多彩な人間ドラマ、『マンザナ、わが町』が待望の再演!活気あふれる稽古場の様子をレポートいたします。
1942年3月、カリフォルニア州のマンザナ強制収容所を舞台に、朗読劇の上演を命じられた5人の日系人女性たちの人生を描いた作品。実に18年ぶりの上演となった前回公演は好評を博し、第23回読売演劇大賞優秀作品賞・同賞最優秀演出家賞(鵜山仁さん)、同賞優秀女優賞、第50回紀伊國屋演劇賞個人賞(熊谷真実さん)など数多くの賞を受賞。もちろん観劇した一人ひとりの胸にも、忘れられない人間讃歌の記憶として刻まれました。
日本人海外移民150周年の記念すべき年の再演は、前回に引き続いてのご出演となる土居裕子さん、熊谷真実さん、吉沢梨絵さん、伊勢佳世さんに、北川理恵さんが加わり、2018年の『マンザナ、わが町』を届けます。演出は、もちろん鵜山仁さん!
写真左より)北川理恵さん、熊谷真実さん、土居裕子さん、伊勢佳世さん、吉沢梨絵さん
その作品、座組ごとに異なる稽古場の空気。『マンザナ、わが町』のそれは、なんとも言えない“共同生活”の香り。女3人寄れば……といわれるところ、5人ともなれば!というにぎやかさもあるのですが、変ななれ合いはない。個がしっかりとあり、互いを尊重し、そして自由闊達なみなさん。楽しいけれどピリッとした緊張感もある稽古場です。
【5人の日系人女性】
マンザナ強制収容所の、とあるバラック住宅にひとり、またひとりと集まる5人の女性。幕開きとともにそこに居るのは、ジャーナリストのソフィア岡崎(土居裕子さん)と浪曲師のオトメ天津(熊谷真実さん)。
ソフィアの手には朗読劇『マンザナ、わが町』の台本。この劇の上演のために集められた女性たちなのです。しかし、その内容は「マンザナは決して強制収容所ではなく、集まった日系人たちの自治によって運営される一つの町なのだ」というもの。
土居さんが演じるソフィアは日系二世、この即席劇団のリーダー。真っ直ぐな眼差しと誠実な声、“高潔”という言葉が似合う女性です。ときに優等生的と皮肉られることもあるのですが、時折見せる“おとぼけ”な一面も。とても可愛らしい女性です。そして、土居さんの声には、だれもが自然に耳を傾けたくなる魅力があります!
物事の本質を自分の目で見て、頭で考えて解き明かそうとする知的なソフィアに対し、本能的に生きる哲学を獲得してきたように映るのが、日系一世、浪曲師のオトメ。演じるのは熊谷真実さん。情に厚く、たくさんの苦労をしてきた女性の懐の深さを感じます。カッとしやすいところも、ちょっぴり粗野なところも全部まとめて、ご愛敬。オトメの見せ場の1つ、何度か繰り広げられる“オトメ劇場”と呼びたくなるような浪曲シーン。普段から浪曲に親しんでいるわけではないのですが、なぜか心に染みてくるから不思議なものです。熊谷さんの浪花節、メチャメチャパワーアップしています。発声からして違います!!
テーブルの上にはお茶のみセット
意見の対立はあっても、とりあえず急須でお茶を入れてみんなで飲みましょう。強制収容所という過酷な状況下での日常。
続いてやってくるのは、孤児院育ちの手品師サチコ斎藤。『父と暮せば』での美津江役好演が記憶に新しい伊勢佳世さんのイメージをガラリと変える、かなりインパクトのあるキャラクターです。
日本語交じりの英語というか、英語交じりの日本語というか、だいぶ素っ頓狂な登場。好奇心旺盛で、ソフィアから「根掘り葉掘り病」と言われるほど相手を質問攻めにするサチコ。前回より、強烈キャラに拍車がかかっている一方で、ググッと奥行きも出ている!そこのところの詳細は控えますが、本番が楽しみです。
こちらは、新キャスト北川理恵さんが演じるのはリリアン竹内、日系二世。彼女はアメリカでの成功を夢見る歌手。「歌」「歌うこと」を通して、自らの中にある日本(文化)とアメリカ(文化)を感じている。
姉のように慕うソフィアとの出会いのエピソードには思わず涙。リリアンの不安を解きほぐすようにソフィアがレクチャーする、文化が持つ「祖国の面影」「おじや鍋」理論!この言葉に頷くのは、リリアンだけでないでしょう。北川さんの美しく力強い歌声が稽古場に広がります。
最後に登場するのは、吉沢梨絵さん演じる映画女優のジョイス立花。現役のハリウッド女優というエレガンスを纏って現れるジョイス。「映画、観ました!」というファンモードになるリリアンたち。吉沢さんの優雅さとコミカルな芝居のさじ加減が絶妙!
彼女がこれを機に、日本で女優として出直したいと考えている理由。華やかな映画業界で、日系人であるジョイスがどのような扱いを受けてきたのか、日本人の描かれ方を語るシーンは、井上ひさしさん独特のユーモアを交えながらも、厳しい現実としてしっかりと描かれます。さらに、そこにいくつかの視点を入れるところも、後になって唸らされます。
アマチュアに混ざって、微妙な(失礼!)朗読劇の市民C役に任命されたジョイス……複雑な心境ながら、読み始めればそこはプロ!さすがの説得力です。
こうして揃った5人の女性たち。ただし、ご紹介してきた通り、一世もいれば二世もいる、出自も職業もみんなバラバラです。当然、日本への思い、アメリカへの思いもそれぞれ異なります。そんな彼女たちが、ともに笑い、歌い、衝突しながら、芝居の稽古を重ねていく。その果てにたどり着くのは……。
劇中の言葉を借りると「日本派」
日本の実家に預けた子どもたちに仕送りをするオトメと日本での再起を誓うジョイス
「アメリカ派」私たちの国=アメリカの自由と平等を信じるソフィアとリリアン
両方を行ったり来たりする不思議ちゃんサチコ
波乱の第二幕は観てのお楽しみということで、この日は一幕を通したところでひと休み。ここからは演出の鵜山仁さんからのダメ出しです。
ほぼ全ページに折り目(チェック)がついているのでは?!と思えるほどの厚さになった鵜山さんの台本!
鵜山さんが実演を交えながら、「もうちょっとテンポを上げて」、「この台詞にはこんな含みを」、「あの台詞の聞き方(受け取り方)なんだけど」……、細かな修正が加えられていきます。
そのひとつひとつに対して、俳優のみなさんが「ということは、その裏にはこんな心情があるということでしょうか」としっかりと腑に落としたところで、初めて「はい」と受け入れ、進んでいく稽古。とくに熊谷さんは、オトメの台詞の裏、台本に書かれていない“そのココロ”を具体的に言葉にして発しながら進められるのですが、オトメならそう言いそう、そう思っていそう!の連続です。
ほかのみなさんも、それぞれが、その人物の、本作では描かれていないバックグラウンドまでも感じさせる濃い芝居を構築。
鵜山さんの演出でとくに印象的だったのは、ちょっとした可笑しみや、ときにはドタバタも含めた「笑い」を追求していく姿勢。初演より、さらに緩急の効いた『マンザナ、わが町』になりそうです!
そして再演となり、“いい意味で”遠慮がなくなったようなやり取り、ときにはこんな表情も!なんだか5人姉妹のお父さんのような鵜山さんなのです。
言っちゃった(笑)
真珠湾攻撃を境に運命が大きく変わってしまった日系人女性たちを通して訴えかける、国家や民族、個人のあり方。そして、彼女たちの心を支えた合衆国憲法……。
稽古場で最初に感じた空気。俳優としての出自も、キャリアも異なる5人が自立し、互いに尊重し合い、にぎやかに切磋琢磨する姿は、朗読劇の上演に向けて共同作業をする劇中の5人の女性たちと重なります。魅力的な5人の女優さんが、魅力的な5人の女性を演じる2018年の『マンザナ、わが町』!期待がさらにさらに高まります!
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文) 監修:おけぴ管理人