ミュージカル『CHESS』アービター役・田代万里生さんインタビュー

2012年と2013年、2度のコンサートバージョンを経て、ついに本公演初演を迎えるミュージカル『CHESS』にアービター(審判)役でご出演される田代万里生さんにお話をうかがいました。


──まずは、現在公演中のミュージカル『エリザベート』についてうかがいます。大旋風ですね。

田代)
はい。長い長い旅が続いています。
連日、たくさんのお客様とともに盛り上がっています(笑)。

──そこでオーストリア皇帝のフランツ・ヨーゼフを演じられていますが、これまで同役を演じてこられた俳優さんに比べると、非常に若くしてキャスティングされました。


田代)
そうですよね。
『エリザベート』でルドルフ(オーストリア皇太子、フランツの息子)役をやっている時から、演出の小池(修一郎)先生からは「いつか、君のフランツを見たい」と言われていました。それからしばらく経って今回のお話をいただきました。確かに早いなとも思いましたが、上演されるころには30代になっているし、僕自身きっと大人になっているだろうという気持ちもありました。実際にはそんなに変わらないまま、あっという間にその時を迎えたのですが(笑)。

ですので、その後、改めて正式にお話をいただいた時はうれしい反面、自信はありませんでした。でも、小池先生が「絶対にピッタリだから!」と自信に満ち溢れていて。そして、「ウィーンでの世界初演ではフランツを20代、27、8歳の役者さんがやっていたんだよ」とか、「カンパニーによってはルドルフ役者のほうが年上のケースだってありうるんだよ」とか、たくさんの例を挙げて「だから君がやってもおかしくないんだ」と言ってくださったんです。先生の中にそこまで明確に僕のフランツ像があるのなら、そこについていこうと引き受けました。

──小池先生のそのイメージに間違いはなかったと証明するかのごとき素晴らしいフランツ・ヨーゼフです。色々とうかがいたいところですが、中でも「悪夢」が印象的です。


田代)
いじめられているところですね(笑)。

──あ、はい(笑)。でも、その中でのフランツの強さや激しさが表現されています。

田代)
フランツ・ヨーゼフについての文献を読むと、内面はメチャメチャ熱い人、強い信念を抱いて、とにかくブレナイのが彼の人生です。
劇中で、若いころから最後の夜のボートまで、感情を抑制して長い時代を生きてきて、唯一感情が爆発するのがあの場面になります。
でも、爆発しているのは…夢の中なんですよね。
そこがフランツらしいというか。夢だから、あそこまで爆発力があるのでしょうね。

──確かにそうですね。夢の中でだけ…皇帝として生きる重責を改めて感じました。
あのシーンからも役者として非常に充実した中でこの役と向き合っていることが伝わってきます。



田代)
すごく充実していますね。
僕は台本の自分セリフに黄色いマーカーを引くんです。以前は、その黄色いマーカーがたくさんあるページに気持ちがいきがちで、それが無いページには気持ちがないとは言いませんが、やはり割合が違ったんです。
でも、フランツは決してたくさんしゃべるわけでもなく、たくさん歌うわけでもないけれど物語の要所、要所で登場し、そしてその都度、彼を取り巻く状況が違い、心情が違うんです。

出ていなかった間の変化も含め、その時々のフランツをセリフも言わず、歌も歌わず伝えないといけない。佇まい、呼吸、もしくは“間”だったり、そういうものを考えないといけない役を与えてもらえたことは僕にとってとても大きなことだと思います。
それによって、では、どう表現したらいいか、どうお客様に感じていただいたらいいかを、今まで以上に深く考えるようになるきっかけになった、僕にとって大切な役です。

──作品中ではフランツの人生が色濃く描かれているように感じますが、冷静に振り返ると確かに要所、要所でピンポイントに登場していますね。


田代)
そうそう、フランツは単独の曲もないですし(笑)。
フランツがすごくきれいな曲を歌い始めたと思ったら、一番いいところでトートにその旋律を奪われ、そして、トートが歌いあげて終わる…という。

──フランツ、切ないですね。でも、そういったところも含め、巧みに練られたミュージカル楽曲ということですね。

田代)
そうなんですよ。


──では、ここからは『CHESS』についてうかがいます。アービターという役は、通常の役作りのアプローチとはちょっと違ってくるかと思いますが。


田代)
まず、この作品の背景となるのはまだ記憶に新しい東西冷戦ですし、ボビー・フィッシャーという実在モデルもいる話なので、すごく丁寧に扱わなければいけない作品だと思います。
世の中には戦争や政治、色んな苦しみがあり、人は翻弄されるけれど、根本は人間が創り出したものです。チェスも同じように人間が作ったもの、そしていつしかその世界戦は国家間の代理戦争と呼ばれるほどの大きな存在になっているんです。そのチェスゲームで審判を務めるのがアービターです。

本格的な稽古はこれからですが、演出の荻田(浩一)さんにアービターはどこの国で生まれ、どういう生い立ちで、何歳なのか…いっぱい質問しましたが、全て無回答でした。
「その考え自体を変えたほうがいい。そういうものをすべて超越した存在、つまりひと言で言うならチェスそのものだ」そう言われました。

──チェスゲームにおける絶対的な存在を演じるということですよね。

田代)
全体を俯瞰しているアービターは感情を表さず、常に淡々とした印象です。人間味がなく、ドラマもないように感じますが、少し見方を変えるとお客さんに一番近い存在とも言えるのかな。お客さんも舞台を、そして戦争や政治状況をもどこか俯瞰しているようなところがありますよね。それを手がかりに、逆に共感してもらえる人間味が生まれるかもしれない。
具体的な荻田さんの演出プランはまだ聞いていませんが、それをしっかりと具現化しつつアービターのさじ加減の面白さも感じながら演じたいと思います。
ただ、変わり者を作ろうとは思っていません。まずは常にニュートラルでいることを意識していきたいと思っています。

──難役ながら、とてもやりがいのある役ですね。


田代)
フレディ役の中川(晃教)さんがすごくやりたかったとおっしゃっていて(笑)。
音楽的にもすごく難しいですが、キャラクターとして自由度の高い役ですから面白い役です。

──歌われる楽曲のタイプもロック調でフランツ役とはだいぶ異なります。

田代)
フランツの楽曲はボーカルスコアが“ヘ音記号”なんですよ。僕はテノールですので、これまではハイトーンの役が多かったので、“ヘ音記号”の役は初めてなんですよね(笑)。いわゆる、ト音記号だったら五線より上の音のない役なので、いつも自分が得意とする音域はほとんどない、どちらかというと不得意な音域で全部を表現しないといけないというところが挑戦でした。
アービターはどうかというと、高い音域もあればすごく低いところもあるんですよね(笑)。楽曲について(石井)カズさんと話していたら、「ロックっていうのはね、音域って概念がないんだよ!だから、出さなきゃいけない音があったら何が何でも出す!って感覚なんだよね」とおっしゃって。なるほどと。もちろん技術的な発声については歌唱指導の先生からもたくさんアドバイスをいただいていますが、まずはそういったロックのパッションを大事にしようと思っています。


田代)
そして、エレキギターがギュインギュイン鳴る中で登場するのは人生で初めてです(笑)。アービター役を通じて音楽的にも初めての経験をさせていただけること、僕自身も楽しみにしています。


──作品ごとに挑戦を続け、また新しい田代さんの歌声に出会えますね!ちなみに歳を重ねることで声に変化は出てくるのでしょうか。

田代)
変化はありますね。音域が上も下も広がっていくんです。あとは太さが変わっていったり。どんどん変わると思います。

──また、田代さんはミュージカルにとどまらず、クラッシク、オペラ公演へも積極的にご出演されていますね。

田代)
オペラを専門にやっている方との共演は技術的にもとても刺激になりますし、同世代の仲間とはお互いに情報交換して、それぞれのいいところを伸ばしあえたらいいなと思っています。

ただ、公演に参加するとなると責任はかかってきますよね。
年明けの『カルメン』※1では、ほかの方は二期会のみなさんなので、そこで“田代万里生だけダメだったね”となったらそれこそダメなんです。
もちろんオペラの方とは違いますが、その中で僕がキャスティングされた意味を、まずは僕の中でしっかりと見つけ出す。そして、共演者の方にも、お客様にも“田代万里生がキャスティングされたのはこれだからだね”と納得、感動をしていただき、みなさんにとってその時間、その日が充実したものになるように頑張ります。

──期待しています!
ここで突然、ミュージカルとオペラ、クラシック、幅広く活動される田代さんに直撃コーナー!『エリザベート』でも共演されている井上芳雄さんも東京藝術大学を卒業され、ミュージカル俳優として活躍されています。井上さんはどんな存在ですか。




田代)
井上さんはミュージカル俳優を志して藝大へ入られたんですよね。そして実際に在学中にルドルフ役でデビューされています。僕は藝大に入った段階ではミュージカルを観たことが無かったんです。卒業するまで、マイクを持って歌ったこともないくらいで。
そんなふうに、本人たちにとっては最初に見ていた景色が違うというか、ルーツは似ているようでだいぶ違うんですよね。
もちろん音楽の基礎としてクラシックがあるという点は共通しますが、それに関しては他の音楽大学出身の俳優さんも一緒です。

──そうやっていろいろな道からミュージカルを志し、こうして共演されるのも面白いご縁ですね。

田代)
井上さんの舞台もよく拝見しますが、ストレートプレイや映像、役どころでも普通の青年からトートなど、いつもチャレンジされていて、理想の背中、後ろ姿を見せてくれる先輩のお一人です。活躍といえば石丸(幹二)さんもスゴイですしね。僕より後輩も出てきていますし、ミュージカルを目指して!藝大、音大という人は増えている気もします。

実際に最近、男女問わず中学生や高校生に「ミュージカル俳優になりたいんですが、音大に行ったほうがいいんですか」とよく聞かれるんですよ。

──それに対してはどのようにお答えになるんですか。


田代)
決して絶対条件ではないと思うんです。自分が本気でやりたいと思ったら、どの道を選んでもやがて辿り着くと思うので。
ただ、何か一つ突き詰めてやったものがあると絶対武器になる、僕の場合はそれが音楽です。それは、ダンスだけは負けないとか、何でもいいと思うんです。
それがなくてなんとなく、とりあえず音大行って浅く広くというのはおすすめしません。
ミュージカルに必要なスキルは多岐にわたりますが、その中でこれだけは負けないというものを持っていると自分の自信につながると思うんです。

──素敵なアドバイスですね。貴重なお話をありがとうございました。これからも田代さんの活動を通じてますます観劇の幅が広がりそうです!まずはアービターを楽しみにしています。

では、お別れは劇中では決してお目にかかれないであろう、朗らかアビーターショットをどうぞ♪


みなさん!


お待ちしています!



※1
みずほフィナンシャルグループ『第27回 成人の日コンサート2016』
2016年1月11日(月・成人の日)@サントリーホール
第2部 『カルメン・ストーリー』~メリメは語る


ミュージカル『CHESS』関連記事をまとめた、公演情報ついに本公演ミュージカル『CHESS』はこちら

ミュージカル『CHESS』
2015年9月27日(日)~10月12日(月)@東京芸術劇場 プレイハウス
2015年10月19日(月)~25日(日)@梅田芸術劇場 シアタードラマシティ

<スタッフ>
作曲:ベニー・アンダーソン ビョルン・ウルヴァース
原案・作詞:ティム・ライス
演出・訳詞:荻田浩一
音楽監督:島 健

<キャスト>
安蘭けい/石井一孝/田代万里生/中川晃教 (五十音順)
AKANE LIV/戸井勝海
天野朋子/池谷京子/角川裕明/高原紳輔
田村雄一/遠山裕介/ひのあらた/横関咲栄
大野幸人  ほか

<ストーリー>
舞台は米ソの冷戦時代。イタリアのメラーノでチェスの世界一を決める選手権が開催される。
時の世界チャンピオンはアメリカ合衆国のフレディ(中川晃教)。
傍らには、彼のセコンドを務めるフローレンス(安蘭けい)がいる。

対戦相手はソビエト連邦のアナトリー(石井一孝)。
チェスの天才フレディはフローレンスの忠告もむなしく、記者会見で対戦相手を罵り、記者達から非難をあびせられる。天才チャンピオンの成功と孤独に苦しむフレディ。
一方、アナトリーは共産主義のソビエト連邦という国家を背負ってチェスをプレイすることの重圧に苦しんでいた。

競技場には、彼らの世界を冷徹に支配するアービター(田代万里生)が待つ。
精神的に追いつめられたフレディは試合を放棄、それによりアナトリーが不戦勝で新たな世界チャンピオンとなる。葛藤の中で、敵味方であるはずなのに恋に落ちてしまうフローレンスとアナトリー。しかしアナトリーには故郷に残してきた妻と子供がいた。
フローレンスは 1956年のハンガリー動乱で親を失くした孤独な身の上だ。アナトリーは亡命を決意する。

1年後、再びチェスの世界選手権がタイのバンコクで開催される。世界チャンピオンであるアナトリーは出場者としてフローレンスと共にこの国に来ていた。そしてこの地に、テレビ業界に転身したフレディ、アナトリーの妻スヴェトラーナ(AKANE LIV)も現れる。試合を前に KGB(旧ソ連国家保安委員会)、CIA(米国諜報機関)の思惑も交錯する。 彼らの人生はどのような軌跡を描いていくのか…… すべてを賭したゲームが始まる。

公演HPはこちらから


おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・文) おけぴ管理人(撮影)

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