こまつ座創立40周年の第1弾『きらめく星座』稽古場レポート



座付作者井上ひさしに関係する作品のみを専門に上演する制作集団・こまつ座は、今年、創立40周年を迎えます。

観劇人生を振り返ると、心にきざまれたあの作品、この作品と思い出は尽きません。『頭痛肩こり樋口一葉』『父と暮せば』『太鼓たたいて笛ふいて』『紙屋町さくらホテル』『木の上の軍隊』『母と暮せば』……みなさんの中にも思い出の“こまつ座作品”があることでしょう。

そんなこまつ座創立40周年の第1弾を飾るのは「昭和庶民伝」三部作の第1作『きらめく星座』。 この作品は、旗揚げ作品『頭痛肩こり樋口一葉』、『日本人のへそ』に続き、1985年に井上ひさしさんご自身の演出で初演されました。その後、再演を重ね、2014年より栗山民也さんが演出を手掛けています。

浅草のレコード店「オデオン堂」を舞台に、太平洋戦争前夜の昭和16年12月7日までの約1年間を描いた『きらめく星座』、稽古場にお邪魔してまいりました。



撮影:宮川舞子



撮影:宮川舞子

久しぶりのこまつ座の稽古場、そこにあるのはオデオン堂の帳場と茶の間のセット。
劇中で、久しぶりに帰ってきたこの家の息子・正一さんが発する台詞「変ってないなあ」が浮かびます。

そこでたくましく暮らす人々はますますパワーアップし、きらっきらに明るく輝いています。ただ、輝きを増す分だけ……。

オデオン堂の主人・小笠原信吉(久保酎吉さん)、その妻・ふじ(松岡依都美さん)、長男・正一(村井良大さん)、長女・みさを(瀬戸さおりさん)とその夫・源次郎(粟野史浩さん)、下宿人の竹田慶介(大鷹明良さん)とピアノ弾きの森本忠夫(後藤浩明さん)、正一を追う憲兵伍長の権藤三郎(木村靖司さん)が主な登場人物です。

この日は第二幕の衣裳付き通し稽古。
第四場「鶏卵(たまご)」からスタートです。
もうこの言葉から、あのシーンだ!と思われる方もいらっしゃるでしょう。とは言え、たまごが登場するのはもう少し先のこと。

まずそこに居るのは、信吉さんとふじさん、そうオデオン堂のお父さんとお母さんです。情に厚く、明るい歳の差夫婦の二人はとてもお似合い。二人は電蓄(電気蓄音機)から流れる流行歌「青空(マイ・ブルー・ヘブン)」に耳を傾けてちょっとした身の上話に花を咲かせます。ゆったりのんびりとした穏やかなときを過ごす傍らにレコードの小さな山が2つ、3つ。台本のト書きにある景色が広がります。その何気ない一瞬の景色と空気から観客にほどよい情報量で伝わるもの。作品を紹介しながらこんなことを言うのも変なことですが、そこが井上戯曲のすごさ。耳慣れない言葉、習慣などもあっても、舞台を観ているだけでちゃんと登場人物の人となり、関係性はしっかりとわかるのです。「むずかしいことをやさしく」です!

久保さん演じる飄々とした信吉さんのしなやかな強さ、家族を照らす松岡さんのふじさん太陽のような明るさはこの家の要、つまり作品の要です。今回とても印象的だったのは松岡さんのドンとこいという頼もしさ(2020年の同役の演技などで第55回紀伊國屋演劇賞 個人賞を受賞されましたが、さらにパワーアップ)! 元歌手の華やかさと気風の良さが魅力のふじさんは、後妻さんで、正一さんやみさをさんの実母ではありません。そこに複雑な思いもある、でもそれよりも覚悟を感じさせるのです。娘のみさをさんを見つめる視線は紛れもなく家族です。

そこにやってくるのはみさをさんと夫の源次郎さん。源次郎さんは傷痍軍人、根っからの軍人さんです。そんな源さんが失ったはずの手が痛む“幻肢痛”の症状に苦しむ。瀬戸さんと粟野さんが演じる不器用な夫とそれを懸命に支える妻。大きな問題に立ち向かおうとする夫婦の葛藤、そんな二人を見守る人々との関係性、劇中で大きく変化する二人です。信吉さんとふじさん、みさをさんと源さんという2組の夫婦のなれそめは第一幕でしっかりと描かれます。

続いては下宿人の広告文案家の竹田さんとピアノ弾きの森本くんの登場です。いよいよ戦争の足音が近づき、仕事がなくなってしまった竹田さんが感じる肩身の狭さ、それでもなんとか役に立とうとする姿。口数は少なくともいつもピアノの前に座り家族のやり取りに耳を傾け、音楽で団らんに加わる森本くん。二人もまたオデオン堂の家族なのです。

そして「たまご」の登場です。竹田さんがなんの行列かわからないけれど並んで手に入れたたまご1個。ちゃぶ台の真ん中に鎮座したたまごを見つめて、さぁどう料理しようかとそれぞれが想像力を目いっぱい膨らませる。例えば、信吉さんなら。

(うっとりしながら)コチンと割ってさ、チヤーツとお醤油をかけてさ、お箸でカチヤカチヤカチヤカチヤと手早く搔き回してさ、炊き立てご飯の真ン中にお箸を立てて穴をあけてさ……

もう想像するだけでよだれが……という見事な描写!それが名調子で語られるので無性に卵かけご飯が食べたくなるのです! 続く、ゆで卵派、目玉焼き派、さらには‼というアイデアまで飛び出します。普段は相容れない考え方のせいで対立しがちな源さんと竹田さんもたまご談議で盛り上がる! たまご1個でよくもまあここまで!と笑いながら、当時の食糧事情など物質的な貧しさと一人ひとりの心の明るさや豊かさ、つましくたくましく生きる人々の暮らしの尊さがそこにあります。現代人が失ったたくましさが眩しい!

また、同時にもう一つのドラマも進み、果たしてたまごの運命やいかに。そう思うと、やっぱりここは「鶏卵(たまご)」の場です。



撮影:宮川舞子

そしてお待たせしました!この家の長男・正一さんの登場です。音楽学校で学んでいたこともある正一さんはその耳のよさが災いして、野戦砲の発射音に耐え切れず砲兵隊から脱走。以後、脱走兵として職を変え、住まいを変えて逃げています。“オデオン堂定点観測”のお芝居ですが、逃げている途中でときどきオデオン堂に立ち寄る正一さんがその時々の“世の中”を届けます。それによってオデオン堂の人々は語り合い、真実にたどり着く。

登場するたびに別人のように風貌が変わる正一さんを演じる村井さんは、こまつ座初登場! 根っこにある底抜けの明るさと繊細さ、鋭い洞察力、素直さがギュギュっと詰まった新鮮な正一さん像です。物語をより一層カラフルにする正一さん七変化にもご期待ください。そして隙あらば歌い踊る正一さんが、潜伏先で見た世間を語るとき、村井さんが発する声はグッと地に足のついたものとなります。

そんな正一を追うのが憲兵伍長の権藤さんです。憲兵ですので、それはそれは怖い存在です。確かに真面目に一生懸命に職務に励む権藤さんは厳しくもありますが、それだけではない。なんだかんだでオデオン堂の人々が好きなのでは? 居心地よさそう。世が世なら仲良く過ごせたのかな。そんなことを感じさせます。一見すると敵役のような権藤も井上さんがいっぱい愛情を注いで描いた人物なのです。それを体現するのが木村さん。お父さんと子どもたちのほかは血縁のないこの“家族”、肩寄せあって、ちゃぶ台を囲み、わずかなごちそうに舌鼓を打ち、語り合い、思い合う。人の繋がりについてもしみじみ考えさせられます。

通しのあとは栗山さんによって「そこは用意していない声で」「(台詞に込める)意思が少し強すぎる」「ポンポンと会話を」「しゃべる音のまま歌に」「どの音を立てるか」など細かく丁寧な修正が施されていきます。それによって、どうしたって状況はシリアスに向かっていく中でも、その切実さとともに明るさを失わない家族、人間の強さがより一層色濃くなっていきます。

こうしてオデオン堂を舞台に、そこに暮らす人々の生活を描いた物語。
そこでは音楽もとても大切な役割を持っています。心情を歌い上げるのとはまた違う、生活に根差し庶民を励ました『青空』『一杯のコーヒーから』などの流行歌たち(当時は"敵性音楽"と言われたジャズなど)。不思議なことにリアルタイムで親しんだわけではないのですが、過去の観劇の記憶がそうさせるのか、昭和の初めの曲がとても懐かしいのです。そして、もう一曲『星めぐりの歌』も印象的です。竹田さんが岩手の山の中の小学校で生徒たちと歌った宮沢賢治の歌。その楽譜を手にしたふじさんがとつとつと歌い始め、それに合わせて森本くんがピアノを弾く……こんなにも心にしみる歌はないのではないか、そう思わせる歌(場面)です。そうやっていつも空を見上げて星の話をする竹田さん、言葉を扱うことを生業とする彼の「人間広告」は劇場で、生で聴き、心に刻んでいただきたい名台詞中の名台詞です。



撮影:宮川舞子

やがて彼らは生きるためにそれぞれ決断をします。
そこで、2幕冒頭の“ちょっとした身の上話”が思わぬ形で実を結び……そこはぜひ劇場で。防共護國団の団員や電報配達の若者などで髙倉直人さん、小比類巻諒介さんもご出演されます。


再演(もしくはそれ以上!)の方の多い今回の『きらめく星座』、なんだかそれぞれのキャラクターが「みなさん本当にここで暮らしていますよね」と言いたくなるほど、“板について”います。そして、初出演の村井さんも「ここで生まれ育ちましたね」という空気をしっかりと纏っています。家族の輪にぽんと飛び込む朗らかさはまさにオデオン堂育ち!! そんな日常、生活感がしっかりと伝わってくるからこそ、その輝きを脅かす戦争の影が恐ろしく、腹立たしくもあるのです。

戦争の足音が近づく、これまでの上演でもそれを感じ、常に「今に響くメッセージ」と受け止めてきました。そして、2023年4月、世界を見渡すと戦争は起き、この国も戦争に向かおうというきらいすらある。その現実から逃げずに、過去から学ぶことの大切さを感じることのできる作品です。混迷の世、井上ひさしさんならなんとおっしゃるだろう。そんなことも考える昨今ですが、その答えは井上さんが遺してくれた作品の中にあります。その声を、俳優のみなさんが届けてくれる──ますます深みと輝きを増した『きらめく星座』をお見逃しなく。

また、本作は明治節(文化の日)、紀元節(建国記念の日)など、その多くの場は現在の国民の祝日の出来事として描かれます。茶の間にある日めくりカレンダー、そこに込めた井上さんの思いも心に留めてみるのもおすすめ。

こまつ座創立40周年の公演は、今後、「昭和庶民伝」三部作の第二弾!栗山さん演出、山西惇さん、松下洸平さん、浅利陽介さんら新たなキャストを迎えて11年ぶりに上演される『闇に咲く花』(2023年8月、9月)、鵜山仁さん演出、高橋和也さん、霧矢大夢さんらキャストを迎え22年ぶりに上演される『連鎖街のひとびと』(2023年11月~)と続きます。

「演劇を取り巻く環境はコロナ禍など時代と共に常に変わっておりますが、私たちはこれからも創業時の理念である「演劇で平和を伝える」を大切に、映像配信など新たなお客様の創造にも取り組みつつ、劇場で「生」の舞台をご覧いただけるよう、質の高い作品をお客様にお届けしてまいります」(こまつ座40周年ラインナップリリースより)

これからのこまつ座さんにも注目です!




☆★スペシャルトークショー★☆
4月13日(木)1:00公演後
松岡依都美・久保酎吉・村井良大・粟野史浩・瀬戸さおり
4月18日(火)1:00公演後
村井良大・後藤浩明・木村靖司・大鷹明良
※トークショーは、開催日以外のチケットをお持ちの方でもご入場いただけます。

☆★ささめやゆき氏 原画展示&ホワイエトーク開催決定★☆
こまつ座40周年の記念として、公演終了後の劇場ロビー(ホワイエ)にてささめやゆき氏の描かれた『きらめく星座』原画をお借りしてロビーにて展示いたします。ここでしか見ることができない貴重な機会、どうぞお見逃しなく!
<ホワイエトーク>
4月14日(金)1:00公演後
ゲスト:ささめやゆき(宣伝美術)

☆★こまつ座40周年ガチャ★☆
『きらめく星座』より、東京公演劇場ロビーにガチャガチャを設置いたします。中身は色々♪思わぬ掘り出し物もあるかも!?
星のきらめく☆☆夜公演にご来場のお客様全員にはこまつ座ガチャ《1回プレゼント》いたします!
【公演情報】
こまつ座第146回公演『きらめく星座』
東京公演:2023年4月8日(土)~4月23日(日)@紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
全国公演:
5月7日(日)~14日(日)@北海道演劇鑑賞会 ※会員制公演
5月20日(土)~27日(土)@神奈川演劇鑑賞会 ※会員制公演
5月29日(月)~31日(水)@福島演劇鑑賞会 ※会員制公演
6月3日(土)@山形・川西町フレンドリープラザ
6月9日(金)@群馬・高崎芸術劇場
6月18日(日)@大分・J:COM ホルトホール大分
上演時間:3時間予定(休憩含む)

作:井上ひさし
演出:栗山民也

出演:
松岡依都美 久保酎吉 村井良大 粟野史浩 瀬戸さおり
後藤浩明 髙倉直人 小比類巻諒介 木村靖司 大鷹明良
http://www.komatsuza.co.jp/

稽古場写真提供:こまつ座
おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人

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