井上ひさしメモリアル10 こまつ座第126回公演『イーハトーボの劇列車』観劇レポート~ガタンコ・ガタンコ、劇列車は走り続ける~

 劇作家・井上ひさしさんの没後10年目を記念した企画「井上ひさしメモリアル10」の1つとして上演中、詩人・童話作家の宮沢賢治の評伝劇『イーハトーボの劇列車』。演出は長塚圭史さん、主人公の宮沢賢治を演じるのは松田龍平さんです。




 宮沢賢治という“どこかとらえどころない青年”の姿と“思い残し切符”がとても印象的。松田龍平さんの賢治は、まさに“とらえどころがない”。スーッとした存在感、そうかと思えば、夢中になると熱いを通り越し狂信的なほどのこだわりを見せる。木偶の棒のように見えたり、妖精のように見えたり。この人、温度が高めなのか低めなのかもよくわからない。松田さんは、すべてをひっくるめて、“賢治がそこに居る”と感じさせるのです。だからこそ(賢治に)イラッとするところもありますし、可愛らしいなと思うところもあるのです。そして、ときに羨望。

 花巻から上京しては、挫折し、それでもまた上京する。やがて、故郷に理想郷をと考える賢治。そのときどきに出会う人々や家族。演出の長塚さんの優しさと厳しさが垣間見えます。



 また、このお芝居は劇中劇という構造です。悲しみを携えた農民たちが、観客という名のそこへ集った人々へ語りかけ、投げかける物語。窓の外には豊かな緑、差しこむ日差し、自然の中にある古びた学校の教室のようなセット、賢治が遺した童話の登場人物を彷彿とさせるユニークなキャラクターたち。まるでファンタジーのような劇世界が、ふとした瞬間に現実になるのです。その瞬間、農民たちの声に、顔に、車掌が手にした思い残し切符に、ゾクッとします。まるで頭の中で流れていた音楽が突然止まり、無音になるような衝撃。




 山西惇さんの張りのある声や、村岡希美さんの艶、土屋佑壱さんの強さ、中村まことさんの深み…、井上ひさしさんの戯曲の持つ魅力、日本語、台詞の音としてのハーモニーも見どころ、聴きどころです。父と息子の丁々発止のやり取り、エスペラント語の解説など、日本語の豊かさを感じます。音と言えば、汽車の音などの擬音を俳優たちが声で表現することで生まれる臨場感、阿部海太郎さんによる音楽も素敵です。

 井上さんの故郷でもある東北を舞台にした作品。死にゆく人々が未来に託す“思い残し切符”の響き、東日本大震災以後は、その出来事と切り離すことはできないでしょう。震災のときや、その後も、ふと「井上さんなら、何を思うだろうか。何と仰るのだろうか」そんなことを思います。
 その答えを直接うかがうことはできないのですが、こうして遺してくださった戯曲があります。『十一ぴきのネコ』に続いて、演出を手掛けた長塚圭史さんや、この作品がこまつ座初出演!という俳優さんも多くいらっしゃる座組。2019年に生きる演劇人たちが立ちあげることで、作品は新たな輝きや影を生みだし、それが観客の心に届けられる。一方で、普遍的で確固たる井上ひさしさんからのメッセージもしっかりと生き続けています。
 井上さんの“思い残し切符”は着実に次世代の手へ受け渡されているのですね。今回の近代的なチラシビジュアルは、姿は変われども、今もなおガタンコ・ガタンコ動き続けている劇列車そのものに見えてきます。



 そして車掌さんが最後に放った思い残し切符、それを受け取った私たち。偶然そこに居合わせた一人ひとりが、その切符を胸に帰路につく。そんな劇場空間の不思議にも改めて気づかされました。

 先日表彰式が行われた第26回読売演劇大賞。こまつ座の作品に関わった俳優、スタッフのみなさんがいくつもの賞に輝きました。井上戯曲を知りつくしている栗山民也さんの読売演劇大賞・最優秀演出家賞はもちろん、生前の井上さんにお会いすることは叶わなかったという松下洸平さんの優秀男優賞・杉村春子賞、新キャストとして『父と暮せば』に挑んだ山崎一さんの優秀男優賞。こうしてバトンは繋がれていくのだと改めて感じました。没後10年目にして、今もこうして演劇界を沸かせている。普遍性と今日性の両方の魅力を持ちあわせる作品たち。この後も、「井上ひさしメモリアル10」として、『木の上の軍隊』『化粧二題』『日の浦姫物語』『組曲虐殺』…上演は続きます。企画のスローガン「平成の次の時代にも井上ひさしの作品を伝え続けます」、その言葉に偽りなし!

 『イーハトーボの劇列車』は3月31日の大阪公演まで続きます!チケット情報は、下記お問い合わせ先、こまつ座ツイッターなど。

<公演情報>
『イーハトーボの劇列車』
【東京公演】<完売御礼>2019年2月5日(金)〜24日(日)@紀伊國屋ホール
【山形公演】2019年3月2日(土)13:30開演@川西町フレンドリープラザ
 お問合せ:0238-46-3311(川西町フレンドリープラザ)

【岐阜公演】2019年3月6日(水)19:00開演@大垣市民会館
 お問合せ:0584-82-2310((公財)大垣市文化事業団)

【兵庫公演】2019年3月8日(金)~10日(日)@兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
 お問合せ:0798-68-0255(芸術文化センターチケットオフィス)

【富山公演】2019年3月12日(火)、13日(水)@富山県民会館
 お問合せ:076-444-6666(株式会社イッセイプランニング)

【宮城公演】<完売御礼>2019年3月16日(土)@日立システムズホール仙台 シアターホール
 お問合せ:022-271-3020(仙台文学館)

【熊本公演】2019年3月20日(水)、21日@熊本県立劇場演劇ホール
 お問合せ:050-3539-8330(ピクニックチケットセンター)

【大分公演】2019年3月24日(日)@J:COMホルトホール大分
 お問合せ:097-576-8877(J:COMホルトホール大分)

【広島公演】2019年3月26日(火)@上野学園ホール
 お問合せ:082-253-1010(TSS)

【大阪公演】2019年3月30日(土)、31日@新歌舞伎座
 お問合せ:06-7730-2222(新歌舞伎座テレホン予約センター)

―これは、井上ひさしが愛してやまない日本語に、
不思議でかわいらしく、輝くような生命を与えてくれた、
ある岩手花巻人の評伝劇―


 詩人にして童話作家、宗教家で音楽家、科学者で農業技師、土壌改良家で造園技師、教師で社会運動家。しなやかで堅固な信念を持ち、夭逝した宮沢賢治。
 短い生涯でトランク一杯に挫折と希望を詰め込んで、岩手から東京に上京すること九回。
 そのうち転機となった四回の上京を、あの世に旅立つ亡霊たちや自ら描いた童話の世界の住人と共に、夜汽車に揺られてダダスコダ、ダダスコダ。行きつく先は岩手か東京か、星々が煌めく宇宙の果てか…。
 「世界ぜんたいが幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」
 そう信じた宮沢賢治が夢見たイーハトーボは果てしなく遠かった。

作 井上ひさし
演出 長塚圭史
音楽 宇野誠一郎 阿部海太郎

出演
松田龍平 山西 惇 岡部たかし 村岡希美 土屋佑壱 松岡依都美
天野はな 紅甘 小日向星一 福田転球 中村まこと 宇梶剛士

<上演時間>
【1幕】1時間45分【休憩】15分【2幕】1時間30分
【合計】3時間30分

こまつ座HP

写真提供:こまつ座
おけぴ取材班:chiaki(文) 監修:おけぴ管理人

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