新国立劇場『誰もいない国』平埜生成さんインタビュー



 10月から始まる新国立劇場2018/2019シーズン、小川絵梨子芸術監督となっての最初のシーズン2作目に登場するのは、20世紀を代表する英国の劇作家ハロルド・ピンターの『誰もいない国』。とある屋敷の一室を舞台に、4人の男たちが繰り広げる会話劇です。1975年のロンドンで初演された本作を、2018年の東京に立ち上げるのは、新国立劇場初登場となる寺十(じつなし)吾さん(演出)。ピンター研究の第一人者の喜志哲雄さんとともに上演台本を作成し挑む上演は、現代社会へ投げかけられる刺激的なものとなるでしょう!



平埜生成さん

 本作キャストに、柄本明さん、石倉三郎さん、有薗芳記さんという個性派すぎる(?!)ベテラン俳優とともに名を連ねる平埜生成さんにお話をうかがいました。平埜さんは、舞台となるロンドン北西部にある屋敷の主人ハーストの同居人のフォスターを演じます。


【むずかしいけれど、あまりむずかしいと言いたくない(笑)】


──1年8か月ぶりの舞台がハロルド・ピンターの『誰もいない国』。今回の出演オファーがきたときは。

 即答しました、「やりたいです!」と。

──たった4人の登場人物、難解といわれる作品。加えてご共演のみなさんは大先輩がた。そこに飛び込むには勇気がいるのかなと想像しましたが。



 それよりもピンター作品で、新国立劇場の舞台に立てる、それも少人数の作品です!そのことへの喜びのほうが大きかったですね。

 俳優として、僕のなかで「舞台」は大きな割合を占めています。だからこそ、そこでは挑戦したい、挑戦していかなくてはならないと思っています。ピンター作品は一般的に難解といわれていますし、確かにむずかしいです。でも、そこに挑戦することは、この先の俳優人生にとって必要なこと。ピンターの作品に演じる側から向き合える、そのとき自分がどのような気持ちになるのだろうかと考えると、ワクワクしてくるんです。

──戯曲を読んだ印象は。

 作品の内容も自分の役どころも、どう言葉にしていいのかむずかしいのですが、でも、あまりむずかしいとは言いたくないんです(笑)。

──その感覚、なんとなくわかります(笑)。

 これまでやってきた作品では、戯曲を読みこんでいくうちに、なんとなく登場人物の動きを思い浮べることができました。もちろん、それが正解というわけではないのですが。でも、この戯曲は読んでいるだけでは、どう動くのか、どんなしゃべり方をするのか、その予想がつきません。もしかしたら台詞を覚えて、身体に叩き込んで、立って芝居をしたら、それが変わるかもしれない。まずは台詞を覚えるところからですね!

──演出を手掛ける寺十吾さんとは。

 寺十さん演出の『渇愛』(2018年3月)を観ましたが、とてもヒリヒリしました。芝居を芝居と感じさせず、次にどんな展開が待っているのかわからないので、観ている側もあらゆる感覚を刺激されました。なにが起こるかわからない、次にだれがなにを発するのかわからないという緊張、その予定調和に陥らない感じは、『誰もいない国』でも非常に大切になってくるところなので、寺十さんが演出する『誰もいない国』がすごく楽しみになりました。ちゃんと寺十さんの色に染まりたいと思います。


【舞台を観て、人生が変わった人間として】


──平埜さんも新国立劇場初登場!劇場への印象は。



 Z席、助かっています!

──まずはそこですか!!そして、すごく実感がこもっています。

 やっぱりお金が……。もちろん1万円払って、それ以上の経験を得られる芝居もあります。でも、僕にも生活があるので(笑)。安くていい芝居が観られることは本当にありがたいことです。U25もフル活用していますし、Z席チケットを手に入れるために朝9時から並んだこともあります。

Z席:公演当日朝10:00より、新国立劇場ボックスオフィス窓口にて先着順販売されるチケット(1,620円)。お席は舞台が見切れることもありますがお得!
U25:青少年のための優待メンバーズとして、U15、U39 (オペラ)などふだん劇場に足を運ぶ機会の少ない世代の方のためのお得な観劇プラン。


 そして、劇場については、出演者もスタッフもお客様も、本当に芝居が好きな人が集まるところだという印象です。その舞台に立てる!すごくうれしいです!

──今、25歳の平埜さん。もうすぐU25もご卒業ですね。そのタイミングで、これからは観客としてだけでなく、俳優として劇場と関わっていくことになります。

 すごく感慨深いというか、不思議な気持ちです。これまでは楽屋面会でお邪魔していた空間に、出演者としていることとかも(笑)。新国立劇場も芸術監督が小川さんになって初めてのシーズン、世代交代という意味では、大先輩のなかに若手の自分が入る意味についてもしっかりと考えたいと思います。

 あと新国立劇場には研修所もありますよね。俳優を育てるというしっかりとしたシステムが構築されていて、卒業生の方と話をしたり、栗山(民也)さんや宮田(慶子)さんの演出を受けたりすると、研修生のみなさんがうらやましいと思えてきて。入りたいと思ったこともあります。

──根っからの芝居・舞台好きですね。



 舞台に立ちながらも、舞台について知らないことが多すぎたので勉強のためにもといろいろな舞台を観ていました。そのなかで、ある作品を観たとき、“隙間だらけの自分の人生が埋まった”と感じたんです。ものにあふれたこの平成の時代に生まれ育った僕にとって、舞台はそんな存在。僕は舞台を観て、人生が変わった人間です!
 実は、その作品の内容はあまり覚えていないのですが(笑)。

──内容よりも体感が忘れられないこと、ありますよね。平埜さんは、俳優さんとして着実に経験を積まれています。充実されていますね。

 とくに蜷川幸雄さんとお仕事※して以降の作品では、毎回積み上げては壊しての繰り返しです。栗山さんや宮田さんにも、一からたくさんのことを教えていただきました。それもあって研修生のみなさんがうらやましいなって。ただ、ひとつ経験しても、次にすぐそれが活かせるというわけでもなく……。栗山さんと対峙するたびに僕はまた壊されるのだろうと。そうやって壊してくださる方に出会えたことがしあわせです。

※2014年、ニナガワ×シェイクスピア レジェンド第1段『ロミオとジュリエット』


【『誰もいない国』は、僕らの話でもある】



──今回の『誰もいない国』は翻訳劇、ピンター独特の言葉(英語)、英国の文化がその根底にある戯曲です。

 翻訳劇について、前にちょっと考えたことがあるんです。どうしてこんなに翻訳劇が上演されているのだろうって。僕自身も、翻訳劇に出演することも多いです。しかもこの作品は1970年代の作品。なんで「昔の」「海外の」作品をやるのだろうかと思う一方で、時代や国を超えて上演される作品、残る作品の力は実感としてわかります。『誰もいない国』は、人と人とのコミュニケーションの話でもあり、ジェンダーの話も内包する。今の、日本の、僕らの話でもあるんです。

 この作品をNT Liveで観て、その後のトークイベントを聞いて思ったのは、人間は不確かな存在だということ。今はSNSのアカウントでいくらでも自分をプロデュースでき、場合によっては偽ることもできる。そのなかで“真実の自分”“アイデンティティ”ってなんだろうって。信仰心という面でも、僕らは希薄ですし。「自分という名刺はない」ということに共感しました。そう考えると『誰もいない国/NO MAN'S LAND』というタイトルの響きも、なんとなくわかる気がします。

NT Live:英国ナショナル・シアターが厳選した、世界で観られるべき傑作舞台を こだわりのカメラワークで収録し各国の映画館で上映する画期的なプロジェクト

──空虚さが漂います。その視点、とても興味深いです。



 劇中、たとえばハーストという男が自分について語る、その言葉が形成するハーストという人物像があり、一方で、ほかの男がハーストについて語る言葉で形成されるハーストという人物像もある。それらは必ずしも一致せず、結局、本当のハーストとは……ということになる。まだ感覚的にしか説明できませんが、千穐楽を迎えるころには、もうちょっとうまくこの作品を説明できるようになれたらいいなと思っています。それをつかみたいです!

──平埜さんが演じるフォスターも独特な存在感ですよね。

 芝居はハーストとスプーナーが語り合うところから始まり、二人が作った空間へ最初に飛び込む異分子(外からの人物)がフォスターです。いろいろな情報や空気を纏って出ていかなくてはと思っていますが、果たしてどうなるか。そこは思いっきり寺十さんに頼ります!


【等身大の僕は……】


──ここで少し作品を離れます。25歳、等身大の平埜さんの最近の関心事は?

 チャレンジしてみたいと思っているのが、ひとりでお酒を飲みに行くこと。ひとりで行ったことなくて。いつも2,3人で行くことが多いですね。あとは……。

──あとは?

 これは妄想に近いですが(笑)。自分の部屋を“ももクロ”のグッズで埋め尽くしてみたいなとか。ライブへ行ってグッズを買い占めて部屋に並べたり、私服として着たりして(笑)。そうそう、デジモンも!20周年でたくさんグッズが出ているので、それも集めたいです!これまではあまりなかったのですが、最近、物欲が出てきました。
 等身大の僕はそんな感じです(笑)。

──芝居に対する大人びた語り口からは想像できなかったポップな一面をありがとうございます(笑)。では、最後に、これからお稽古という段階ですが、本作への意気込みのほどをお聞かせください。

 今は、1年8か月ぶりに舞台に立てること、そのための稽古場通いが始まることがうれしいです!それと同時に、これだけ時間が空いてしまったので舞台に立つ怖さも感じています。
 でも、舞台に立つことの重大さ、そして目の前の山は大きいこと、そこからは逃げられないので、まずは、純粋に演技を楽しもうと意識を切り替えました。戯曲が難しかろうがなんだろうが(笑)、稽古場でみなさんと一緒にいっぱい芝居の話をして、試行錯誤して、それをお客さんに観ていただく。僕らの世代の人にも、あまり構えずに純粋に楽しんでいただけたらと思います。Z席もありますので!

──11月が待ち遠しくなる、とても興味深いお話をありがとうございました。





【こぼれ話】


 舞台、演劇への愛情が伝わるお話を聞かせてくださった平埜さん。日本における翻訳劇についてなど、「むずかしいですね」と口にする一方で、深く深く考察されている様子。日本の戯曲についても少しお話してくださいました。

 「僕は日本の文化や英語にできない日本語、日本人の息吹が感じられる井上ひさしさんの戯曲が大好きです。それを次の世代に残さなければという気持ちも自然にわいてきます。僕にできることは演じることだけですが。
 そして、岩松了さんや蓬莱竜太さんのように、“現代”ならではの新作を生みだしている方もいらっしゃいます。これからもいろいろな作品に出会えればと思っています。ほかにも歌舞伎に始まり、新劇が入ってきて今に至る演劇のことも、いろいろと知っていきたいです」


ちなみに、観劇歴を尋ねると。

 「小学生の頃、“劇団1980(いちきゅうはちまる)”や“劇団離風霊船(りぶれせん)”という劇団の舞台を観ました。まだ幼かったので、それを観て人生が変わったわけではないのですが(笑)」

と想像以上の観劇キャリアが!

 観る側としても演じる側としても演劇に対してとても誠実な平埜さん、なんだか「演劇の未来は明るい!」と感じました。これからの活動からも目が離せません!



ヘアメイク:白石義人 (ima.) スタイリング:渡辺 慎也(Koa Hole inc)
衣装協力:ブルゾン ¥ 22,000(Johnbull TEL050-3000-1038)、カットソー ¥ 13,800(UMBER/STUDIO FABWORK TEL03-6438-9575)、パンツ ¥ 25,000(Blanc YM/TEENY RANCH TEL03-6812-9341)全て税別


2018/2019シーズン
新国立劇場 演劇「誰もいない国」 No Man's Land
2018年11月8日(木)~25日(日)@新国立劇場 小劇場

ノーベル文学賞を受賞した劇作家ピンターによる傑作。イギリス・ロンドンを舞台に、アイデンティティの境界線を問う。
新シーズン2作品目は、ノーベル文学賞を受賞した20世紀を代表する劇作家ハロルド・ピンターの『誰もいない国』が登場します。本作は1975年ロンドン、ナショナル・シアターでピーター・ホール演出により初演されました。
個人のアイデンティティの危うさや、社会の欺瞞、あるいは人間関係の不安定さを、鋭く切り詰めた言葉で、時に過激に表現し、登場人物のキャラクターを崩壊寸前まで突き詰めたピンターの作品群は、21世紀になった今でも現代人の心に深く突き刺さります。本作もまた、一室のなかで繰り広げられる会話を通して、パワーバランスの変化や、関係の曖昧さ、確信できない過去が浮かんでは消え、果たして会話の内容が真実なのか一種のゲームを演じているのか、虚実のわからなさを楽しむピンターの世界が繰り広げられます。
今回の演出には寺十吾が新国立劇場に初登場、ピンター研究の第一人者喜志哲雄とともに、上演台本を作成し、緻密な演出でピンターの世界を描きます。

作:ハロルド・ピンター
翻訳:喜志哲雄
演出:寺十 吾

キャスト
柄本 明 石倉三郎 有薗芳記 平埜生成

ものがたり
ロンドン北西部にある屋敷の大きな一室。ある夏の夜、屋敷の主人ハーストとスプーナーが酒を飲んでいる。詩人のスプーナーは、酒場で同席した作家ハーストについて家まできたようだ。酒が進むにつれ、べらべらと自らをアピールするスプーナーに対し、寡黙なハースト。スプーナーは、共通の話題を見出そうとハーストに話をふるが、もはやそれが現実なのか虚構の話なのかわからない。そこへ、ハーストの同居人の男たちが現れて・・・。

公演HPはこちらから

おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・文・撮影) 監修:おけぴ管理人

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