【井上ひさし生誕90年 第1弾】こまつ座 第149回公演『夢の泪』観劇レポート~2024年に響く!~



劇作家・井上ひさしさんが新国立劇場のために書き下ろした「東京裁判三部作」。その第二作目として2003年に誕生した『夢の泪』を初演から20余年を経て、こまつ座で初上演!




「東京裁判三部作」:「戦争」「東京裁判」を当時の市井の人々の生活を借りて見つめ、「東京裁判」の、そして「戦争」の真実を改めて問うた作品群。『夢の裂け目』(2001年)『夢の泪』(03年)『夢の痂』(06年)が新国立劇場にて初演された。


物語の舞台は終戦から1年程経った、昭和21年4月から6月にかけての東京・新橋。焼け残ったビルの1階にある「新橋法律事務所」の弁護士一家を中心にときにドタバタ、ときにどっしりとしたお話が繰り広げられます。




舞台には、ぽっかりと浮かんだ月。やがて最初の楽曲「空の月だけが明るい東京」が景気よく始まります。こうしてピアノ演奏に乗せにぎやかに幕を開けた『夢の泪』。まず感じるのはいろんな歌声が混じり合っているということ! なんだかバラエティーショウのような、デコボコした雑多なエネルギーから戦後の混乱と復興へと向かう人々の力強さを感じます。




そこで歌われるのは「新橋法律事務所」の男女2人の弁護士、伊藤菊治と秋子は夫婦で、どうやらうまくいっていないらしい、その理由は菊治の女癖!という物語の大枠。 それに続くのは──秋子の連れ子の永子の両親の関係、戦後の大人の変わり身に戸惑いを隠せない様子。すると雰囲気は一転、永子は不穏で深刻なメロディに乗せて「私、わからない……」と歌い、客席という社会に問う。劇中で幾度となく繰り返される彼女の問いが物語を前へ前へと進めます。



女性とお金に弱い菊治にはラサール石井さん。お調子者でなんとも憎めない、あれこれ手を出して結果、上手いこといってしまう菊治を愛嬌たっぷりに演じます。菊治の軽やかさにバイタリティを感じるとともに、変わり身の早さという私たち日本人の姿が色濃く投影されているような気も。




女性弁護士の草分けで腕利きの秋子を演じるのは秋山菜津子さん。ピリッと舞台を引き締める凛々しさと、「ただいま」の妙な重厚感のギャップが笑いを誘います。秋子の法律を重んじ、信じる強い心。揺るぐことのない信念、彼女のラストの台詞は忘れることができません。それが秋山さんのお芝居で届けられることのしあわせ。娘の永子には瀬戸さおりさん。冒頭のシーンで周囲の人に投げかける溌剌とした台詞と、心の内、不安を吐露する歌の切実さの対比が印象的。その後も「なぜ」を繰り返し、考え、気づいていく永子の成長譚でもある本作。瀬戸さんの真っ直ぐな声に観客も気付かされます。




秋子先生が東京裁判においてA級戦犯・松岡洋右の補佐弁護人を務めることとなり、物語は大きく動き出します。秋子先生が東京裁判に専念するために助っ人としてやってきたベテラン弁護士・竹上玲吉、復員兵で夜学に通う田中正、互いに持ち歌の著作権を主張する隣の第一ホテルの将校クラブで歌うナンシー岡本とチェリー富士山、そして永子の幼馴染で新橋を仕切るやくざに対抗する朝鮮人組長の息子の片岡健といった、それぞれの事情を背負った人々が事務所へ集います。



問答によって秋子先生や周囲の人々を導く竹上先生を演じるのは久保酎吉さん。久保さんの、観客の心にすっと届く台詞の説得力とそこに込められた優しさ、ちょっととぼけたところもやっぱり魅力です。近所の新橋食堂の甥っ子で、弁護士事務所では助手として働く田中の実直さを粕谷吉洋さんが体現されます。田中が地道な仕事ぶりで明かす二人の歌手の争いの顛末。そして二人の持ち歌「丘の上の桜の木」に隠された真実とは! はっちゃけたお芝居と美しい歌声で魅せる板垣桃子さんと藤谷理子さんが演じる喧嘩するほど仲がいい名コンビ、ナンシーさんとチェリーさんの明るさと翳りもあの時代の市民の象徴なのでしょう。丘の上の桜も満開を迎えるころかな、なんてことも頭をよぎりました。




朝鮮人組長である父親が襲撃されたからくりを弁護士事務所の人々に説かれ、たどり着いた結論。棄民の怒りを訴える健の眼差しが客席へ向けられた時、客席で身動きできない自分がいました。でも、目を背けてはいけない、なんとか見つめ返すことで受け止めようと必死になる中、ふと視野を広げると。健を見つめる人々、とりわけ永子のまなざしの力強さに少し救われます。健の絞り出すような台詞(歌詞)の厳しさと、それでも周りには彼を案じる人たちがいるという優しさ(と言葉にできない贖罪の気持ち)の両方が届けられる。その瞬間の、人物配置や視線の方向、台詞のすべてが重なり合うことで、舞台上の景色そのものが雄弁に! 演劇の醍醐味! そして舞台上にいる片岡健を演じる前田旺志郎さんが、もはや健そのもので、あの時代に確かに存在した人々から見つめられているかのような感覚になりました。演出を手掛けるのは初演から変わらず栗山民也さん。ラストシーンも心に焼き付く演出です。



また、「棄民」の言葉に共鳴するのがGHQの米陸軍法務大尉で日系二世のビル小笠原。ビルが話す自らと父親の人生、彼が歌う「うるわしの父母の国」、そのどれもがビルの記憶が口からポロポロとこぼれてくるような体温のある言葉。演じるのは土屋佑壱さんです。

このようにアメリカ将校クラブで歌う女性(傷痍軍人の妻たち)、復員兵、日系二世、在日朝鮮人二世、老弁護士、弁護士一家……さまざまな立場の人の戦争、戦後が描き出されます。そして、それら多面的に描かれるエピソードを繋ぐのが「法律」です。

法律の専門家たる秋子先生が、やがて知る東京裁判の本質、戦争責任とは。
ずっしりと重い問い、でも、そこを避けては前に進めないテーマが力強く描かれます。

市民と議員、議会の関係と責任。
重要書類の隠蔽。
国家の欺瞞と、一人ひとりの無知。
……

戦後まもない日本を舞台にし、2003年に書かれた『夢の泪』が2024年にこれほどにまで刺さるのは、もしかしたら私たち日本人がその問題をずっと避けて、やり過ごしていたからかもしれません。

という厳しさがありながらも、ドイツの作曲家クルト・ヴァイルや宇野誠一郎さんの音楽がふんだんに盛り込まれ、笑いもたっぷりに届けられるのが井上作品!ここまでご紹介してきた歌のほかにも、「酒のしずくは夢の泪」「相棒ソング」「新橋ワルツ」など、硬質なやり取りの間の歌の効果を強く強く感じる、とても豊かな音楽劇なのです!この芝居する音楽をピアノ演奏で支えるのは朴 勝哲さんです!



2024年は「井上ひさし生誕90年」の節目の年。
『夢の泪』をきっかけに井上作品、こまつ座作品をご覧になるのもおすすめですし、これまでにも親しんでいる方は本作を観劇することで、ほかのいろんな井上作品を思い出されるのではないでしょうか。

「東京裁判三部作」の『夢の裂け目』『夢の痂』はもちろん、今年、この後にこまつ座で上演される『母と暮せば』、『太鼓たたいて笛ふいて』、ほかにも『きらめく星座』『紙屋町さくらホテル』『父と暮せば』『マンザナ、わが町』……市井の人々の目線からの戦争を描き、その記憶を私たちに伝える作品たち。

井上ひさしさんからの警鐘は日本にだけ向けられたものではありません。
「戦争は自然現象ではない、一から十まで人間の行為である」
今の世界、地球に暮らす人々に響くのです。

『夢の泪』も紛れもなくそのような作品のひとつです。ぜひ、久しぶりの上演となるこの機会に劇場でご覧ください! そしてご観劇の際は、舞台後方の繋ぎ合わせた布にぽっかりと開いた穴にもご注目ください!


【公演情報】
こまつ座 第149回公演 『夢の泪』
≪東京公演≫
2024年4月6日~4月29日@紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
≪全国公演≫
2024年5月8日@所沢市民文化センターミューズ マーキーホール
2024年5月11日@川西町フレンドリープラザ

作:井上ひさし 演出:栗山民也
出演:
ラサール石井 秋山菜津子 瀬戸さおり 久保酎吉 粕谷吉洋
藤谷理子 板垣桃子 前田旺志郎 土屋佑壱 朴 勝哲

音楽 クルト・ヴァイル 宇野誠一郎 音楽監督 久米大作
美術 長田佳代子 照明 服部 基 音 響 井上正弘
振付 井手茂太 衣裳 前田文子 ヘアメイク 佐藤裕子
歌唱指導 やまぐちあきこ 宣伝美術 ささめやゆき 演出助手 戸塚 萌
舞台監督 村田旬作 制作統括 井上麻矢

こまつ座HP


舞台写真提供:こまつ座(撮影:宮川舞子)
おけぴ取材班:chiaki(文)監修:おけぴ管理人

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