三谷幸喜さんの3年半ぶりの新作書き下ろし舞台『オデッサ』が東京芸術劇場プレイハウスにて開幕! “真実はTRUTHより奇なり”のキャッチコピーの、青年、警部、旅行者の会話バトル。登場人物は三人、言語は二つ、そして真実は一つ。コメディの面白さ、先の読めないミステリーのスリル、柿澤勇人さん、宮澤エマさん、迫田孝也さんという3人の俳優だからこそというあてがきの妙、予想を超える演出……三谷さんならでは、この座組ならではの演劇の楽しさがギュギュっと詰まった作品です。

三谷幸喜さん、柿澤勇人さん、宮澤エマさん、迫田孝也さん
開幕に先立って、プレスコールと会見が行われました。
【会見レポート】
会見の模様をレポートいたします。
──『オデッサ』いよいよ開幕です!手応えのほどは。三谷さん)僕は演劇畑の人間ですが、なんか演劇の世界って限られたお客さんだけが観ているようなところがあると常々感じているんです。でも、普段芝居を観ていない方々にも観ていただきたいし、楽しんでもらいたい。僕自身の中に「面白い映画と面白い舞台だったら面白い舞台の方がより面白い。ただ、つまらない映画とつまらない舞台だと、つまらない舞台の方がよりつまらない」という持論があり、だからこそ僕らは命がけで面白い舞台を作らないといけない。
『オデッサ』は、そういう僕の思い、こういうものがやりたかった、こういうものなら普段は映像しか観ない方々にも楽しんでもらえるだろうという理想に近い形のものができたと感じています。
──続いて柿澤さんにお訊きします。プレスコールの短いシーンだけでも、英語と日本語、よくぞあれだけの台詞を!とビックリしました。ご自身の中でどのように整理されているのでしょうか。柿澤さん)僕にとって三谷さんは役者人生を変えてくださった大恩人ですが、この台本をいただいたときは、正直、「鬼だな」と思って(笑)。でもこれはもう悪あがきするしかないと! まず鹿児島に行きました。迫田さんにお勧めのお店を教えてもらい、地元の方の鹿児島弁に触れてちょっとでもそれに近づけられるようにしました。稽古中は車の中でも、鹿児島弁は迫田さんに、英語はエマに一言一句すべて吹き込んでもらったCDを聞き込む。その反復でした。
三谷さん)あの、一言だけ。さきほど、僕は場内アナウンスを鹿児島弁と英語の2パターン録音したのですが、ほんの1分くらいのアナウンスで、もう頭の中がめちゃくちゃになりました。それを柿澤さんはよくここまでやってくださったと。本当にどうもありがとうございました。いや、すごい。
──宮澤さんは、柿澤さんとお二人のシーンでは日本語、迫田さんが加わった三人のシーンでは英語という特殊な役(演技)を演じるとともに、英語の監修も担当されました。宮澤さん)そうなんです。(演じるカチンスキー警部は)英語しか話せないアメリカ人ですが、舞台上にスティーブと二人(ともに英語話者)のときは、英語の翻訳劇のように私たちは日本語で台詞をしゃべります。そこに迫田さん演じる児島が登場すると、物語は彼の目線で描かれている感じなので、今度は警部とスティーブは英語で会話を始めて、スティーブと児島は日本語、鹿児島弁でしゃべります。
また私自身、英語をしゃべりながら舞台に立つのが初めてですし、それもこの設定です。日本語の台詞と英語の台詞でカチンスキー警部という一人の人間を演じることに難しさを感じました。やっぱり英語を話すときの自分のしゃべり方や動きと日本語のそれは、すごく違うんです。それをどう統一させていくかに注力しました。
英語監修については、 (ベースとなる)英語の台詞を、お客さんが読む日本語の字幕にいかに近づけるかという、こちらも初めての作業を行いました。たとえば、日本語のほうが短いから、英語をこうしたほうがいいかも」とか。また、柿澤くんの膨大な量の英語台詞を少しでも簡潔に、わかりやすく、言いやすくなるようにという作業も進めました。
私の演劇人生で初めての経験がたくさん詰まった稽古でした。
三谷さん)この方がすごいのは、翻訳家の方に日本語の台詞を英語にしていただいたものをより言いやすく、台詞として成立するようにすべて直してもらったのですが、チェックが厳しい! しかも徐々に英語じゃない僕の書いた日本語の台詞も、ここちょっとおかしいのではと。すごくお世話になったんです(笑)。
宮澤さん)なんかすみません!!でも、おかしいなと思ったことはお伝えした方がいいかなと思いまして。でもそれを言えるのは、三谷さんの器の大きさゆえです。
三谷さん)僕、自分の書いた台詞のダメ出しされたのって放送作家をしていたころ以来、もう30年ぶりくらいです(笑)。すごい勉強になりました。
──続いて、迫田さんはずっと出身地の鹿児島弁の台詞ということで、その意味ではみなさんよりは少し……。迫田さん)ほら、そういうことを言うから!!稽古場でも、朝来たらまず先ほどお話にあった“エマタイム”という台本に対するアドバイスタイムがあり、そこでの議論に僕は一人蚊帳の外で(笑)。それでも僕も一員だよという空気を作るのが大変でした。実際、鹿児島弁は慣れ親しんだ言葉なので、正直、確かに楽だなという意識もありましたので(笑)、その分、柿澤さんの鹿児島弁指導をしっかりとして、英語については温かい目で見守っていました。
宮澤さん)でも、私たちの英語の台詞についても、その終わりを拾って迫田さんが次の台詞を発するところもあるので、実際にはすべて覚えていらっしゃいますし、推理のところで鋭い指摘もされていました。
三谷さん)あの人(迫田さん)もすごい細かい人で! なんか時系列がおかしいんじゃないか、そこは一昨日(おととい)じゃなくて、一昨昨日(さきおととい)の方がいいんじゃないかと。
──今回は、結構、三谷さんにダメ出しをするパターンが多かったのでしょうか。三谷さん)本当、いい経験させていただきました(笑)。
でも、実は鹿児島弁にもいろいろとあり、よく僕らが思う「おいどんは~ごわす」というのは、今は使われていないんですよね。その辺りも迫田さんが担ってくれました。
迫田さん)はい。今回はイントネーションだけで勝負させていただきました。
──こうしてお話を伺っているだけでチームワークの良さが伝わってきます。さて、いよいよ新作舞台の幕が開きます、改めまして今の心境をお聞かせください。三谷さん)昨日、お客さんを入れたゲネプロを行いましたが、やっぱり舞台はお客さんの反応、笑い声があって初めて成立するということを感じました。僕らは一丸となり初日に向けて一生懸命作品を作ってきましたが、まだ完成品ではありません。今日からお客さんに観ていただいて、3月までお客さんの前でやることによってどんどん進化していく、完成していくものだと思っています。それってやっぱり舞台でしかできないことですし、お客さんがいなければできないこと。こうしてまたみんなと一緒に舞台ができることを幸せに感じています。
──最後に柿澤さんからひと言頂戴します。柿澤さん)いよいよ本日、舞台『オデッサ』が開幕いたします。日本語と英語、そして日本語の中に鹿児島弁もあり、ある意味で三か国語を駆使したような作品になっています。また、字幕もただ言葉を羅列するだけでなく見やすく楽しくなるように演出されています。
僕らにとっても、みなさんにとってもおそらく観たことのない舞台になっていると思います。この作品がみなさんにとって豊かな時間になると、僕は信じています。
東京、大阪、名古屋、宮城、福岡を巡る全49ステージ、一生懸命頑張ります!劇場でお待ちしております!
【プレスコール】
登場したのは、作・演出の三谷幸喜さん。三谷さんご自身によるプレスコールで披露されるシーンの解説からスタートです!(劇構造などに触れますので、まっさらでという方はご注意ください)
三谷さん)舞台はアメリカ、テキサスのオデッサという町です。
日本でいうと小田原ぐらいの(面積の)町。
その町の片隅にある小さなダイナーが舞台となっています。
登場人物は3人。
オデッサで起きた、老人が殺されるという殺人事件。その容疑者として浮かび上がったのが日本から来ているバックパッカー(旅行者)の男性、児島勘太郎。迫田孝也さんが演じます。
彼を取り調べるのが、宮澤エマさん演じるオデッサ警察のカチンスキー警部。
カチンスキー警部は、お母さんは日本人ですが彼女自身は英語しかしゃべれない。
そして容疑者は日本語しかしゃべれないということで通訳として派遣されてきたのがオデッサのホテルのジムでインストラクターをしている日本人、スティーブ日高。それを柿澤勇人さんが演じます。
ところで、なぜダイナーで取り調べが行われているかというと──
オデッサでは8人の女性が殺されるという連続殺人事件が起きていて、オデッサ警察はその捜査にてんてこまい。警察署の部屋が空いていないということで、夜中12時になるかならないかという時間にダイナーで取り調べが行われているという流れになっています。
で、ここがポイント。ちょっとネタバラシになってしまうのですが、多少ネタバラシしたところでつまんなくなるような作品を俺たちは作ってないぞ!ということで洗いざらい話します。
容疑者の児島(迫田さん)はですね、犯人じゃないんですね。
はい、もう言っちゃいましたね。
彼は無実なのですが、これは言えないんですけど、ある理由で自分が犯人だと嘘をついて、証言(自白)をしてしまいます。
ただ、通訳のスティーブ(柿澤さん)は彼が犯人でないと確信しているので、迫田さんが「私はやりました」と(日本語で)言うのを、「彼はやってないと言っています」と嘘の通訳をします。

児島はやっていないと確信するスティーブ

自分が犯人だと話す児島の身振りに合わせて嘘の通訳をするスティーブ
結局どういうことかというと、迫田さん(容疑者児島)は自分が犯人だと嘘をつき、柿澤さん(通訳スティーブ)は犯人ではないと言っていますと嘘をつく。それに翻弄されるのが宮澤さん(カチンスキー警部)という3人の関係性になっています。
今から、取り調べもいよいよ(事件の)核心に迫っていくシーンをご覧いただきます。ここからの15分ほど、このお芝居の中で最も面白いと言われているシーン。短い時間ですけれども、お楽しみいただきたいと思います。三谷幸喜でした。
♪
ここまでにご紹介した写真にもあるように、英語の台詞には日本語字幕が映し出されます。その字幕もただ意味を伝えることにとどまらず、それ以上の効果を発揮!

勝手に会話を進めている(ように思われる)スティーブと児島にカチンスキー警部が思わず叫ぶ!

ときには相手に発する言葉だけでなく!
そうかと思えば!

まさかの!!
こうして字幕ひとつをとっても新感覚な本作。もちろんそれだけでなく、お話の展開も非常に気になります!!
スティーブの奮闘により、警部の児島に対する心証が少し良くなったところ。蕎麦/SOVAの件に! スティーブの嘘の通訳によって児島が日本で蕎麦屋を営んでいると思い込んでいる警部は、蕎麦(SOBA)についての話を聞かせて欲しいとせがみ、「なぜ蕎麦?」と疑問をもつ児島にスティーブはとっさに蕎麦ではなくSOVAだと取り繕うことで事態は思わぬ方向に!!

スティーブが言うSOVAとは「Situation Of Violent Action(殺害時の状況)」

カチンスキー警部はこんな感じ
するとこうなるわけです。

殺害時の状況:凶器を振り下ろす(児島)

スティーブの通訳:蕎麦打ち

蕎麦打ち疑似体験中(嬉!)
おのずとテンションは変わってきます(笑)。

そしていつの間にか

これは……

盛り上がる二人

こうなりますよね
というところで終了。短いシーンではありますが、写真で振り返っても確かにとてもとても面白い!!
実際にはカチンスキー警部の英語、児島のがっつり鹿児島弁、スティーブの日本語が飛び交う舞台上ですので、さらにエキサイティングです。宮澤さんの警部は職務に忠実ながら、さすがにそれは無理があるのではというスティーブの通訳も「なるほど」と受け入れるおおらかさを感じさせ、迫田さんのスティーブの身振り手振りを交えながら懸命に⁉罪を自白する姿は笑いを誘います。そして二人の会話を繋ぐ、それも嘘で繋ぐ通訳スティーブを演じる柿澤さんの大奮闘!!ものすごい台詞量を英語と日本語を使い分け、いつもギリギリの状態で発する。でもそこにあるのは児島を助けたいという強い思い、そんなスティーブ像を見事に立ち上げます。そこに萩野清子さんのピアノなどなどの演奏が絶妙に響く! 本当にこの座組だからこそ生まれた『オデッサ』です。
三人の食い違った会話の結末は、そして事件の真相は!
確かに、三谷さんがおっしゃった通り、ここまで明かされても興味は薄れるどころか増すばかりです。
オデーサ。 ウクライナ南部にある都市。 かつてはオデッサと呼ばれていた。
しかしこの物語は、オデーサともオデッサとも関係がない。
アメリカ、テキサス州オデッサ。
1999年、一人の日本人旅行客がある殺人事件の容疑で勾留される。
彼は一切英語を話すことが出来なかった。
捜査にあたった警察官は日系人だったが日本語が話せなかった。
語学留学中の日本人青年が通訳として派遣されて来る。 取り調べが始まった。
登場人物は三人。 言語は二つ。 真実は一つ。
密室で繰り広げられる男と女と通訳の会話バトル。
三谷幸喜が巧みに張りめぐらせる「言葉」の世界。
それは真実なのか、思惑なのか──。
初出時より記事構成を変更いたしました
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人