新国立劇場バレエ団プリンシパルの柴山紗帆さんと井澤駿さんが今回挑むのは『ドン・キホーテ』。『ジゼル』や『白鳥の湖』などバレエ・ブランと呼ばれる作品で主役として組んできたお二人が、ガラリと雰囲気の異なるラブ・コメディでどんな踊りを、どんな表情を、どんな物語を見せてくれるのか──バレエ団の同期、同い年、同門のお二人の朗らか対談をお届けします。
【プリンシパルとして】
──柴山さんはプリンシパルとして新シーズンを迎えます。昨シーズンの終わりに満員のお客様の前で吉田都芸術監督からプリンシパル昇格が発表されるという演出!ドラマティックでした。柴山さん)私自身は、『白鳥の湖』の出演を終えた時に昇格を伝えられました。みなさんの前での発表は(速水)渉悟くんの公演後でしたので、数日前から知っていたことになります。でも実は、昇格を知った時点ではあまりピンときておらず、舞台上で発表され、お客様から祝福していただいたことで「プリンシパルになる」ということに対して確かな実感がわきました。
──「プリンシパルになる」実感とは。柴山さん)嬉しさももちろんありましたが、責任やプレッシャーも感じました。責任については、これからその本当の重さを知っていくことになるのだと思います。
バレエに取り組む姿勢はこれまでと変わらないと思いますが、今後はお客様に物語、作品を届ける上で、大きな役割を担うことがこれまで以上に増えると思います。しっかりとその役目を務められるように自分の表現を細部に至るまでブラッシュアップしていこうと思います。
そう思ったきっかけのひとつは、「こどものためのバレエ劇場2023 エデュケーショナル・プログラム『白鳥の湖』」での経験です。そこではじめて感情を言葉にして演技をしましたが、言葉にすることで表現がクリアになるという体験はとても勉強になりました。もちろんバレエは言葉のない芸術ですが、その感覚を改めて大切にしていきたいと思っています。
──ご自身の個性についてははどうとらえていらっしゃいますか。柴山さん)今ここで、言葉で言い表すことはできませんが、私は少し前まではほかの人と比較して自分に足りないものはと考えがちでした。でも人それぞれ持ち味は違うということがようやく腑に落ちてきて、最近は、自分が持っているものはなにかと捉えるようになりました。これからしっかりと自分の持ち味に向き合い、それを表現に結び付けていきたいと思います。
──今回、パートナーを組む井澤さんは、今、どのような思いでいらっしゃいますか。井澤さん)すごく嬉しいです。紗帆ちゃんとは同期、同い年なので、ずっと一緒にやってきたという思いが強いんです。彼女が努力している姿も見てきたので、本当に嬉しく思っています。
僕は紗帆ちゃんの舞台度胸を尊敬しています。普段接していると、柔らかくふんわりとしたイメージですが、パートナーとして踊っているとわかるのが彼女の強さです。舞台上でスイッチが入る、その強さが、紗帆ちゃんのプリンシパルとしての資質なのだと思います。
柴山さん)ありがとうございます。そう思ってもらえて嬉しいです。駿くんは、パートナーとしてなにがあってもフォローしてくれるという絶対的な安心感があります。踊りのフィーリングについては似ているのかなと。これは私が勝手に思っていることですが(笑)。相手から受け取ったり、返したりというお芝居、踊りのキャッチボールがとてもスムーズなので、多くを話さなくても自然にやり取りできるパートナーです。『ドン・キホーテ』という明るい作品ではどうなるのか、そこは未知数ですが楽しみです。
ひとりのダンサーとしては、駿くんには基礎的なことなど細部に至るまでアドバイスをもらっていて、たくさんのことを勉強させてもらっています。
井澤さん)こうしたほうが踊りやすいかなと思ったことを伝えているだけなのですが、口うるさい人だと思われているのでは(笑)?
柴山さん)そんなことはまったくないです!! 私は言ってもらうことで新しいものが見えてくることが嬉しくて! 実際に踊りやすくなるアドバイスなので本当にありがたいです。
──お二人は同期入団で同い年、同じバレエ教室で学んでいたとのこと。柴山さん)バレエ教室では、私が留学中だったこともあり、そこまで接点はなかったので、よく話をするようになったのはバレエ団に入団してからになります。同期に同門の駿くんがいるということはなんだか心強かったです。
井澤さん)プロとしてバレエを続けるというのは大変なことです。実際、技術的、精神的、肉体的、経済的……様々な理由でバレエの道を離れる仲間もたくさんいます。そんな状況で自分たちは続けていけるのだろうかと不安になることもありましたが、だからこそ残っている同期のみんなでがんばろうという仲間意識は強くなりました。
柴山さん)その中でも駿くんはいち早くバレエ団の主要ダンサーとして活躍していたので、同期として誇らしく思っていました。私も、ソリストとして踊る機会をいただくこともありましたが、そのシーンを担うだけでもとても緊張していたので、全幕を通して舞台を引っ張るのは本当に大変なこと。入団間もないころから、その重責を担うのはプレッシャーもあったと思います。それを「尊敬」と「応援」の思いで見ていました。
井澤さん)今度はコメディ要素のある『ドン・キホーテ』、紗帆ちゃんと一緒に取り組めることを楽しみにしています。
【シーズン開幕は『ドン・キホーテ』】
──話題を『ドン・キホーテ』に移すと。お二人はキトリとバジルとしてご出演。共に初役ではありませんが、お二人が組むのは初めてとなります。どのような『ドン・キホーテ』を目指しますか。柴山さん)まだリハーサルが始まったばかりですが、演技面では、言葉を交わすような自然な掛け合いを大切したいと思います。
井澤さん)同感です。『ドン・キホーテ』はマイムや細かなステップなど決まりごとも多く、演技部分が型になってしまいがち。それは僕自身、課題に思っていました。今回は、決まりごとを身体に落とし込んだ上で、目の前にいる相手と会話をするような踊り、僕たちのキトリとバジルを作っていきたいと思います。
──キトリとバジルの人物像についてはいかがでしょうか。撮影:鹿摩隆司
撮影:鹿摩隆司
柴山さん)キトリは活発で明るく勝気で、人を惹きつける魅力のある女の子。さらに、そこにスペインの女性の強さを入れていけたらと思っています。
井澤さん)床屋のバジルはフレンドリーな人気者です。みんなからの尊敬も集め、憧れの対象である花形闘牛士エスパーダとクラスの人気者的なバジルでは“モテる”の度合いも比較にはならないのですが、ちょっとヤンチャな若いバジルが背伸びをしてエスパーダに張り合おうとするのも面白いかなと思っています。でも……
──でも?井澤さん)実は僕たち、エスパーダと街の踊り子として組む日もあるんです。
──別の関係性でも舞台で対峙するということですね。撮影:鹿摩隆司
柴山さん)街の踊り子は、街で誰もが知っている有名人で、男性たちの注目を一身に集める、自信に満ち溢れた女性です。キトリのキャラクターとは同じスペインの女性でも異なってくるので、キトリとバジルとは違った関係性をこれからリハーサルで研究していきたいです。
井澤さん)同じ組み合わせで別のキャラクターも踊るというのも、意外と難しいですよね。今は主役のリハーサルが始まったところだけど、これから踊り子やエスパーダのほうも始まるとそれぞれの方向性に迷いが出そう。ただ、とくにエスパーダはクラシックの要素よりキャラクターダンスに近いから、その踊りの違いがヒントをくれるのではないかと考えています。
──井澤さんのエスパーダのファンという方もたくさんいらっしゃると思います。撮影:鹿摩隆司
井澤さん)バルセロナの街の男性の中で、ヒエラルキーのトップにいて、当然、本人もそれをわかっている。自分には無い要素なので、思いっきり振り切ってやる!というくらいの気持ちで臨まないとできない役です(笑)。
柴山さん)駿くんは王子などのノーブルな役はもちろんですが、エスパーダのような情熱的な役も魅力的だと思います!内から出るパッションがすごいので、ぜひ皆さんにご覧いただきたいです。
──ちなみに、闘牛士のみなさんのマントさばきも見どころのひとつです。そこもダンスと括っていいのでしょうか。井澤さん)表現のひとつではありますが、マントはこどもの頃から練習を積み重ねたわけでも、日々レッスンしているわけでもないので(笑)。特に僕は左利きなので右手で扱うのがとても難しい。マントさばきの練習も始めないと!
──『ドン・キホーテ』にはエスパーダだけでなく、たくさんの個性派キャラクターも登場します。おススメキャラクターは。撮影:鹿摩隆司
柴山さん)ガマーシュです。キトリは思い切り拒絶するのですが(笑)、私自身としては、頑張ってキトリにアプローチするけれど、どこかズレて空回りしてしまうところがちょっとかわいそうで放っておけない存在です。一緒に踊るシーンもとても楽しいです!
撮影:鹿摩隆司
井澤さん)僕は今回、福田圭吾さん、宇賀大将さん、小野寺雄さんの3人がキャスティングされているサンチョです。トランポリンのシーンはどこまで高く上がるんだ!とワクワクしますし、キャラクター色が強いものはダンサーの持ち味によって見え方が変わってきます。お客様にはその違いも楽しんでいただきたいと思います。
※ガマーシュ:お金持ちの貴族。キトリの父ロレンツォは娘をガマーシュに嫁がせようと考え、ガマーシュもキトリに猛烈アプローチする。コミカルなお役です。
※サンチョ:農夫。ドン・キホーテの諸国遍歴の旅のお供でこちらもコミカルなお役。──新国立劇場バレエ団の『ドン・キホーテ』の魅力は。撮影:鹿摩隆司
柴山さん)もちろん主要なキャラクターたちのコメディ的な掛け合いも魅力的なのですが、個人的にはジプシーのシーンの音楽や踊りが好きです。爆発するようなパワフルな踊りが格好良く、見どころのひとつだと思います。それと対照的にドン・キホーテの夢の中を描く“夢の場”は、古典バレエの幻想的な世界が楽しめる場面です。新国立劇場バレエ団ならではの美しさを感じていただけると思います。
井澤さん)1幕の街の賑わいから3幕の結婚式のゴージャス感、その対比が魅力。軽妙なコメディからしっかりとした古典まで幅広い踊りをお楽しみいただけます。たくさんの人がひしめく1幕と広い空間が広がる3幕、舞台上の景色もガラリと変わり、ダンサーとしても空気の変化を体感し、グラン・パ・ド・ドゥに入る前は、独特の高揚感と緊張感があります。紗帆ちゃんの話にあったジプシーやエスパーダも含め、いろんな踊り、バレエの魅力が詰まった作品だと思います。
──最後にメッセージを頂戴できますでしょうか。井澤さん)紗帆ちゃんのプリンシパル昇格の話を聞いて、改めて自分自身を顧みると、プリンシパルになったその先にもバレエの道はあり、自分との戦いはずっと続いている。そこで、ずっともがいているような感覚があります。新しいシーズンを前に思うのは、やっぱり目の前の一つひとつの作品に真摯に向き合うことが大切だということです。だから、今は『ドン・キホーテ』に全力で挑みたいと思います。
柴山さん)新シーズンの始まりであり、私自身にとってプリンシパルとして新たなスタートの時を迎えます。これまで以上に精進するとともに、楽しむことも忘れずに取り組んでいきたいと思います。前回の『ドン・キホーテ』はコロナ禍の最中で、出演者の人数も絞ったバージョンで上演したので、今回はオリジナルの演出で上演できることがとても嬉しいです。盛り上がること間違いなしの作品ですので、ぜひ劇場にお運びください!
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人