新国立劇場フルオーディション企画第6弾 ミュージカル『東京ローズ』藤田俊太郎さん(演出)インタビュー



フルオーディション企画の第6弾として、新国立劇場にて上演されるミュージカル『東京ローズ』。演出を手掛ける藤田俊太郎さんにお話を伺いました。



『東京ローズ』(HPより)
2019年にイギリスのBURNT LEMON THEATREが製作した本作は、戦中戦後に歴史の波に飲み込まれながら、アメリカと日本、二つの祖国に翻弄された女性が自身の権利を奪われながらも、決して諦めることなく戦う姿を描く、女性6人によるミュージカル。今回が日本初演となります。


──演出家としてフルオーディション企画に参加されることへの思い、そこでミュージカル『東京ローズ』を上演するに至った経緯からお聞かせください。

本企画で演出する機会を頂戴したことに、2つの喜びを感じています。まず、私にとって、これまで数多くの作品を観劇し、その歴史に深い畏敬の念を抱いている新国立劇場が主催する公演を演出することは一つの目標でした。2021年に『東京ゴッドファーザーズ』で叶い、時を置かずに再び演出の機会をいただけたことへの喜びがひとつ。もうひとつが、フルオーディション企画だということです。小川絵梨子芸術監督が就任時より取り組む本企画、オーディションとはする側、される側があるのではなく、ともにひとつの作品を作っていく場であるという考えに共感しています。

『東京ローズ』という演目については、劇場側、小川監督からご提案いただきました。いくつか候補があったなか、『東京ローズ』の台本を読み、次に音楽を聴き、是非やらせてくださいとお伝えしました。

──最初に台本を読んだときの印象は。

“東京ローズ”の存在は知っていましたが、この作品で描かれるアイバ・郁子・ダキノさん(以下、アイバ)の激動の人生に触れたのはその時がはじめてで、非常に胸に迫るものがありました。彼女の人生がどのようなものだったのかを、この台本、言葉を通してもっと深く知りたいと思った。それが第一印象です。

──そこから『東京ローズ』日本初演に向けたオーディションが行われました。オーディションはいかがでしたか。

発見と喜びの連続でした! アイバの人生を描く台本の言葉、意欲的で勢いのある音楽から受ける印象から、本作で女性の新しい価値観を力強く描き出すという方向性ははっきりとしていました。加えて台本の構造として、女性たちが男性の登場人物も演じます。それが今日までの、かたよった価値観を押し付けられた女性の歴史に対する強烈なアンチテーゼになっていることも、オーディションを通してより強固になりました。

実際、参加してくださったみなさんはアイバの人生を力強く歌い、演じようという生命力に溢れた方ばかりで、その熱気、パワーに圧倒されるともに一緒に作品を作りたいという思いがより強くなりました。まさにオーディションそのものが創作の場であったと思います。そこには良し悪し、優劣という観点はなく、アイバを演じるということ、ほかの登場人物たちを演じる──男性と女性を演じ分ける、裁判のシーンでは裁く側と裁かれる側を演じ分ける──、結果的に、より場を熱烈にしてくださった6名とお仕事をご一緒することになりました。



──その6名がアイバ役をリレーして演じていくというアイデアはどの時点で、どのように生まれたのでしょうか。

台本を読んだときにこの形でいけると思いました。クリエイターたちのフレッシュなアイデアに溢れ、勢いを感じる元の作品に対して、同じ道筋をたどるのでは日本初演の面白みがないのではないか。英国で誕生した日系アメリカ人二世の人生を描いた作品を、私たち日本のカンパニーとして、私個人で言えば、日本人の演出家として立ち上げる。太平洋戦争を通して語られる言葉を新たに読み解くにあたり、戦前・戦中・戦後を生きたアイバを6人のキャストがリレーして演じることで、彼女の激動の人生をより鮮明に表現できるのではないかと考えました。

──6人の俳優が一人の人物を演じることで何が見えてくるのか興味深いです。当然のことながら見た目も声も異なるわけです。

「私は自分の信念を貫いた、後悔はない、人も恨まない」
恨みから何も生まれないという、これはアイバが辿り着いた人生哲学、信念ですが、実は彼女はそれを若いころから持っていた。台本にも書いてあることですし、インタビューや著書など史実からもわかることです。

また稽古を通じてわかったことですが、一人の人物を6人の俳優が演じていくことで、彼女の中の変わらないもの、先ほどの信念がより一層浮き立ってきました。それがこの座組でしかできない意義となり、日本初演を新しい形で皆様にお届けできるという喜びにつながっています。

──6人でアイバを演じ、ほかの登場人物もその6人で演じ分けていくという藤田版『東京ローズ』の誕生が楽しみです。

私の提案ではあるのですが、太古の昔から演劇というのは演じ分けです。たとえばギリシャ悲劇のコロスやシェイクスピア劇でも男性俳優がすべて、女性の役も演じることも。これは演劇の想像力の名のもとに古今東西で実践されてきたこと。演劇は一番古いメディアとも言われますが、この想像力をもってすれば常に一番新しいメディアにもなるのではないか。その最新系が『東京ローズ』になると思っています。

──実際に稽古場を進めていくなかでの手応えは。

これは音楽にも関係してくることですが、耳馴染みがよく口ずさめる曲が多く、ハーモニーも豊かなので俳優の歌声が本当に美しく溶け合っていきます。ミュージカルの魅力に溢れた作品だからこそ、アイバが尋問される裁判のシーンに戦慄します。その瞬間の演じ分け、先ほどもお話した裁く側/裁かれる側、その人は味方なのか、そもそも味方とは何なのか。誇りとアイデンティティをかけた命がけの戦いを、立場を変えて演じるところに俳優のみなさんはやりがいや意義を感じてくださっているのではないでしょうか。

──今、お話に出た音楽についてはいかがですか。

音楽へのアプローチも私たち独自のものになります。元は打ち込みの音楽ですが、言葉をより生々しく伝えたいという狙いから4人編成のオーケストラにしました。バンドスタイルにすることによってサウンドを際立たせつつも、俳優の歌声、ハーモニーをきちんと言葉としてお客様に届け、アイバの人生を伝える。実は、4人編成というのがパーカッション2台と、ベース、ピアノというだいぶ野心的な編成となっているんですよ。

──それは驚きです! ピアノとリズム隊でどうなるのか! ちなみにこれは藤田さんを信頼しているからこそ正直に伺いますが、ロックテイストのミュージカルと日本語というのはなかなか相容れないところもあるのかなと思うこともあります。

まず日本語、翻訳については、“日系アメリカ人二世の人生を描く英国で誕生した作品”の台本を小川絵梨子さんが日本人に伝わりやすい表現にかみ砕いて翻訳してくださっています。それを訳詞の土器屋利行さんがご自身の中に落とし込んで、言葉を選んでくださっている。相互理解の上で作られているので翻訳と訳詞が離れていない。もしかしたらこの規模だからできることなのかもしれませんが、とても素敵なことが行われています。

また音楽については、この作品をロックミュージカルとひも解かず、あくまでもアイバの人生を音楽がどのように彩るのかと考えました。実際に聴いていただかないと伝わりにくいかもしれませんが、実にロックなのですが、ロックではないという音楽性。音楽と言葉が乖離しないことを目指して稽古しています。稽古場では考察と変更が日々繰り返されています。音楽監督の深沢桂子さんが的確に指示しながら、同じく音楽監督でありピアノコンダクターの村井一帆さんが稽古場ピアノも担当してくださっているという理想的な体制。稽古場でも音楽を通したディスカッションができているので、目指す方向が常に明確です。俳優とのディスカッションにも、プランナーとのディスカッションにも言えることで、お互いに有機的に結びつくとても幸せな創作環境です。

──先ほどのお話にもあった、日系アメリカ人の人生を描く英国で誕生した『東京ローズ』が、ここ東京で上演されることについてどう感じますか。

とても面白いことだと思います。この“東京ローズ”という題材はクリエイターたちが注目し続けたもの、実際に映画にもなっています。それが演劇作品として2019年に誕生したことはある種、必然だったのではないでしょうか。戦争のさなか、一市民、一個人がどれだけ苦しみ、どう生きたのか。自分のルーツ、アイデンティティを問い続けるというのは、実は、現代を生きる私たちが直面している問題そのものです。

本作が誕生してからの4年、現実は想像をはるかに超えて厳しい時代、悲しいことに人を恨むようなことが多く見受けられる時代となった今、こうして東京で上演することも必然だと、稽古をしながら感じています。

──英国で生まれたものを大切にしながらも、独自性のある『東京ローズ』が作られているのですね。

これは心から感謝していることですが、小川監督、新国立劇場のプロデューサーが交渉しBURNT LEMON THEATREのみなさんが、この度の日本初演にあたり、創作におけるかなりの自由度を与えてくださいました。それによってオリジナル版の台本、音楽の魅力、その強固な基盤の上で、私たちのアプローチを試みることができています。それが実現したのは、英国のクリエイターが『東京ローズ』をもっと成長させたい、まだまだ創作過程にある作品だと捉えているからです。その心の広さのお陰で、このような意義深い創作が行えています。

──すごく建設的な関係です。

日本版のアプローチを受け、ご自分たちの創作に還元できるところはしていこうという姿勢。オーディションという創作の場、そして今の私たちの創作の場があり、それがロンドンのクリエイターの創作の場に繋がっていく。“互いに受け入れ合う”という世界規模、世界標準でのものづくりの軌道上にいることを実感しています。



──本作に限らず、近年、藤田さんの携わっている作品でも分断や差別、偏見というテーマを扱うものが数多くあります。歴史と現代を繋ぐ役割とともに、そういったテーマが演劇に、そして藤田さんに託されているように感じます。

想像力を駆使し、様々な事象から学ぶことができるというのが演劇だと僕は思っています。コロナ禍以降、人との距離、分断を僕自身も含めた多くの方が感じています。だからこそ、多くの演劇人が僕たちに教えてくれた「分断はある」、「人と人の間で理解しえない瞬間はいつの時代も、誰の人生にも起こりうる」けれど、「それをわかった上で、どう手を取り合い融和するのか」ということ。それを演劇というライブの時間・空間では豊かに表現でき、それによって私たちは想像力を働かせ、人として生きる豊かさを感じることができる。それが劇場空間であり、演劇の力だと思います。それを信じて、作品に向き合っています。

──我が身を振り返っても、劇場に通う理由がその辺りにあると感じます。『東京ローズ』もまさにそのような作品となるだろうと期待しています。

驚くべき歌唱力をもつ6名のキャストが集まっていますので、6人が同時に異なる旋律を歌うことで生まれるハーモニーは“とても美しい価値観”としてお客様に届くと思っています。それはすごく幸せなことですし、この作品の確かな魅力です。でもその反対にあるような、調和できない私たちの人生の断片が見えてくるところもまた、この作品の魅力。『東京ローズ』には、今まで私たちの人生にあった融和の瞬間、他者と理解し合えなかった分断の瞬間、その両方を思い出せる要素があるのです。激烈な人生を生きたアイバの言葉を、私たちカンパニーはきちんと受取り、6人の俳優と共に伝えます。

精一杯の想像力と力強さでアイバの人生をリレーしますので、ぜひみなさんに受け取っていただけたらと思います。




あらすじ
“Who is Tokyo Rose?”
アイバ・トグリ(戸栗郁子)は 1916年にアメリカで生まれアメリカで育った日系二世。日本語の教育を受けることなく1920~30年代のアメリカで青春を過ごした。
叔母の見舞いのために25歳で来日し、すぐに帰国するはずが、時代は第二次世界大戦へと突入。アメリカへの帰国も不可能となってしまう。そこでアイバは、母語の英語を生かし、タイピストと短波放送傍受の仕事に就く。
戦争によって起こる分断や、離散、別れ。多くの人々を襲った不幸がアイバ自身とその家族の身にも降りかかる。
やがてラジオ・トウキョウ放送「ゼロ・アワー」の女性アナウンサーとして原稿を読むことになったアイバ。彼女たちをアメリカ兵たちは「東京ローズ」と呼んだ。
終戦後、アイバが行っていたことは、日本軍がおこなった連合国側向けプロパガンダ放送であったとされ、本国アメリカに強制送還され、国家反逆罪で起訴されてしまう。
本国アメリカから、戦中日本の悪名高きラジオアナウンサー「東京ローズ」であった罪を問われることとなったアイバ。彼女は本当に罪人だったのか…?

【公演情報】
新国立劇場 2023/2024シーズン
フルオーディション Vol.6
『東京ローズ』
2023年12月7日(木)~24日(日)@新国立劇場 小劇場
<スタッフ>
台本・作詞:メリヒー・ユーン/カーラ・ボルドウィン
作曲:ウィリアム・パトリック・ハリソン
翻訳:小川絵梨子
訳詞:土器屋利行
音楽監督:深沢桂子/村井一帆
演出:藤田俊太郎

芸術監督:小川絵梨子
<キャスト> 
飯野めぐみ、シルビア・グラブ、鈴木瑛美子、原田真絢、森 加織、山本咲希

公演HP:https://www.nntt.jac.go.jp/play/tokyo-rose/

一部表記を変更いたしました
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人

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