「還暦の私が14歳の少年を演じる。ふと我に返ると“何をやっているんだろう”と思いますよ(笑)。でも、舞台に立っている時、演じている時は(少年に見えるかどうか)なんの不安も感じません。少年の“こころ”を演じることはできるから」にんじん(大竹しのぶさん)
にんじんと女中のアネット(真琴つばささん)
舞台を観ればこの言葉に納得。幕が上がると、そこに居るのは少年にんじん。
大阪公演の前に、新橋演舞場にて上演中のミュージカル『にんじん』(8月27日まで)にご出演中の大竹しのぶさんの取材会が行われました。
フランスの作家ジュール・ルナールが1894年に執筆した小説『にんじん』を原作に、1979年に世界初の試みとして日生劇場にて“音楽劇”として上演、22歳の大竹さんがにんじんのように真っ赤な髪、そばかすだらけの少年をハツラツと演じました。
38年の時を経て、大竹さんが再び挑むミュージカル『にんじん』。栗山民也さんの演出で、大人も子供もそれぞれの視点で「家族」について向き合う作品として生まれ変わりました。
──38年ぶりの『にんじん』、初演のころと比べてどのような変化が。 不思議なことに、前のほうが子供に近かったはずなのに、今のほうがわかるところがたくさんあります。自然に子供のこころになれるんです。ですので、子供だからこうしようということではなく、自然に生まれた感情や動作を大切にして演じています。
それはやはり栗山さんが本当に細かく演出してくださったからだと思います。たとえば神様に語りかけるシーンでは、「神様としか対話できないにんじんなんだよ」というアドバイスをいただきました。それによって「神様」と呼びかける声のトーンも歌い方も変わるんです。お父さんの言葉を理解しようとしてもにんじんにはわからない。そういった“わからない”という漠然としたものも表現できるようになったのかな。
──お稽古をしていく中で「なんで(少年役を)またやりたいなんて言ってしまったのだろう」と思ったとか。 (チラシを指さし)この撮影の時から思っていました(笑)。還暦の私が14歳の少年を演じる。ふと我に返ると“何をやっているんだろう”と思いますよ(笑)。でも、舞台に立っている時、演じている時は(少年に見えるかどうか)なんの不安も感じません。少年の“こころ”を演じることはできるから。
──続いては作品についてうかがいます。にんじんの置かれている環境はかなりシビアです。大人になって観ると、大人にもそれぞれ事情があったのだということも見えてきます。 今回、「戦争を経験したお父さんの心の傷」を通し、戦後、生きる希望を失った時代というバックグラウンドが色濃く描かれています。台詞もシビアなものが多く、夫として、妻として思うところがある作品だと思います。愛せない親もいるというところとか、今も社会的に問題になっていることも描かれていて、そこに今やる意味を感じています。
名付け親(今井清隆さん)、父ルピック氏(宇梶剛士さん)
母ルピック夫人(キムラ緑子さん)とにんじん(大竹しのぶさん)
にんじん、ルピック夫人、アネット、ルピック氏
──でも、最後に前を向くにんじんに希望を感じます。 それと強さですね。「親がいて、自分がいる。そしてみんな一人なんだ。一人ひとりが生きていかないといけないんだ」と麦畑の中で誓うのが素敵。でも、手にはネズミというね(笑)。そこが栗山さんの面白いところです。
──子供向けに作られたミュージカルではないですよね。 脚本はとてもわかりやすく、音楽もあるので子供にもわかりやすくなっていますが、子供向けミュージカルというだけではなく大人の方にも観て頂きたいです。あ、でも、子供がこれを観てどう思うかも一緒に考えてもらえたらと思います。
──客席の反応は。 初演でもありましたが、花道を走っていくときに客席のお子さんが「にんじん!」と呼びかけてくれたんです!
──(取材会出席の方からの情報!!)観ていたお子さんが一緒にいたお父さんに「髪がにんじん(のような色)だとダメなの?」と言っていたんです。 かわいいですね。でも、そうやって「ダメなのかな」、「いいんだよね、にんじんで!」って子供たちなりに答えを見つけてくれるとうれしいです。にんじん自身も、最初と最後に同じ歌を歌いますが、それぞれ違う響きを持っています。
──38年ぶりに『にんじん』に挑戦されて発見したことは。 「もう一度やりたい役は?」というプロデューサーとの何気ない会話の中で始まり、実現した『にんじん』。はじめは還暦の記念でという気持ちもありましたが、栗山さんとのお稽古の中で「この作品を伝えていく、繋ぐ役割なんだ」という気持ちが芽生えました。これからまた別の俳優さんにやっていってもらいたいな。でも、やるなら20代前半までの方が…(笑)。
──こうして『にんじん』が実現しました。そんな大竹さんのこれからは。 今回のお稽古で、栗山さんに「役者の仕事というのは、空を見ようと言ったとき、お客様に目の前に広がる空を見せる、伝えることだ」と言われました。その通りだなと思って。すごく楽しい稽古でした。こうしてもう一度と思った『にんじん』が出来、少年になれる。
私は本当に恵まれているなって。昔、緒形拳さんから「自分が大事にしたい役とはそんなに出会えるものじゃないよ。一生に一本あるかないか、10年に一本あったらそれはすごく幸せなことだよ」と言われました。でも、私…、2,3年に一本出会えているような(笑)。
──これからのご活躍も楽しみにしています! この日も2回公演を終えられて、取材会へ駆けつけてくださった大竹さん。お疲れの中でも素敵なお話をたくさん聞かせてくださいました。そして、別れ際も「大阪へ行くのはスゴイ楽しみ!公演をして、美味しいものを食べて!」と笑顔いっぱいでした。
大阪松竹座さんでの公演は9月1日~10日です!
【舞台より】
名付け親との穏やかなひととき
今井さんの深みのある歌声がにんじんをやさしく包み込みます
秋元さんと真琴さんのハツラツとした歌とダンス
村一番のお金持ち一家の息子マルソー(中山義紘さん)と姉エルネスティーヌ(秋元才加さん)の結婚式
ダンスや歌で彩られる華やかなシーン
にんじんの孤独とのコントラストが…この後の展開も
とても印象的なのはルピック家の食卓のシーン。会話を交わさない両親、そこから逃げ出したいともがく兄フェリックス(中山優馬さん)の野心、ヤンチャな幼さ。豊かさを求める姉エルネスティーヌ(秋元才加さん)。虐げられるにんじん。そんな冷え切った一家の中でのエルネスティーヌの婚約者マルソー(中山義紘さん)のほんわかした雰囲気が感じさせる温度差。戸惑うアネット(真琴つばささん)。縮図…。
そんなルピック家の子供たちは、それが正しい道なのかはわからないながら、それぞれの決断で一歩を歩み出します。その裏にある、一歩を踏み出せない大人たちの存在も気になるおけぴスタッフなのです。
-ものがたり-(HPより)
「まっ赤な髪で そばかすだらけ そうさぼくは みにくいにんじん!」
ここは、フランスの片田舎の小さな村。まっ青な空、濃い緑の森、そして澄み切った小川の流れるこの村では、今日も村人たちが楽しそうに歌っています。でもその中にたった一人、仲間はずれの男の子がいました。それが、にんじん(大竹しのぶ)。
にんじんのような真っ赤な髪、そばかすだらけの顔、だから父親のルピック氏(宇梶剛士)や母親のルピック夫人(キムラ緑子)までが、“にんじん”と呼ぶのです。にんじんだって、フランソワと言う名前があるのに…………。
にんじんには、婚約者マルソー(中山義紘)との結婚式を控えて夢中の姉エルネスティーヌ(秋元才加)、甘やかされてわがままに育った兄フェリックス(中山優馬)がいますが、二人ともにんじんには無関心です。それぞれが勝手気ままの家庭に、新しくルピック家に女中としてやってきたアネット(真琴つばさ)もあきれる始末。
誰にも愛してもらえないにんじん。みんなにどうでもいいと思われているにんじん。だから、どうしてもひねくれてしまうにんじん…………。そんなにんじんの数少ない友達の名づけ親(今井清隆)は、にんじんを優しくなぐさめます。
ある夜、ルピック夫人の銀貨が一枚なくなるという事件がおこります。夫人はにんじんを泥棒ときめつけ、はげしく責め立てるのですが―――。
舞台写真提供:松竹
おけぴ取材班:chiaki(取材・文) 監修:おけぴ管理人