新国立劇場『怒りをこめてふり返れ』トークイベントレポ



 新国立劇場7月公演ジョン・オズボーン作『怒りをこめてふり返れ』、翻訳の水谷八也さん、演出家としては新国立劇場初登場となる千葉哲也さん、主人公のジミーを演じる中村倫也さんによるトークイベントが開催されました。

 作品の背景や本格的なお稽古に先立って行われた本読みの手応えから日常まで?!、多岐にわたる興味深いお話が飛び出しました。



水谷八也さん、中村倫也さん、千葉哲也さん
なんとみなさん"也"さん!いや、どうでもいいんですけどね(笑)



【1956年、大英帝国と呼ばれたその国の変革の時代を映した劇作家、作品】

──まずは水谷先生から作品の背景をお話していただきましょう。

水谷)
 1956年初演の本作、当時のイギリス演劇界ではノエル・カワード、テレンス・ラティガンら貴族たちによる、いわゆる「ウェルメイドプレイ」と呼ばれる演劇が主流でした。そこでは上流階級から見た世界観が表現されていました。

 一方で本作の作者のオズボーンが描いたのは労働者階級の上のほうから見た世界観。それがちょうど戦後、価値観の変革期を迎えた時代とマッチした。それまでの価値観や文化が崩れ、自分たちがどういう世界にいるのかがわからなくなっていたんですね。その感覚が若い人から見てどのように見えていたのかが描かれているのです。

※作品の背景については1月の水谷先生のトークイベントレポもどうぞ(客席にはローレンス・オリヴィエ、アーサー・ミラー、マリリン・モンローという初演エピソードなど)

 そして、そうやって時代を凝縮している作品、そこに出てくる問題というのは、確実に現代とも通じるものです。ハードルを上げますが、絶対に、「今」と繋がりが見える舞台になると期待しております。千葉さんはこういう雰囲気をお持ちですが、実はメチャメチャ真面目なんですよ。






【時代は違えども、人間の本質はそんなに変わらない。そこに面白さがある】

──戯曲を読んだ印象は。



千葉)
 最初の印象は「荒っぽいな」と。時代考証をしていくとなんとなくわかるのですが、そこを中心に進めると、「こういう本がありましたよ」という作品になってしまうと思うんです。

 結局、シェイクスピアにしてもギリシア悲劇にしても、時代は違えども、人間の本質はそんなに変わらない。そこに面白さがある。だから、(作品を立ち上げるに際して)どうやって人間としてちゃんと存在するかを探っています。 こういう人間もいるのか、人間ってこういう可能性もあるのかということを観ながら考えられるような。演劇ってそうしないといけないんじゃないかと思うんだよね。


 

中村)
 僕は、最初に読んだときは「何をずっとしゃべっているんだ」と。ずっとしゃべっているんですよ、ジミーという男は…。「もう、黙れ!」って思いましたね(笑)

 (台本の)字面だけ追うと、日本、現代に生きる僕は、当時の社会に蔓延した雰囲気を感じたことがないので、読み進めるのに苦労しました。でも、何度か読んでいるうちに、「これって不器用な男がなにかを手に入れるため、愛なのか…な。自分を知るために、ものすごく汗をかいているというシンプルな話なのかな」と思ったら、読み進められるようになりました。

 人間ドラマとしてしっかりと作れれば、2017年に日本人の僕たちがやっていても楽しめると思うんです。そして、観客にとっても、共感するところがあり、昔を思い出すでもいい、何かしらを持ち帰ってもらえる、意味のあるProjectになると(笑)。(なぜか突然“英語な発音”でProject!)

──50年代の戯曲を、今、上演する意味。当時のイギリスと今の日本の社会は相似形?

水谷)
 少し説明すると、イギリスの最盛期は19世紀ヴィクトリア朝です。ヴィクトリア女王が60年近く在位し、20世紀の幕開け、1901年に亡くなる。これが象徴的な出来事。20世紀は良くも悪くもアメリカの時代。国際社会でのイギリスの力が落ちていって、それを嘆く空気もありつつ、かつての栄光がまだ残っているような状況。今の日本がそれと全く同じとは言いませんが、たとえば、この一か月間の政治の動きを見ていても、どこかで(栄光の)昔を一生懸命に取り戻そうとしているようなところがあります。実際は栄光でも何でもないんですけどね。

 その中で、本当だったら日本人はもっと怒ってもいいんですよね。なぜ怒らないのかというと、怒りがないのではなく、怒りをどう作るのか、何を発火点にすればいいのかがわからないのではないか。どこかでマッチを擦る作業が必要。それがこの作品になるといいな。千葉さん、火をつけてください。



千葉)
 最近、ぼんやり思うんですけど…。先のビジョンを見据えて生きてくことが多いけれど、先のことばかりを見ていても、今自分がいるところをちゃんと見つめるという作業をなしには、ちっとも前に進まないんじゃないかな。自分はどんな考えをしていて、どういう記憶を持って、どう生きてきたのかってこと。そう考えると、この作品はすごくわかりやすいんです。
 政治、社会情勢もあった上で、この人はこういうふうに人を好きになっていくんだろうなとか、単純なことが見えてくる。そこから出発しないといけないと思うんですよね。

水谷)
 そう、人間は、「今」にしか存在できないわけですから。今、ここにいる自分のことを考えることが、実は、未来のことや、過去のことを考えることになる。ジミーという人は、今、流れていく時間を一生懸命止めようとしているような気がします。

中村)
 人生の先輩二人と飲みに来ている感じ(笑)。

──中村さんは、まだ、(年齢的に)振り返るという感覚はお持ちではないかもしれませんが。

中村)
 僕自身、過去も未来もどうすることもできない、今、この一瞬一瞬の積み重ねが過去になったり未来になったりするんだなと思って。(No day but todayだ!2012年『RENT』稽古場レポート

 自分を振り返る、僕が役者の仕事をしているモチベーションの大部分を占めているのが、自分ってものがわからないということ。人のことはわかったつもりになれるんですけど(笑)。



水谷)
 僕が中村倫也という人を「この人は信用できる」と感じたのは、『わが町』のときです。本番中に、小堺(一機)さんがアドリブを入れるんですよね。それに対する柔軟な受け答えが、あたかも台詞に書かれているかのようで、まさにそこで生きていたんですよ。それって役者としてとても魅力的ですよね。
 千葉さんのお芝居にも、そういう柔軟性を感じています。

(懐かしの『わが町』おけぴ稽古場レポート!)


──魅力的なおふたりは俳優としてはご共演されていますが、今回は演者と演出家という関係です。お互いの印象は。



千葉)
 倫也を見て?二枚目はいいなと(笑)。

中村)
 色気のあるおじさんはいいなと(笑)。困っちゃいますよね、モテてモテて。

千葉)
 モテるのが大事なんじゃなくて、俺が好きになるかが大事…。あれ、何でこんなことをしゃべっているんだ(笑)。


【みんなに、いっぱい甘えよう】

──話を作品に戻しますと(笑)。本格的なお稽古に先立って、本読みが行われたとのことですが、その手ごたえは。



中村)
 やっぱり芝居の面白いところは、書かれている台詞を(中村)ゆりちゃんの声で聞いたときに受け取れるイメージ、それによる感情の変化があるんですよね。本読みをしたことで、いろんなヒントが見えてきました。やってよかったと思います。そして、このメンバーだったら楽しいだろうなという思いが生まれました。みんなに、いっぱい甘えようと思いました。
 千葉さんからも、「俺は倫也の甘えん坊なところを期待してキャスティングした」と言われていますし、そうなるんでしょうね。

──千葉さんは本読みの感触はいかがでしたか。

千葉)
 たとえば倫也、ゆりちゃん、浅利くん…その人がどんなふうに怒るのか。その人の言葉を知るのに2週間ぐらいかかるの、俺が(笑)。演出家である俺が最初からああしてこうして言って芝居を作るのは、飽きるからね。俺はそういうタイプではない。稽古では俺自身がびっくりしたいんです。稽古場で笑いながら楽しく作りたい。それができるカンパニーだと思いました。

水谷)
 全体的にいいバランスだと思ったのですが、特にジミー(中村さん)とクリフ(浅利さん)の掛け合いが楽しみです。



──改めて作品への意気込みは。

千葉)
 最近、「わかりやすい」ものが増えすぎている気がして。「せっかくお金を払って観に来ていただいているんだから、せめてわかりやすくしよう」という発想がね。せっかくだから「観たことないものにしよう!」はないんですかね。
 昔、野田(秀樹)さんや唐(十郎)さんの芝居見て、理解できないことも多かったんですよ。わからないものなんだけど、そこにエネルギーがあった。わからないものを僕ら作り手が理解し、それを外からお客様が観て判断してもらう。そういうものなんだよね。
 だからといって、わからないものを作ろうって言うんじゃないですよ(笑)。

中村)
 役者にできることっていうのは、人と人との間にあるものを見せるだけなんですよね。作家や演出家はメッセージがあったり、それをどう料理するかがあったりしますが、一役者にできることは、目の前で起こっていることに反応して、その役の思惑というか、誰に何を渡したいのかを表現するだけです。

──ジミー役は台詞量も膨大です。その物量に関しては。



中村)
 10代のころ、台詞のない役だったり、台詞をカットされたりして。その頃は、台詞さえあれば何かを表現できると思っていました。でも、あったらあったで大変ですね(笑)。ただこればかりは、やるしかないですから!
 僕らは、さらに台詞の裏にある「この人は何がしたいのか」、ジミーの中に流れている衝動を表現しなくてはならないんです。台詞の数より、もっとたくさん流れているんじゃないかな。

 そして、ジミーを作るのは僕だけじゃないんです。それこそ本読みをしたときのやり取りでも感じましたが、アリソン、クリフ…、芝居をしている中でみんなが教えてくれることが多いんです。そういう意味で楽しい役だな、いろいろな発見が日々ありそうなカンパニーだなと思っています。

──本番がますます楽しみになってきました。

千葉)
 美術館に行って、ある絵を見たとき、その絵を描いた動機やテーマについての興味もあると思いますが、まずは「その絵に出会う」それでいいと思うんです。同じように、この芝居を観て、何に出会えるか。演劇もそう、この作品も「人にはこういう素敵な部分があるよね」とか、「こういうダメな部分があるよね」とか、「人間の信頼できる部分」、それが舞台上に、演じ手の中に見えるといいかな。ぜひ観にいらしてください。



中村)
 自分がお客さんとして劇場に行くときには、お金を払ってその日そこへ行き、どう楽しもうが俺の勝手だって思って観ています(笑)。それがお客様に与えられている自由。観ていればわからないこともあるし、知らない単語も出てくる。作者の意図がとか、そういうこともあるけれど、何を感じるか、どこを観るかは、観る人の自由だと思うんです。その自由を奪わないように、その自由を満喫してもらえるようにしたいと思います。
 (会場を見渡して)今日、話を聞きにきて、観に来ないっていう人は多分いないと思うので、楽しみにしていただけたらなと思います。

千葉)
 ちょっとそれって、恫喝って言うんじゃない。

──大丈夫です。中村さんがおっしゃる分には「お誘い」です(笑)。みなさん、今日は素敵なお話をありがとうございました。



「この夏は、千葉さんの“ぬか漬け”になりたい!毎日毎日混ぜ返してもって、千葉さんのエッセンスがしみ込んだ味のある俳優になりたいです(笑)」
※千葉さんはご自宅でぬか漬けを漬けていらっしゃるそうです!!



【公演情報】
JAPAN MEETS…-現代劇の系譜をひもとく-XII
新国立劇場『怒りをこめてふり返れ』
2017年7月12日(水)~30日(日)@新国立劇場 小劇場

<スタッフ>
作:ジョン・オズボーン
翻訳:水谷八也
演出:千葉哲也

<キャスト>
中村倫也 中村ゆり 浅利陽介 三津谷葉子 真那胡敬二

公演HPはこちらから

おけぴ取材班:chiaki(撮影・文) 監修:おけぴ管理人

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