されたバグダッド動物園、ベンガルタイガーの檻の前。ふざけあっていた警護のアメリカ兵が、腹をすかせたトラに手を噛みちぎられる。トラはその場で射殺されるが、幽霊となって撃った兵士に取り憑いてしまう。精神に異常をきたした兵士は自殺、これまた幽霊となり、義手をつけた元相棒に取り憑く。トラの幽霊、アメリカ兵の幽霊、さらにはサダム・フセインの二人の息子の幽霊、さまよう女の子の幽霊……幽霊と現実を生きる人間とが絡み合い、バグダッドに渦巻く欲望と残虐さがあらわになっていく。(HPより)
写真右より)タイガー:杉本哲太さん、アメリカ兵トム:谷田 歩さん
幽霊との会話あり、タイガーの独白ありとフィクション性の強い作品であるとともに、いたたまれないほどの痛みと生々しい不快感をも持ち合わせているという、不可思議さがある作品です。
そして、極限状態を突き抜けると、ふと笑えてくるという不思議。
【狂気を生きる人間と哲学タイガー】
登場人(動?)物、キャストは…。
タイガー:杉本哲太さん
冒頭シーン、杉本哲太さん演じるベンガルタイガーは動物園の檻の中にいるのですが、そこからすでによくしゃべる。自らの来し方や考え、ときにはライオン批判まで、語るタイガーなのです。武骨ながら深い、哲学者のようなタイガーの語りが杉本さんの落ち着いた語り口で届けられると思わず聞き入ってしまうのですが、突然「…でも、仕方ないよな。俺、トラだから」などとも言ったり…。
シリアスな中にシュールな笑いもちりばめられています。
そもそもよくしゃべり、二足歩行でまるで人間なタイガーの存在自体がシュールですよね。
ブロードウェイ初演では名優・ロビンウィリアムスが演じたこの役、8年ぶりの舞台出演となる杉本さんが挑みます!
タイガーに右手を噛みちぎられるアメリカ兵トムに谷田 歩さん。眼光鋭く、非常にタフな男といった印象。イラクへやって来たのもお金のためと割り切ったようなトム。右手を失ったトムのその後、物語全編を通した人間トムの行く末は…。
キーアイテムとなるのはトムがサダム・フセインの息子の屋敷で手に入れた
“黄金の銃”。
その黄金銃でタイガーを射殺する若きアメリカ兵ケヴを演じるのは風間俊介さん。
ケヴは“イキッた”若者。
何かを成し遂げて男になりたい!弱さを押し殺して大口をたたくケヴを見ていると、イラっとする一方で、でも心底悪い人ではないのだろうなと、切ない気持ちにもなってきます。ケヴが本来持つ人間性と現在の言動、その後の狂気、いずれも説得力を持たせる風間さんのお芝居。さらにその先、幽霊となってまた新しいフェーズを見せるケヴにご期待ください!
こちらは、ケヴをはじめとするアメリカ兵の通訳を務めるイラク人ムーサには安井順平さん。
ムーサ役:安井順平さん
第一印象は、飄々としていて、ちょっと人を食ったようなところのあるものの、とても普通の人。
手にしているのは黄金銃
その後、ムーサの抱えるいろいろについてはぜひ劇場でご覧いただきたいのですが、
「ムーサ、あなたもなのね…」といったところです。
闇が…深い…。
安井さんのセリフ回しは、ひと言ひと言がきっちりと心に着地し、次第にムーサのキャラクターが見ている者の中に蓄積されていくような感覚です。
黄金銃を手にしているのはサダム・フセインの息子ウーダイの幽霊(粟野史浩さん)
粟野史浩さん演じるサダム・フセインの息子ウーダイは死してなお狂った暴君。ためらいなく引くほどに、暴君です。
ウーダイと、かつてはウーダイの屋敷の庭師だったムーサの間に何があったのか。ムーサの悲しみの根源が明かされる2幕、そして、彼はどこに辿り着くのか。
受け止めるとか、共感する、理解するとはまた違う、知る、感じる観劇が待っていそうな予感です。
【演出は新国立劇場初登場、中津留章仁さん】
演出:中津留章仁さん
はじめての1幕通し稽古を終え、演出の中津留さんが口にしたのは「ここからひとつひとつの動き、言葉の精度を上げてきましょう」。
一語一語はもちろん、台本にある「短い間」の一つ一つ、それぞれのテンションを役者さんと意見を交わしながら丁寧に確認していく、中津留さんの作品作りの一端を垣間見ることができました。
バグダッドにいるベンガルタイガー
砂漠にある庭園、トピアリー(庭木を動物などの形に刈り込んだ造作物)
ウーダイの黄金銃を我が物顔で所有する若いアメリカ兵
…
劇中、幾度も感じる違和感、そこから人間のエゴや愚かさ、憎しみの連鎖をあぶり出す『バグダッド動物園のベンガルタイガー』。
これまでにも新国立劇場では、『負傷者16人―SIXTEEN WOUNDED―』(ユダヤ人とパレスチナ人の交流を通して中東パレスチナ問題を扱った作品)『永遠の一瞬―Time Stands Still―』(戦争フォトジャーナリストとしてイラク戦争を取材中に負傷したアメリカ人女性の生き方を描く作品)など、演劇の力で紛争とそれが人々にもたらすものついて、私たちに知る、考えるきっかけを投げかけてくれました。
演劇が持つ虚実を行き来する力、だからこその浸透力で心を揺さぶり、今も、心のざわざわとしてずっと居座り続けるこれらの作品たちに続くともいえるのが、この『バグダッド動物園のベンガルタイガー』のような気がします。
正直、ストレスを感じるシーンもありますが、同時に演劇の力も見せつける、今、新国立劇場で上演される意義のある作品です。
【HPよりクリエイターの言葉(抜粋)をご紹介】
翻訳:平川大作さんこれは、言葉を話すトラの出るお芝居です。だから戦争にまつわる場面がいかに激しく痛ましく描かれようとも、それと同時に芝居ならではの並外れたブラック・ユーモアが弾け、こころ奪われるような幻想が広がり、胸を衝かれるような感情が迸ります。過酷な砂漠のなかに演劇の豊かな時空が生まれる瞬間を、観客のみなさまとともに分かち合えることを心から願っています。
演出:中津留章仁さん現代演劇は娯楽的価値と芸術的価値に特化した作品の二つに分類される傾向にある。しかしながら、娯楽=金(経済)という図式が構築される前に、人間は永い年月をかけて芸術=娯楽の関係をつくった。思想に触れる喜びも、ある。
この二つを区別する必要はあるのか?国立の劇場で、再度、日本人に問う。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文) 監修:おけぴ管理人