新国立劇場バレエ団による新制作『ホフマン物語』は2015/2016シーズンのオープニング作品として初上演されました。この作品を通して、バレエ団のレパートリーの幅広さを実感された方も多くいらっしゃるでしょう。
そんな『ホフマン物語』が開場20周年記念公演として帰ってきます!
ジュリエッタ(木村優里さん)、ホフマン(井澤駿さん)、ダーパテュート(中家正博さん)
物語は、街角のカフェで恋人を待つ初老の男ホフマンの回想録として描かれます。それは過去の3つの恋の記憶をホフマンとともに旅するようなひととき。そして、そこで描かれるのは「人間」。他人には滑稽に映るような恋も、切ない恋も、欲望と信仰の狭間で葛藤する恋も……一人の人間の生き様なのです。そんなホフマンを誘惑したり、あざ笑ったりする人々も実に人間味あふれるキャラクターたちです。そして、観ている自分自身の中に、裏ですべての糸を引く悪魔リンドルフ的な邪悪さがあることにも気づかされるような奥深さのある作品です。
初演に続きホフマン役を務められる
井澤駿さん、初役で第3の物語で登場する高級娼婦ジュリエッタに挑む
木村優里さんにお話を伺いました。
──初演に続いてのホフマン役、2年半に経験された数々の作品を経てどんなホフマンが見られるのか、観客の期待も高まっています!再演に向けてのリハーサルの手ごたえは。井澤さん) 今日が初めての通し(リハーサル)でしたので、演技も踊りもここから精度を上げていくことになりますが、初演のときに頂いたアドバイスや振りや演技に込められたこだわりを思い出しながらリハーサルをしています。ホフマンという男の人間らしさ、幕ごとの違い(変化)をもっとはっきりと出すようにというアドバイスに改めて向き合っています。
そして、再演ではありますが幕ごとに組む女性ダンサーが前回とは異なるため、新しいものを創る感覚で取り組んでいます。
※井澤さんご出演の2月11日は、1幕オリンピアは奥田花純さん、2幕アントニアは米沢唯さん、3幕ジュリエッタは木村優里さんです。サロンで起こるすべてを操る悪の化身ダーパテュートがホフマンを翻弄
中家さんはリンドルフ、スパランザーニ、ドクターミラクル、そしてダーパテュートと姿を変え、各恋物語でホフマンを失恋に追い落とす役を演じます。
──前回、本番で全幕を踊って感じたことは。井澤さん) 1幕は若き恋、オリンピアに純粋に恋をするホフマンの姿が描かれます……実は相手は人形なのですが(笑)。続く2幕では、病に侵されたアントニアに思いを寄せるも、彼女を心配する父親に止められ、謎のドクターにより、彼女の死をもって恋が終わる。少し大人になったホフマンの悲恋が描かれます。3幕は逆にジュリエッタに誘惑され葛藤し、その末に捨てられる。そこからエピローグに至るまでの一連の流れがとても自然でわかりやすい作品です。そうして迎えたエピローグでも、ステラとの恋は実らず、散々な人生なのですが(笑)。さらに、すべてはリンドルフに操られていたということで……。
僕自身、まだラストのホフマンの年齢よりだいぶ若いですが、誘惑に負けてしまう人間の弱さなどはわかるような気がします。そこに物語の面白さを感じています。
もうひとつ、全幕を通して踊っていて感じたのは1幕や2幕と3幕では演技の仕方が少し変わるような気がします。3幕では一方的に翻弄される。つまりジュリエッタの発するエネルギーを受けて、それに対して拒絶したり、葛藤したり、惹かれてしまったり。ある意味で優里ちゃんに助けられているようなところがあります。
木村さん) 私は前回の公演で駿さんのホフマンを見て、王子様が似合う駿さんが老いを感じさせる役もされることに刺激を受けました。私も幅広い役をできるようにならなくては!と。ジュリエッタについては、前回3幕の客人役で出演し、間近でジュリエッタの踊りを見て「いつか踊ってみたい」と思っていましたのでうれしさがある反面、実際に崇めていた側から崇められる側になると……緊張します(笑)。
──今日のリハーサルの中でも登場シーンでは、迎え入れる人々に、もっとジュリエッタが来る!ことへの期待感を煽るようにとの演技指導がされていました。木村さん) そうしてお客様の期待が頂点に達したところで出ていくのは本当に緊張します。
──それが快感になることは?井澤さん) そうそう、男たちを従えて(笑)。
木村さん) それは…(笑)。
ジュリエッタを演じるにあたり大原(永子)先生の「ジュリエッタが出てきた瞬間は、観音様が出てきたような、後光が差す感じで」という言葉が印象的です。その世界では神と崇められているということです。彼女は自らを安売りするような娼婦ではなく、かと言って『眠れる森の美女』に出てくるカラボスのような悪でもない。そこに難しさを感じています。
また、先生が見せてくださるお手本からもたくさんのヒントを頂いています。「ねぇ」と誘う仕草ひとつをとっても、ホフマンに対して常に攻めではなく、引くことも大切。ガツガツ迫るだけの女性に男の人は興味を持たない、まして相手は信仰心を持つホフマンですので、彼の心を動かすには陰があるというか、どこかで幸薄い感じを醸し出せればと思っています。先生からも「難しい役だけど、頑張って」と言われています。
──押すだけでなく引きも大事、男性目線でどうですか?木村さん) どうですか?駿さん!
井澤さん) はい、その通りだと思います(笑)。
駆け引きという言葉があるように、引きも大事です。娼婦たちの誘惑を散々払いのけたホフマンが惹かれてしまうのがジュリエッタ。そこにはただ美しいというだけでない、十字架を背負った男でも気になってしまう存在感が必要で、自分に関心を寄せるような素振りだけでも少しうれしくなってしまうようなところがあります。それをダメだダメだと自制するホフマンですが、ついに……という展開ですので。
一緒に踊っていて優里ちゃんの演技力、とくに目ヂカラの強さを感じます。
──確かにドキッとするような、今まで見たことのない表情を見ました。その佇まいや目線から伝わることもたくさんあります。ジュリエッタとしてのオーラ、その秘訣は。木村さん) そこが出せていたら、うれしいです。いつもジュリエッタという女性の伝記を綴るように、彼女はどんな人生を歩んできたのかを考えています。このサロンにたどり着くまで、過去にどんな風に愛を失い、売られたのだろうか。きっと壮絶な過去があったのだろうと想像することで、ジュリエッタとしての一歩一歩に重みが出るようになればと思っています。
──見たことのない表情というと、翻弄される井澤さんも王子とは別の顔です。そして、壮年期を経て、プロローグやエピローグでの初老ホフマンまでの変化も楽しみです。 井澤さん) 演じ分け、踊り分け、幕ごとの変化をより明確にということは僕自身も課題としています。特に、プロローグとエピローグでは過度に“おじいちゃん”にならなくてもいいのかなと感じています。歳を重ねたことを表現するのは大切ですが、ステラが恋をするような男であることにもしっかりと説得力を持たせたいと思います。
──では、最後におふたりが感じる『ホフマン物語』の魅力は。木村さん) とてもドラマチックな話ですが、人間味あふれる話でもあります。さらに1幕の舞台装置をはじめとする色使いや、2幕の幻影のシーンのオーロラのような情景はファンタジックですし、3幕は異国情緒に溢れています。ホフマンと共に世界中を旅しているようなところも魅力です。
井澤さん) この作品は本当に見どころがたくさんあります。作品が持つ物語性、演技面でも楽しめる一方で、2幕の幻想のシーンはしっかりとバレエとしての見どころになっています。また、ホフマンの恋の相手としてプリンシパルの女性3人、そしてステラ、4人の女性ダンサーとの競演が観られる作品もなかなかありません。その中でホフマンを踊れることは、大変でもありますがダンサーとしてとてもうれしいことです。
たくさんの方にこの作品の魅力を生で感じていただきたいです。劇場でお待ちしています。
◆ 第3幕の舞台となるダーパテュート(悪魔)のサロンは妖しげな空気。そこを訪れる客人もどこか不思議な動きを見せます。
ダーパテュートは女たちを操りながらホフマンを快楽の世界へ誘うのです。
負けるなホフマン!
妖しげなメロディとダンスで観ているこちらまで、その空気にのまれてしまいそう。だんだん気持ちよくなってきます。(ホフマンには負けるなと言っておきながら、あっさり陥落……笑)
真実の愛を求めるホフマンの恋物語はもちろんですが、彼を取り巻く周囲の人々、舞台上に居る一人ひとりのダンサーがマイムで演技・表現する“「ホフマン物語」の世界”。そこには、この20年の中で培われたダンサー各々の力、そしてバレエ団としての結束力が集約されています。開場20周年の公演にふさわしい、これまでの集大成でありこれからの扉を開けるような記念すべき公演に向け、リハーサルもいよいよ大詰め!
幕が上がるのは…2月9日、もうすぐです!!
【初演をご覧になったおけぴ会員の皆さんの感想(抜粋)】
「あのホフマン物語がバレエに!オランピアは?アントニアは?ジュリエッタは?各々の見せ場が如何に演出され踊られるか興味津々でした。結果、大当たり、ステキなひと時でした」「ホフマンの心情を思い、感情移入して涙ぐんでしまいました」「女性陣の衣装が素敵です。そして悪魔役ダンサーさんの各役演じ分け、すごいです」「バレエの様々な場面・表現を観るこのできる、とてもお勧めのバレエです」
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文) 監修:おけぴ管理人