新国立劇場『ヘンリー四世』二部作 浦井健治さんロングインタビュー

 2009年『ヘンリー六世』三部作、2012年『リチャード三世』に続く、新国立劇場のシェイクスピアの歴史劇シリーズ『ヘンリー四世』に、ハル王子(のちのヘンリー五世)役でご出演の浦井健治さんの取材会が行われました。

 これまでの公演でイングランドの歴代王を演じた浦井さんならではの作品へのアプローチは大変興味深く、開幕への期待がますます高まりました。




【肌で感じる王家の血筋】

──ヘンリー六世、リッチモンド(のちのヘンリー七世)に続き、ハル王子(のちのヘンリー五世)を演じられることになりましたね。

 こうして親子何代にもわたり演じさせていただくことに運命のようなものを感じています。
 『ヘンリー六世』三部作、その約9時間の物語の中で、常に父・ヘンリー五世の偉大さを感じながらヘンリー六世を演じていました。ハル王子役については、そんな父の若かりし日を演じることに感慨深い想いです。さらにリッチモンドも演じていることもあり、薔薇戦争という時代、歴史の大きなうねりを実体験のように感じられている。なんというか、肌で感じるものがあるんです。これはちょっと不思議な感覚で、俳優として稀有な経験をさせてもらっています。

──ふとイメージしたのは、徳川の歴代将軍を一人で演じられるような感覚でしょうか。

 確かにイングランド史においては、それに近いですよね(笑)。
 歴代王は、ほかにもヘンリー五世やリチャード二世…たくさんいますし、ヘンリー八世なる人物もいますからね。僕自身にはその素質はゼロですけど(笑)。

※ヘンリー八世は『レディ・ベス』、エリザベス一世の父でもおなじみ。6度の結婚をした肉食系王!

──そんな浦井さんを見たい気もしますが、話を『ヘンリー四世』に戻しますと(笑)。ハル王子は第一部では放蕩息子、だいぶヤンチャですよね。そこから第二部のラストには“おやっ?”という展開に。



 ハハハ、"おやっ?"という展開(笑)
 まず、戯曲を読んでいて、言葉のチョイスなどから一部と二部では少し肌触りが違うなと感じました。時代の流れも異なりますが、ハルの変化、とりわけフォールスタッフとの関係性の変化というのが大きいのではないでしょうか。上り調子のハル、片やフォールスタッフは老いて落ちていく、そのクロスが非常に鮮烈に描かれています。そして、ハルの最後の台詞…切ないです。蜷川さん演出の舞台を見ましたが、とても素敵なシーンになっていて観客として泣きました。その"おやっ?"とおっしゃるところですが、お客様目線だとそう見えるかもしれませんよね。でも、ハル自身としては“おやっ?”というより当然のことのようにあの台詞を発していると思うんです。

※2013年彩の国シェイクスピア・シリーズ第27弾『ヘンリー四世』(演出:蜷川幸雄、フォルスタッフ:吉田鋼太郎、ハル:松坂桃李)

──ハルの変化、その流れは…。

 まず第一部では、二人は仲良くふざけあって、ジョークを飛ばしあって、ときには罵倒しあって(笑)…魅力的な二人の絆の強さが大事になってくると思います。人間味あふれるハルとフォールスタッフの愛の詰まった関係です。

 そこから第二部になると、要所、要所で、ハルは理路整然と言葉を並べる。そして、その姿こそが『ヘンリー六世』のときに感じていた父の面影です。

 ただ、ハルの中では繋がっていて、第一部で放蕩息子だった頃に市民やフォールスタッフら仲間から得た学びが人格形成に影響している。それをハルは意図的に、自らの意志でつかみに行っていたのか、父(ヘンリー四世)への反発からの行動の結果だったのか、そこは解釈が分かれるところですが、いずれにしてもフォールスタッフとの関係はとても素敵な描かれ方をしていますよね。

──放蕩息子を経てこその名君。



 ハルはいろいろと悪さもしますが、決して一線は超えていないんです。自分が皇太子だという立場はわかっていて、その上でヤンチャをしているんです。そこは“品性”を大切にしながら演じたいと思っています。フォールスタッフの愛嬌との対比という意味でも。そうすると、のちの名君の面影が垣間見えるかなと思っています。

 根っこは変わらない、それはハルというひとりの人物にとどまらず、ヘンリー六世にも、リッチモンドにも通じるものだとも感じています。皆、同じ何かを持っているんです。血筋なのかもしれません。

 そうやって、これまで経験させていただいたものを感じながら演じる、それが鵜山さんやこの企画に関わる全ての方への自分なりの恩返しだと思っています。そう思えるのは共演者のみなさんの存在も大きいです。

──そんなみなさんとのお稽古が始まりますね。

 素敵な作品で魅力的な人物を演じさせていただくことには大きなプレッシャーもあります。長台詞とともに…笑。でも、長台詞の一語一語にもしっかりと意味があるので、大胆に、大切に紡いでハルとして存在できるように稽古したいと思います。長い稽古期間、常に台詞と向き合っていく贅沢な時間を過ごすことができそうです。


【ここでの時間は、特別です。すごく。】




──この歴史劇シリーズ、鵜山演出は2009年、2012年、そして今年と公演を重ねています。浦井さんにとってのこの“鵜山組”はどのような存在ですか。

 『ヘンリー六世』の打ち上げのとき、キャスト、スタッフのみんながなかなか帰らなかったんです。「離れたくない」って。あの空気感は忘れられないですし、これからも絶対に忘れることはないと思います。

 このシリーズでは、いつも自分の出来なさ加減に打ちのめされ、プレッシャーに押しつぶされそうになります。怖いですし、まるで台風の渦に巻き込まれるような感覚です。でも、その中で僕は台風の目、ぽっかりとそこだけ静まった真空状態の中にいるような瞬間も味わえたんです。ふとしたときの心地よさっていうのか、その感覚も含め、こうしてキャリアを重ねる中で、血筋さえも感じさせてもらえるような壮大な企画に参加していることは人間としても、役者としても人生観が変わるような経験です。うまく言葉にできないけれど、ここでの時間は、特別です。すごく。

──浦井さんが代々のヘンリー王を演じているというだけではないですからね。



 そうなんです。共演している役者同士で、今回の役って前回のあの役とリンクしているよね?という会話もあるくらいです。そこは鵜山さんスパイスの効果なんです。配役の妙で、対立関係や繰り出す策略、考え方などをどこかリンクさせることで系譜をも、くみ取れるって…どれだけ壮大な企画なんだって思いますよね。今回の戯曲を読んでいても、「あの時のあの人と似てる!」と思うことがありますから。文字だけでもその感覚が甦るって本当に不思議ですよね。

──血は争えないってことなんですかね(笑)。

そして、人間って変わらないんです(笑)。


【演劇は残るもの…】

──ここからは作品全体についてうかがいます。シェイクスピア作品の中でも屈指の人気作。その魅力をどのあたりに感じていますか。



 まず、みなさまにお伝えしたいのはシェイクスピアの故郷ストラトフォードには、彼が生み出したキャラクター四体の銅像があり、それはハムレット、マクベス夫人、ハル王子、そしてフォールスタッフだということ。そのうちの二人が登場するのがこの作品です!人気の証ですよね(笑)。

 そして、言葉がわかりやすいとも感じています。腹の底では何を考えているかわからない、そんな言葉の応酬、いわゆる政治的な討論ではなく喜劇的要素も多く含んでいる作品です。そこで描かれているのは友情や家族愛、人間的な成長、もちろんその中には権力抗争もありますが、それは現代にも通じる、日常でも起こりうることなんです。同時に、大ぼら吹きの放蕩息子…とキャラクターもどこか現代的なんですよね。

 さらには、第二部では実在しないキャラクターも登場させ、彼らをフォールスタッフと語らせるんです。そういったシェイクスピアの創作の部分が物語をよりドラマティックにしているように感じます。この作品は史劇でもあり、創作劇でもある。そこにも魅力を感じています。

──現代的なキャラクター、物語の普遍性、それはシェイクスピア作品の魅力でもありますね。

 これは鵜山さんから学んだことですが、演劇は消え去る芸術だけど、役者が発した言葉、お客様と過ごした時間、空間の記憶というのはそれぞれの細胞に刻まれ、その遺伝子は受け継がれていくだろう。そういう意味では、形あるものは壊れたり消えていくものだけど、もしかすると演劇は残るものともいえるのではないかということ。だから、鵜山さんは一万年先に向けてダメ出しをしていると。だからというわけではないのですが、心のどこかでこの作品が書かれた当時の役者が考えていたこと、その流れを、同じ演者として感じられているような気がするんです。

 それが、没後400年を迎えるシェイクスピアの作品が今でも輝きを失わない秘密なのかもしれない。当然、シェイクスピアは人間が好きで、人間の本質を描いたというのもあるのですが、400年にわたり常に「現代的だ」「共感できる」と愛されているのはそういった人間のなかに脈々と流れ、受け継がれる何かがあるんじゃないかと思います。

──400年前からのダメ出しも聞こえてきそうな…ロマンがありますね。

 ただ、逆にこれまでどれだけの役者が演じてきた作品、役なんだろうと思うと、その偉大さに途方に暮れる自分もいます。


【先輩方からのたすきを受け継ぐことは意識しています】



──近いところで(笑)、7年前と比べていかがですか。ご自身の成長を感じる瞬間はありますか。

 僕自身ではわからないです(笑)。演じる者として、そこの変化は全然わからない、本当に。いつも自分で手一杯なんです。

 でも、そろそろ中堅というか、後輩も出てきて、言葉でなくとも、佇まいとか存在の仕方で何か示さないといけないのかなと。先輩方の背中から教えていただいたことは、数えきれないくらいありますし。そのたすきを受け継ぐことは意識しています。でも、海外に目を向けると自分の年齢ってまだ若手ですよね。結局、中堅とか若手の線引きって自分でするものなのかもしれませんね。

──学びながら繋いでいく、それも脈々と受け継がれていくものなのかもしれませんね。

 同世代、先輩、後輩、それは役者だけでなくスタッフの方も含め、とても才能豊かなみなさんが演劇を作っています。僕はその歯車のひとつ、ねじの一本になれたら幸せだなと思うんです。そうなれなかったら、今はそういう時期じゃないんだな。そんな風に思える自分でありたい。ある意味では宙ぶらりんでいいんです。役者としてこうでなくては!と、凝り固まった堅物にはなりたくない、そんな気はしています。

──素敵な先輩方との共演も楽しみですね。

 はい。6月の『あわれ彼女は娼婦』のときから、「ハル王子は大変だよ、いつから読み合わせする?」とプレッシャーをかけてくださっている中嶋しゅうさん(笑)。『阿国 -OKUNI-』(2005年)のころからお世話になっている憧れの存在です。お芝居は“虚”の世界ですが、しゅうさんの言葉には嘘がない、説得力があるんです。そんなしゅうさんがいつもアドバイスをくださるのがすごくうれしくて!そんな先輩方の存在は怖くもあるんですけど(笑)。
 まず、目の前に岡本健一さんがいらっしゃることが怖い(笑)。



──怖いんですか!

 いや、大好きなんですよ!お芝居に熱くて、それでいて絶対に美しさやさわやかさを失わない方なんです。憧れてますけど、絶対になれない存在。だからこそ、岡本さんに褒めていただけると涙が出るほどうれしいし、ダメ出しもこれでもかというほど刺さります(笑)。なんでも見抜かれます。僕が、的のないまま台詞を発すると、「さっき、嘘ついていなかった?何でああ言ったの?」と言われ…。本番が始まってからも、常にレクチャーを受けています。一緒にお芝居をしながら、俯瞰もできる…そんな先輩と、今回も役として対立できるのは非常に光栄です。やっぱり怖いけど(笑)。

 でも、役者って慣れたら終わり。こうして常に挑戦する場を与えてもらえることを嬉しく思っています。

──では、再び始まる大きな挑戦へむけてひと言。

 作品に関わる全ての方の情熱を肌で感じ、本当に壮大な企画に参加させていただいているのだと身が引き締まる思いです。また、新国立劇場のあの空間で全てが行われていることにも意味があり、小田島雄志先生が翻訳された本に書かれた自分の名前を見て、その歴史の一頁に名前を刻ませていただいていることへの責任も感じますし、全力で応えたいと思います。

 そして、もう一つ、こうして挑戦できるのはお客様の存在があってこそ。『ヘンリー六世』の三部通し上演のとき、カーテンコールで舞台上から客席に向かってみんなで拍手しました。お客様も本当にすばらしかったので。それに対して、お客様同士も互いにいっぱい拍手をしてくださって。

 今回も二部通し上演があります。お客様はお尻の下に何を敷こうか、どのタイミングで何を食べようか、水分摂取は…とたくさんの準備をしてくださっています。そういう機会ってなかなかないですよね、ある種、フェスティバルです!一日がかりになるでしょうし、もしかしたら完全に肉体疲労が回復するには二日、三日かかるかもしれません(笑)。でも、その心地よい疲労、満たされた気持ち、その感覚は経験として、みなさんの中にずっと残るものです。シェイクスピアのメッセージとともに、そんな幸せな感覚も一緒に共有できることを僕自身すごく楽しみにしています。お客様と一緒に、この壮大な歴史劇を楽しめる…そう思えるところまで頑張ってお稽古しますので、みなさんは肩ひじ張らずに思い切り楽しみに劇場へいらしてください。







2012/09/16 新国立劇場「リチャード三世」稽古場レポ

2012/07/17 新国立劇場「リチャード三世」制作発表レポ

【公演情報】
新国立劇場『ヘンリー四世』 第一部 ‐混沌‐・第二部 ‐戴冠‐
2016年11月26日(土)~12月22日(木)新国立劇場 中劇場 (おけぴ劇場map)

※第一部、第二部は連続した物語ですが、独立した2つの作品です。交互上演となりますので、上演日時は公演HPにてご確認ください!

★新国立シアタートーク(入場無料。ただし満席の場合、制限有)
 日時:11月29日(火)公演終了後 中劇場
 出演:浦井健治、岡本健一、佐藤B作、鵜山 仁、宮田慶子   司会:中井美穂
 入場方法:本公演のチケットをご提示ください。

<スタッフ>
作:ウィリアム・シェイクスピア
翻訳:小田島雄志
演出:鵜山 仁

<キャスト>
浦井健治 岡本健一 勝部演之 立川三貴 綾田俊樹 ラサール石井
水野龍司 木下浩之 有薗芳記 今井朋彦 青木和宣
田代隆秀 那須佐代子 小長谷勝彦 下総源太朗 鍛治直人 川辺邦弘 佐川和正
亀田佳明 松角洋平 松岡依都美 藤側宏大 岡﨑加奈 清水優譲
中嶋しゅう 佐藤B作

公演HPはこちらから
UK15
おけぴ取材班:chiaki(文・撮影) 監修:おけぴ管理人
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