こまつ座第133回『人間合格』稽古場の様子をレポートいたします。『人間合格』は小説家・太宰治の人生を井上ひさしさんが描いた傑作評伝劇。1989年の初演から上演が重ねられ、6度目の上演となります。前回、岡本健一さんが演じた太宰(津島修治)も記憶に新しい──と思ったら!なんと2008年の上演、あれから12年も経っていたことに軽く衝撃を受けつつ向かった稽古場。そこでは2020年の『人間合格』に笑い、打ちのめされ、元気をもらいました。
(稽古はマスク着用で行いましたが、短時間マスクを外して撮影いたしました) 「太宰治」と聞くと、度重なる自殺未遂や心中未遂、薬物中毒……憂い顔の影のある人物という印象。それが本作ではちょっと違うのです。出自や生き方に悩み、時代の荒波の中でもがきながらも、友と夢や理想を語り合いながら生きた太宰の姿がコント風の笑いの中で描かれるのです。
撮影 宮川舞子
ものがたりは昭和5年から23年、戦前、戦中、戦後、まさに激動の時代が舞台となります。この日の取材ではプロローグから3場までの稽古を見学。ひと通り芝居の流れは作り上げられていて、細部を磨き上げる作業が丁寧になされていました。そこでは演出の鵜山仁さんの情熱と茶目っ気を感じました。「こんな風に」の例えが面白く、それによって稽古場が和む場面もたびたび見受けられました。緻密ながら風通しがいい、新しい『人間合格』が生まれそうです!
◆撮影 宮川舞子
学生下宿で出会った3人の青年。津島修治(後の太宰治)、左翼活動家の佐藤浩蔵、新劇研究生の山田定一の友情を軸に進む物語。この3人を演じるのは、青柳翔さん、塚原大助さん、伊達暁さん。みなさん、こまつ座初登場!
地主による搾取に苦しむ小作人の解放を訴える!そんなシュプレヒコールの練習をする佐藤と山田。彼らはフロシキ劇場なるものを結成し社会主義思想を広める活動をしていた。思想に共感し、生涯の友情を誓いながらも、どこか居心地の悪そうな津島。なにせ彼の実家は青森でも有数の大地主で大金持ちなのですから。
青柳さんが演じる津島はどこか憎めない男。左翼活動に身を投じようとするものの、結局は実家を継いだ兄からの高額な仕送りを頼ってしまう。大いなる矛盾をはらみながら生きる姿に少々イラっとさせられるのですが、ついつい許してしまうのは太宰の純粋さゆえか。稽古では鵜山さんの言葉に耳を傾け、その意図を咀嚼し芝居に反映する青柳さんの姿が印象的でした。その視線は熱い!
ストイックな佐藤を演じるにあたり、そのたたずまいに一本筋の通った“強さ”見せるのが塚原さん。そしてこの日は、ただ一心に非合法運動に邁進する場面を拝見しましたが、ここから佐藤が直面する葛藤、決断。それをどう見せてくれるのか楽しみです。
一方で、軽妙な芝居で笑いを誘うのが山田を演じる伊達さん。飄々とした雰囲気が佐藤と好対照な山田、でもなぜか気の合うデコボココンビ。伊達さんの張りのある声と繊細な芝居が随所で光り、思わず笑ってしまうのです。ちょっとした仕草や視線が見ている者のツボを刺激します。
そこに登場する修治の実家、津島家の番頭・中北芳吉。演じるのは、やはりこまつ座初登場の益城孝次郎さん。会話の文脈や劇中のやり取りでギリギリわかるバリバリの津軽弁の台詞を操る益城さんは青森県出身。なるほど、お見事!津島家の使いで東京へやってきて、修治に苦言を呈しつつも助け舟を出すお目付け役。いわゆる体制側の強者を象徴するような人物です。修治たちが中北から活動資金を引き出そうとするも話は思わぬ展開を見せ──。
この日はタワシを売りながら活動資金を集め、左翼活動に精を出すところから3人がそれぞれの人生を歩み始めるまでを見ましたが、ここから時代は戦中、戦後へと突き進みます。別々の道を進んだ3人と中北の奇妙な縁がもたらすその後の展開は笑いに加えて、人間の怒り、哀しみを映し出します。テンポの良いコントのようなやり取りから、さらにもう一段ギアが入った芝居に期待です!
撮影 宮川舞子
ここまで触れずに参りました女性キャストの北川理恵さんと栗田桃子さん。鵜山さんの信頼も厚いお二人はものがたりの中でさまざまな役として登場するのです。下宿屋の女中さん、カフェの店員(を装った〇〇)、旅館の女将さんやそこで働く戦争未亡人などなど。北川さんははつらつとした歌声や三味線などでも舞台をパッと明るくし、栗田さんは出てくるたびに全く違うキャラクターなのですが、どれもブレナイ!この日は青木ふみ役を見ることができませんでしたが、そちらも楽しみです。
稽古中印象的だったのは、北川さんへの鵜山さんの大胆なリクエストの数々。「ここでさり気なく頭を看板にぶつけてみましょうか。角だとちょっと痛いかな」というような、思わず無茶ぶりか?!というようなところも果敢に挑む北川さん。そして、最終的に本番でそのやりとりが残っているかはわからないのですが、稽古で試されたところを見てみると絶妙にワンテンポ外すような面白さが生まれるのです。一方で、ともに文学座に所属し、こまつ座『父と暮せば』でもタッグを組んだ栗田さんと鵜山さんのやりとりは阿吽の呼吸。強い信頼関係を感じました。
撮影 宮川舞子
最後になりましたが、この戯曲。改めてグザグザと突き刺さる言葉がいっぱい!一見、正反対に見える中北と佐藤、そんな二人を「かくあるべし」を強いる、強者であるという点において“同じ”だと津島は言います。かくありたいけれど、ままならない…。弱き者の視点で世間を見て寄り添う。井上さんの優しさを感じます。ほかにも、「わが身大切と万人平等、この対立なんだよ、人間の歴史は」(7場)と今を生きる私たちに突き付けられるメッセージ、文学の仕事を「だれも見てはいないけれど、宝石よりもっとずっと貴い出来事がたくさんおこっている(中略)それを文章にしようと思った」(6場)という小説家、文学者への愛。たくさんの言葉の宝石が詰まっている作品です。
井上ひさしさんが亡くなって10年、困難に直面したとき「井上さんだったら何を思い、どんな言葉を紡いだだろうか」いつもそんなことが頭をよぎります。その答えを知ることはできませんが、そのヒントは井上さんが遺してくれた作品の中にたくさんちりばめられている。『人間合格』のお稽古を拝見し、戯曲を読み、そのことを改めて感じました。決して色あせることなく、むしろ輝きを増す『人間合格』。本作の劇場での上演を待ち望んでいたみなさんも、まだ見たことのないみなさんも、(無理のない範囲で)ぜひご覧ください。
コロナ禍の稽古場は検温、消毒、マスク着用とこれまでと様子は違います。そして、だからこそそこで作り上げられる2020年の『人間合格』は、今、必要とされるメッセージを有しているように思うのです。作り手(演者)も受け手(観客)も今を生きる人間。そんな当たり前がとても愛おしく感じられるのでした。井上ひさしさんが私たちに残してくれた作品という財産。そこから「さぁどうする」「これでいいのか」そんな問いが聞こえてきます。
撮影 宮川舞子
★劇作家・井上ひさしの遺した言葉を、
そして演劇を次世代に繋ぐ★ 3月から5月の間、3つの公演が中止・延期となったこまつ座。継続・存続のための
クラウドファンディングも受付中です。みなさんからの応援コメントも熱いです!!
稽古場写真提供:こまつ座
※稽古はマスク着用で行いましたが、短時間マスクを外して撮影いたしました
おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人