KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『ライカムで待っとく』田中麻衣子さん(演出)、あめくみちこさん対談

沖縄本土復帰50年となった2022年12月にKAAT神奈川芸術劇場にて上演された『ライカムで待っとく』。

1964年、アメリカ占領下の沖縄で起こった米兵殺傷事件を基に書かれたノンフィクション「逆転」(伊佐千尋著、新潮社・岩波書店刊)に着想を得た本作。沖縄の過去、現在、未来が交差する軽快なミステリータッチの展開で語られる、「沖縄は日本のバックヤードではないのか」「沖縄の犠牲の上に成り立っている日本という国」という想いや問い──沖縄在住の劇作家・兼島拓也さんによって書き下ろされた戯曲を、沖縄に出自を持つ田中麻衣子さんが演出を手掛けた公演は、短い上演期間にもかかわらず大きな反響を呼びました。

あれから1年半、今年はKAATで開幕の後、京都、福岡を回り、6月23日の沖縄慰霊の日に沖縄にて大千穐楽を迎える『ライカムで待っとく』。初演に続いて演出を手掛ける田中麻衣子さん、ご出演のあめくみちこさんにお話を伺いました。


あらすじ(HPより)
雑誌記者の浅野は、60年前の沖縄で起きた米兵殺傷事件について調べることになったのだが、実はその容疑者が自分の妻の祖父・佐久本だったことを知る。調査を進めながら記事を書くうち、浅野は次第に沖縄の過去と現在が渾然となった不可解な状況下にいざなわれ、「沖縄の物語」が育んできた「決まり」の中に自分自身も飲み込まれていく……。


【初演の思い出】

──再演に向けたお稽古も始まったとのこと、今はどのような段階ですか。

田中:この1年半の間に私たちを取り巻く状況も変わっているので、それも加味した2024年の『ライカムで待っとく』にするべく、初演でみなさんと構築したものをベースに、再び作品を組み立てているところです。私自身は、初演の頃に比べると、少し落ち着いて作品に向き合うことができています。初演はいろいろと大変でしたので(笑)。

あめく:大変でしたよね(笑)。これはどういうことだろうか……役やシチュエーションについてのディスカッションを重ね、シーンの順番も入れ替えたり、やっぱり戻したり。役者の疑問を麻衣子さんが丁寧にくみ取ってくださり、いろいろと試しながら作って下さいました。役についても、浅野と妻の知華以外は、だいたいみんな何役も演じるのでそれぞれの役をどのように作り、どう違いを出すかなども話し合いました。初日はかなりドキドキして迎えた記憶があります。

──そこに生きる人々の熱量とともに、観客としていつの間にか舞台に飲み込まれていくようなめくるめく展開も印象的でした。



田中:それを生み出した要素の1つが盆ですが、盆を回すスピードや、どのタイミングで乗り込むかなどの、出はけなども試行錯誤しましたね。こうしてお話していると次々に初演の苦労が思い出されます(笑)。あと小道具の……

お二人(が声を合わせて):段ボール!

田中:「偶然に見える必然と作らなければ」そこに向かって、かなりのところまで到達できたと思っています!

あめく:そうそう! 無造作に置かれた中に、“絶対にココになければいけない段ボール”というのがあって、それをいかに自然に見せるかをみんなで考えましたね。

田中:初演は、そういった細かな段取りも含めて、とにかくそれぞれが自分の役割をまっとうするしかない!というような状況で幕を開けました。そこから少しずつ落ち着いてきたころで千穐楽。

あめく:そう、あっという間に終わりましたね。

──そのわずか7回※の公演が大きな反響を呼びました。第30回読売演劇大賞優秀作品賞受賞など、演劇賞での評価もその1つですが、公演中や公演後、みなさんにはどのような反響がありましたか。(※2022年は新型コロナの影響で9公演が7公演となりました。)



あめく:観に来てくれた知人、その方の年代やバックグラウンドによっていろんな感想がありました。若い世代でも「これまでは沖縄=リゾートで癒される場所だったのが、こんなに大変な問題も抱えていることを教えられた」という感想もあれば、沖縄出身の方だと「すごくよかった。こういう芝居をもっとやってほしい」と。ニュースで基地問題が取り上げられ、辺野古や普天間という言葉は聞いたことはあっても、その本質はなかなか伝わっていないのだと感じました。また、私と同世代になると「いやぁ、参った。軽いタッチで始まって、2場のタクシー運転手のシーンあたりからグッと引き込まれ、最後の方では泣いてしまった」とか。色々な感想があって、本当に人それぞれというところに、この芝居をやる意味があると感じます。私は、返還前に上京したので沖縄には8歳までしか住んでいないのですが、一応沖縄出身と言うことで呼んでいただきました。携わることができてよかったと心から思っています。



田中:前回公演中は、必死すぎて自分が置かれている状況がいまひとつわかっていなかったというのが正直なところです(笑)。それでもお客様の反応から、どうやら“心になにか引っかかる、残ると感じてくださる方が多いらしい”ということはわかりました。沖縄で起きていることを知る、もっと知りたいと思う……それだけでもみんなで作った意義があったと考えています。こうして再演の機会をいただいたことで、さらに一人でも多くの方にご覧いただきたいという気持ちとともに、「こんな作品があるんだ」「ライカム、琉球コマンドってなに?」と思っていただけるだけでも意義があると思っています。


【兼島さんの戯曲を、お芝居として立ち上げる稽古場】

──改めて、兼島さんが書き下ろした戯曲を最初に読んだときの印象をお聞かせください。

あめく:基地問題をテーマにした話ですが、そこに兼島さんらしい優しさで人間の持っているチャーミングなところも感じられる作品だという印象をもちました。冗談を言っていると思っていたら次の瞬間には鋭く核心を突く会話、その緩急の行き来がたまらないというか。読み終えてすぐに「出演させてください」とお返事しました。同時に、俳優としては大変だろうなとも思いましたが(笑)、それでもやっぱりチャレンジしたくなる面白さのある戯曲です。

──田中さんは兼島さんが戯曲を執筆されている段階から意見交換をされてきたとのことです。

田中:沖縄についてのリサーチで、20代の方々から、修学旅行でひめゆりの塔に行ったり、学校の授業で習ったりして学徒動員のことを歴史として知っていたけれど、今の基地や米軍の存在を意識したことはあまりなかったという話を聞きました。私はそうかと思い、兼島さんはびっくり。互いの受け止め方の違いも含め、様々な要素を丁寧に積み重ねて兼島さんが書き上げてくださった戯曲です。


──軽快なミステリータッチの物語に乗せて沖縄の理不尽やこの国の在り方を力強く描く。テーマとともに演劇としての面白さも印象的な本作。それを生み出す要素の1つは登場人物たちが醸し出す雰囲気、あめくさんが演じた金城さんもその一人です。戯曲には、人物像はどの程度書き込まれていたのでしょうか。



田中:体感としては、半分以上あめくさんのアイデアで立ち上がったようなところが(笑)。もちろん書かれた台詞の通りにお芝居をしてくださっているのですが、さらにぐっとキャラクターを膨らませてくださって。

あめく:うまく膨らめばいいなと思っていましたが、舞台は生ものですので、毎回、上手く膨らむかどうかは(笑)。大丈夫かしらと思いながらも、共演者のみなさんに助けていただきながら演じました。

──ちなみにどのようにキャラクターを膨らませたのでしょうか。

あめく:まず、私が演じるもう1つの役の多江子マーマーとの違いということで、金城はおばぁにしたいなと思い、私の記憶の中にある、うちのおばあさんのイメージをちょっと取り入れました。割と高めの声で本当に可愛いおばあさんだったんですよ。あと、金城はユタ(霊媒師)なのですが、兼島さんが書いてくださった金城が死者を呼び出す方法がとってもユニークなので、金城を楽しくゆるく作っていきました。

──金城さんと再会できることを楽しみにしています。


【決して他人事ではない】

──まだ稽古が始まったばかりのタイミングで伺うのは恐縮ですが、2024年版はどのような仕上がりになりそうですか。

あめく:新しいキャストのみなさんも加わりましたが、ワークショップなどを通して早い段階からとてもいい雰囲気で稽古をしています。この座組ならではの『ライカム~』になると思います!

田中:話の筋は同じですし、演劇として面白いものであることが絶対条件だということは変わりませんが、兼島さんが書いてくださった柔らかさを大切に立ち上げていった初演とは少し肌触りが違うものになるかもしれません。私たちを取り巻く状況が変わっているのでそれを反映したものになる。今、稽古をしていて改めて感じるのは、沖縄のことは結局のところ日本の問題だということ。1年半前よりそれが切実になってきていると思うんです。

あめく:本当にきな臭い世の中になりました。今回の本読みのときにも、2022年12月とは明らかに世界が変わっているということを麻衣子さんやみなさんと話しました。22年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻、その後のイスラエルのガザ侵攻を国連も止めることができず、今もなお多くの民間人が犠牲になっています。それに対して無力感や閉塞感を抱えて暮らす私たち。この作品の「決まりを守らないのも決まり」という台詞。本当だなと思うんです。すべてがなし崩し。その怖さは初演のときより皮膚感覚で増しています。決して他人事ではありません。

田中:稽古場で話題に上がったことをひとつ紹介させてください。辺野古の埋め立てに沖縄の南部の土を使用することに対して、今回ツアーで訪れる京都でも、沖縄戦の犠牲者の遺骨を含む土砂を埋め立て工事に使わないよう求める意見書が提出された。沖縄戦の犠牲者には沖縄の方だけでなく、日本中から沖縄に送られた若者たちも含まれる。日本全国の誰かのおじいさんや近しい方かもしれない。だからこの問題は沖縄だけのものではなく、日本の問題だということです。私たちは稽古場で(沖縄出身の)神田さんたちにそのことを聞き、記事を読むことで初めて知りました。そこに罪悪感を持つ必要はないですが、やっぱり沖縄だけの話ではないということを知った方がいいと思うんです。この作品が、知るきっかけになれば嬉しいです。

あめく:きっと同じようなことがいろんな局面で起きていて、いずれ自分たちの身にも降りかかってくることなんですよね。気づかないうちに私たちの生活が脅かされるようなことって、結構ありますよね。

田中:なにも言わないでいると、いつの間にかじわじわと。


──沖縄が辿ってきた歴史から、現在進行形の問題へ。それを肌で感じられるのが演劇、そしてこの作品の魅力だと思います。最後に、あらためて『ライカムで待っとく』再演への意気込みをお聞かせください。



あめく:新しいキャストの方々も加わったこの座組で、再びKAATで上演できること、さらに今回は京都、福岡、沖縄の方に『ライカム~』を届けられることを嬉しく思います。沖縄公演については、沖縄に行くのも17,8年ぶりなので、それ自体も楽しみです。実際に沖縄のお客様の前でユタを演じることには恐れ多いという気持ちもありますが、本当のウチナンチュー、共演する沖縄の俳優さんお三方の力もお借りしながら頑張ります。

田中:神奈川、京都、久留米、沖縄、公演地によって客席の反応も変わってくるでしょう。最後の沖縄公演は慰霊の日の上演。その日に沖縄の劇場でこの作品をご覧いただくことの意味は、私には計り知れないものがあります。まずはしっかりと稽古をして面白い作品にします。一人でも多くの方に劇場に足を運んでいただき、一緒に時間を共有できたらと思います。劇場でお待ちしています。



KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『ライカムで待っとく』は5月24日、まもなく開幕です!

「ライカム」とは
かつて沖縄本島中部の北中城村比嘉地区に置かれていた琉球米軍司令部(Ryukyu Command Headquarters)の略。現在「ライカム」は地名として残っている。司令部があった近辺の米軍関係者専用のゴルフ場の跡地には、2015年「イオンモール沖縄ライカム」がオープン。地元民のみならず県外からの観光客も多く訪れる場所になっている。

「米兵殺傷事件」とは
1964年8月16日未明、宜野湾市普天間の飲食街周辺で、米兵2人と数人の沖縄人が乱闘し、米兵1人が死亡、1人が重傷を負った。沖縄青年4人(2人は徳之島出身)が普天間地区警察署に逮捕され、傷害致死罪で米国民政府裁判所に起訴された。事件は陪審に付された。
沖縄人に重罪を課そうとする米国人らが陪審員の多数を占め、評議は4人に不利な流れとなったが、無罪を主張する沖縄人陪審員・伊佐千尋の粘り強い説得で形勢は逆転し、傷害致死罪については無罪、傷害罪では有罪の評決に至った。しかし、同年11月の判決では3人に懲役3年の実刑(1人は猶予刑)という初犯としては重い量刑が下った。
殺傷事件と沖縄住民への差別意識が渦巻く陪審評議、その後の判決は米統治下に置かれた沖縄の過酷な現実を浮き彫りにしている。

【公演情報】
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『ライカムで待っとく』 Backyard in RyCom
2024年5月24日(金)~6月2日(日)@:KAAT神奈川芸術劇場<中スタジオ>
【京都公演】2024年6月7日(金)~8日(土) ロームシアター京都 サウスホール
【福岡公演】2024年6月15日(土) 久留米シティプラザ 久留米座
【沖縄公演】2024年6月22日(土)~23日(日) 那覇文化芸術劇場なはーと 小劇場
上演時間2時間程度(休憩なし)

作:兼島拓也 演出:田中麻衣子

登場人物 ・出演:
浅野悠一郎 ……中山祐一朗
藤井秀太 …… 前田一世
浅野知華 ……魏涼子
伊礼ちえ ……蔵下穂波
運転手 ………佐久本宝
金城(きんじょう) …………あめくみちこ
佐久本 寛二(さくもと かんじ) ……佐久本宝
嘉数 重盛(かかず しげもり) ……神田青
平 豊久(たいら とよひさ) ………小川ゲン
佐久本 雄信(さくもと ゆうしん)…… 前田一世
大城 多江子(おおしろ たえこ) ……あめくみちこ
栄 麻美子(さかえ まみこ) ……蔵下穂波

『ライカムで待っとく』公演HP

おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人

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