2022年2月24日、日比谷シアタークリエにて舞台『ピアフ』の幕が上がりました。2011年の衝撃の初演から公演を重ねて、今年は5演目となります。それに対して、製作発表会見、初日前会見で大竹しのぶさんは一貫して「(回数は)関係ない」と言い切ります。
「一度目も、二度目も、次があるとは思わずやってきました。それこそ2か月の本番の中でも、毎日、『今日、一回だけ』という思いで、3時間、無我夢中でピアフの人生を生きるということしかないです」(
製作発表会見より)
その言葉に偽りのないことを改めて実感する3時間の舞台。偉大なる歌手エディット・ピアフの壮絶な愛のドラマを、その肉体と声とで舞台上に立ち上げ、観客の心を揺さぶる大竹さんのピアフ。新キャストの新鮮さと、初演からともに歩む仲間の貫禄、その両方が作品の新たな魅力を生み出します。演出は栗山民也さん。
ピアフを愛し、ピアフに愛された男たち。
ピアフと燃え上がるような恋をしたボクサーのマルセル・セルダンには中河内雅貴さん。精悍で鋭い目つき、誰もが認める強い男の孤独と優しさ。エディットの前では、まるで少年のような純粋さを見せます。そしてその声の柔らかさにとろけます。また、マルセル役だけでなく物語の中でさまざまな役を演じるのですが(ピアフ役の大竹さん以外はみなさん)、ピアフを尋問する警察官や麻薬の売人などは凄みをきかせた強い声(それもまた新鮮)なので、余計にマルセルの甘さが際立ちます。動きやたたずまい、役によって変わる中河内さんの豊かな身体表現にも注目!
「マルセル、マルセル」ピアフの叫び、その声は今も耳に残っています。マルセルを思ってピアフが書いた♪愛の讃歌。深く熱い愛がそこにあります。
ピアフの最後の恋人、夫であるテオ・サラポを演じるのは山崎大輝さん。サラポ=愛、まさに愛の化身のように献身的にピアフを支える20歳下のテオ。愛を与え、愛を求めてきたピアフに遣わされた天使。
初日前会見では「(稽古序盤は)どうしても遠慮してしまうところがあって」とお話されていた山崎さんですが、舞台上ではまったく遠慮のない芝居です(すばらしい!)。ピアフと歌う♪愛はなんの役にたつの では、あの距離感であれだけ見つめ合って歌うって!! それも形だけの見つめ合い方ではなく、グッと心の奥深くを見つめ合うようなふたりの世界なのです。車いすに乗ったピアフに寄り添い、手に触れる、その触れ方ひとつをとっても、それがふたりの日常だという説得力。山崎さんもまた冒頭の貧民街の浮浪者から、初期のプロデューサー(パトロン)のザ・紳士などたくさんの役で登場します。それぞれ印象的なのですが、それらをすべて上書きするかのごとく存在するテオです。
劇中、テオの支えで ♪愛の讃歌 を歌うピアフですが、その歌を捧げるのはテオでなくマルセル。切ない。でもきっと、テオはそれも含めてピアフを無償の愛で包み込んだのでしょう。尊い。
それとはまた違うピアフの愛の形が描かれるのが、その才能を見出し、育てあげたふたりの歌手との関係。イヴ・モンタンに竹内將人さん、シャルル・アズナブールに上原理生さん。おふたりの美声はいわずもがな。
イヴ・モンタンと竹内さんの初々しさが重なり、微笑ましいシーンに。自信がなさそうに歌う♪Deep in heart of Texasと♪帰れソレントへのギャップもお楽しみに。
前回のブルーノから役替えでシャルル・アズナブールとして出演される上原さんのメロウな歌声も新鮮。シャルル・アズナブールと言えばという♪忘れじのおもかげ(She)にうっとりです。そしてふたりの別れ。惜しみなく愛とチャンスを与え、心を鬼にして袂を分かつピアフ。ふたりの偉大なる歌手を発掘し育てたピアフの音楽への情熱、愛、才能というか本能も本物なのです。
物語の中ほどからは、身も心もボロボロになってもステージに立とうとするピアフの行動がショッキングに映る場面もあります。また、晩年はもともと小柄で“小さな雀(=ピアフ)”と愛称がついたほどのピアフが、さらにひと回りもふた回りも小さくなってしまったような大竹さんの芝居から伝わる悲壮感が観客を襲います。でも、ピアフが歌う、そのときだけは照明は天から降り注ぐ光のような輝きでピアフを讃え、大竹さん曰く
「ピアフの歌を歌うとき、お客様に向かってではなく、天に向かって歌うような錯覚に陥ることがあります。彼女の歌には天と地を結ぶような役目があり、それをお客様が見ているような……」、まさにそのような情景が目の前に広がります。そして歌唱シーンやパフォーマンスという言葉では言い表せない、ピアフの生き様がそこにあるのです。それゆえに感動がそのまま拍手に直結しない──、圧倒されて拍手ができない瞬間が何度か訪れました。
アコーディオン・ピアノ・チェロ・ベースからなるカルテットの生演奏に乗せて届けられる大竹ピアフの魂の叫び。生々しい物語のそのすべてが事実ではないのですが、この舞台を観ていると、そのすべてが真実のように思えます。そしてマレーネ・ディートリッヒといえばの♪リリー・マルレーン の劇中での登場の仕方にも唸ります。
そしてもうひとつ、今回、強く感じたのは初演からともに『ピアフ』を作り上げた女性キャスト、親友のトワーヌ役の梅沢昌代さん、ピアフと親交を持つマレーネ・ディートリッヒ役の彩輝なおさんの存在感。生涯の友トワーヌはピアフでなく最初から最後まで“エディット・ガシオン”として寄り添い、ディートリッヒはピアフの才能にほれ込み、ショービジネスの世界で生き抜く術を体現しピアフを鼓舞する。見た目も生き方も対照的なように見えるピアフとディートリッヒが意気投合したというのも、大竹さんと彩輝さんの芝居を見ているとすんなりと納得できます。はじめてご覧になる方にはもうひとつ情報を、ディートリッヒと秘書のマドレーヌはどちらも彩輝なおさんが演じられていますよ(これ、本当に気づかない方もいると思うくらい違う!)。
カーテンコールで中央に女性3人が並んだとき、この安定感だよね!と嬉しくなりました。5演目、10年の上演を重ねてきた舞台『ピアフ』、ピアフを愛した男たちを演じる俳優の変遷とピアフとふたりの親友の不動っぷりに、乾杯!
ほかにも路上で歌っていたピアフを見出す、たかお鷹さん演じるルイ・ルプレはパリのエスプリ、おしゃれでピリリと厳しめ、でもとてもチャーミングなパパですし、マネージャーのルイ・バリエの川久保拓司さんは自転車で颯爽と現れたところからの時の経過をしっかりと見せ、ブルーノ役などを演じる前田一世さんは人間臭さがいい!松田未莉亜さんも看護師役などで登場します。
公演は3月18日まで日比谷シアタークリエにて、その後は3月25日~28日大阪・森ノ宮ピロティホール、4月1日~10日福岡・博多座にて上演。
ものがたり
エディット・ピアフ──本名エディット・ガシオンはフランスの貧民街で生まれ、路上で歌いながら命をつないでいた。
ある日、ナイトクラブのオーナーがエディットに声をかける。
「そのでかい声、どこで手に入れた」
「騒がしい通りで歌っても、歌をきいてもらうためよ!」
“ピアフ”──“小さな雀”の愛称がついたエディットの愛の歌はたちまち評判となる。
華やかで順風満帆な人生にも見えたピアフだが、私生活では切実に愛を求めていた。
ピアフが見出し、愛を注ぎ、国民的歌手へと育てあげたイヴ・モンタン、シャルル・アズナブール。
ボクシング・チャンピオンのマルセル・セルダン、生涯最後の恋人となる若きテオ・サラポ……。
最愛の恋人を失った時も──病が身体と心を蝕んだ時も──エディット・ピアフは愛を求めて、マイクに向かい続けるのだった。
初日前会見レポートはこちら
おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人