ミュージカル『ラグタイム』が、日本演劇の名門・日生劇場60周年イヤーを飾る!ブロードウェイ発、驚異のミュージカル叙事詩と謳われる本作は、『ライオン・キング』『キャバレー』といった名作が上演された1998年トニー賞ミュージカル部門において、13部門ノミネート、最優秀脚本賞・最優秀オリジナル楽曲賞など4部門受賞。ほか、ドラマ・デスク賞ミュージカル最優秀作品賞・最優秀脚本賞・最優秀作曲賞など、数多の賞に輝きました。
物語の舞台は20世紀初頭のニューヨーク。アメリカの移民の約9割がやってきたといわれる激動の時代。ユダヤ人、黒人、白人。それぞれのルーツをもつ3つの家族が固い絆で結ばれ、差別や偏見に満ちた世界を変えていこうとする──。
この物語の中心を担う3人。娘の未来のためにラトビアから移民としてアメリカにやってきた
ユダヤ人・ターテ役の石丸幹二さん、新しい音楽“ラグタイム”を奏で、新時代の到来を願う
黒人ピアニストのコールハウス・ウォーカー・Jr.役の井上芳雄さん、正義感にあふれ人種の偏見を持たない、
裕福な白人家庭の母親・マザー役の安蘭けいさん、そして本作
演出の藤田俊太郎さんのご登壇による製作発表会見が行われました。夢の顔合わせと話題沸騰のカンパニーを代表するみなさんのお話は機知に富み、舞台芸術への深い愛と敬意にあふれています。さっそく会見レポートをはじめましょう。
藤田俊太郎さん(演出)井上芳雄さん 石丸幹二さん 安蘭けいさん
ご登壇すると会場がパッと華やぐ、数々の舞台で感動と興奮を届けてきたみなさんの揃い踏みは予想以上に壮観です。
【ミュージカル『ラグタイム』の印象】
──まずは作品の第一印象とオファーをもらった時の気持ちからお聞かせください。石丸幹二さん)この作品をブロードウェイで観たのは1998年か99年。様々な人種が登場し、アメリカの歴史、社会を描いている物語ですが、それが音楽に乗せて届けられたことで、外国人である僕の心も動かしました。この作品から大きな幸福感を得たことを覚えています。同時に「出たい!」という思いと、これを日本で上演したらみなさんはどんな反応をするのだろうかということも頭をよぎりました。以来、この作品を日本のお客様に届けられる日を待ち望んでおりましたので、四半世紀の時を経て、こうして日本で上演できること、出演できることをとても嬉しく思っております。
井上芳雄さん)僕は非常にアメリカ的なミュージカルだという印象を持ちました。それゆえ日本での上演は難しいと思っていたので、この作品が日本で上演される日が来たことに、いちミュージカルファンとして興奮しています。オファーをいただき、この作品になんとか関わりたいという思いがあったので、現在は『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』の本番と本作の稽古に取り組んでいます。この夏は燃え尽きるんじゃないかという気もしますが、それ以上に幸せな夏だと感じています。今、日本で、僕たちがやる意味を、稽古を通してたくさん発見、獲得し、それをお客様と共有できたらいいなと思っております。
安蘭けいさん)素晴らしいミュージカルに出会えたことを嬉しく思っています。幹二さんや芳雄さんをはじめとする素敵な共演者の皆様とご一緒できること、そして藤田さんの演出を受けられること、期待でいっぱいです。マザー役は俳優としてとてもやりがいのある役、オファーをいただいた時は飛びつくように「やらせてください!」とお返事いたしました。
藤田俊太郎さん)とても美しく楽しく心躍る音楽にあふれ、同時に胸を強く締めつけるような痛みを伴った素晴らしい作品をお客様にお届けできることに、とても興奮しております。演劇やミュージカルに携わる中で、時に震えるような瞬間がやってきます。本作の演出のオファーをいただいた時が、まさにその時でした。続いて、石丸さん、芳雄さん、安蘭さんをはじめとする素晴らしいキャスト、ミュージシャンといったカンパニーの顔ぶれに二度目の震えがありました。さらに、稽古が始まるまでの準備段階で感じたスタッフの熱量に、三度震えています。ひとつの作品でこんなに震えることはなかなかありません。初日には四度目の震えがやってくるのではないかと思っています。
井上さん)だいぶ暑い夏なので震えも……ちょうどいいかな(笑)
藤田さん)暑い夏に身を引き締めながら、震える思いで臨んでいきたいと思います(笑)
【ラグタイムの音楽性】
──石丸さんに伺います。ブロードウェイで観劇された際に、とくに印象に残ったシーンや楽曲などありましたらお聞かせください。 石丸さん)幕開きのタイトルソング♪Ragtimeに、藤田さんじゃないですが、震えが止まりませんでした。
異なる民族の人たちが次々と登場し、やがて融合していく演出。一度きりの観劇でしたが、ものすごいものを浴びて、ここに加わりたいという思いが沸き起こったことを覚えています。そしてやっぱりミュージカルは冒頭(が大切)なのだと改めて思いました。
また、音楽と演技がすごくマッチしているという印象も持ちましたが、そこは今回の公演の音楽監督である江草(啓太)さんの説明ともしっかりと結びつきました。“ラグタイム”という音楽の成り立ち、3つの民族によって音楽が異なること、そのキャラクターのフレーズにバックボーンが見えるなど、音楽に答えのある作品です。
──今、石丸さんからもお話のあった本作の楽曲について。すでに歌稽古が始まっているそうですが、現時点での印象をお聞かせください。 井上さん)たくさんの名曲があります。それも、ただ(単体で)いい曲というだけでなく、作品としてひとつの信念が貫かれているところに名作と言われる理由があると思います。そもそもタイトルが音楽のジャンルです。先ほど石丸さんもおっしゃった、江草さんの“ラグタイム”の成り立ちについてのお話、それは白人のリズムと黒人のリズムを合体させたものだと聞いた時、まさにそれこそがこの作品のテーマであり、もっと言えば僕たち人間が目指そうとする未来の道標になると感じました。
安蘭さん)私が演じるマザーは白人。白人の音楽は優雅な三拍子で表現されます。ただ、それが最後のフレーズで突然四拍子に変わり、そこからターテの楽曲へと移っていく。そこでマザーの気持ちが少しずつターテに向いていることが表現されているのです。そのように音楽を読み解いていくのがとても面白く、たくさんの発見をしているところです。
──石丸さんは実際に歌われていかがでしょうか。石丸さん)ターテはユダヤ人。その楽曲にはユダヤの音楽的要素が組み込まれたおり、歌うのは容易ではありません。でも、この“音程感”が自分のものになったなら、ユダヤの人々の魂の叫びを内包する表現にできるのではないかと感じています。さらに、昨日、振付家のエイマン・フォーリーから、それぞれのキャラクターによって動き・ムーブメントを変えるというお話がありました。つまりターテにはユダヤらしい動きをつけると。ユダヤらしい動きを想像できなかったのですが、ユダヤ人を自身のルーツのひとつに持つエイマンが実際に動いて見せてくれました。稽古を重ね、音の動きと身体の動きが融合したナンバーをお届けしたいと思っています。
【明かされた演出プラン<20世紀初頭のアメリカと今の日本を繋げる><異なる人種の表現>】
──現在お話しできる範囲での演出プランをお聞かせください。藤田さん)ひとつは20世紀初頭のアメリカを生きた人たちと、今、生きている俳優たちがどうシンクロしていくのかについて。石丸さんが演じるターテは切り絵アーティスト。その切り絵を繋げたフリップブック(パラパラ漫画)はやがて映画の原型となり、ターテもまた映画監督になっていきます。このターテの変遷から着想得て、ターテの切り絵が当時の写真や切り絵となり舞台上に浮かび上がる。その静止していた切り絵や写真が動き出し、それが俳優の動きとなり、やがて彼らが演じ始める。そんな演出を考えています。
また本作においては、ユダヤ人、黒人、白人と3つの人種の表現をどう分けるのかが演出の大きなテーマとなります。人種の違いを表現する仕掛けはいくつか考えています。
井上さん)その人種の違いが現れるのが肌の色ですが、今回はそういった(舞台メイクによる)外見の変化では表現しないんですよね。
藤田さん)はい。作品のビジュアルの通り、衣裳でお分かりいただけるところもあります。それだけでなく、いろんな仕掛けでお客様に(情報を)渡していく、明確に伝わるようにと考えています。
石丸さん)振付、身体表現もそのひとつですね。たくさんの俳優が出るわけではないので、(アンサンブルキャストは)シーンによって演じる役の人種も変わります。そこで、動きによっても移民なんだ、白人なんだということが明確になると伺っています。
藤田さん)そうですね。そうやって振付、音楽、言葉(翻訳)、衣裳、そして俳優、全てのセクションが手を取り合って、「今、どの人種を演じているのか」を明確にすることを目指しています。
【夢の初共演】
──石丸さんと井上さんは作品では初共演です!井上さん)石丸さんは大学の門下の先輩でもありますし、僕はこれまで“石丸幹二”になるために頑張ってきたようなところがあります。そもそも東京藝術大学に入ったのも(笑)。多彩な分野で活躍されているということでも、ずっと背中を追っている先輩ですが、これまでなかなか一緒の作品ということがなく、ようやくご一緒できることが嬉しいです。でも、これは内緒にしておいて欲しいのですが(笑)、僕ら3人の絡みというと……
石丸さん)僕は瞳子ちゃん(安蘭さん)とは、2作品(『スカーレット・ピンパーネル』『蜘蛛女のキス』)で共演しているので、きっとこんな感じの素敵なシーンになるのだろうというイメージがわきます。
安蘭さん)幹二さんは舞台上で絶対的な安心感を与えてくださるので、私も今回の共演もとても楽しみです。
石丸さん)芳雄くんとは……歌の絡みは実はあまりなく。でも、藤田さんの演出によって芳雄くんがパフォーマンスしているところに、どうやら僕もいるかもしれないという。
藤田さん)ターテという役は、この作品を俯瞰している役どころでもあるので、台本にはないけれど、台本からはみ出さないような3人の絡みというかシンクロを作るというのも、この作品における僕の仕事ではないかと思っています。
石丸さん)ということですので、3人が一つの舞台上でパフォーマンスできることを楽しみにしています。
【互いに質問】
──ここで互いに質問のコーナーへ! まずは石丸さんから藤田さんへの質問をご紹介いたします。石丸さん)藤田さんとの出会いは、蜷川幸雄さん演出の『コースト・オブ・ユートピア』。僕は出演者、藤田さんはそこで演出助手をされていました。そこで感じた蜷川イズムを藤田さんにも感じます。普段は意識されないと思いますが、藤田さんの演出には、蜷川イズムがどの程度影響を及ぼしていますか。
藤田さん)ものすごく影響があると思います。
ただ僕は、100の蜷川イズムと100のそうでないもので作品作りに臨んでいます。僕が思う蜷川イズムは舞台をどう構成していくかということ。そこは引き継ぐと言うと大げさですが、現場で俳優やスタッフと対峙し戦っていくためのイズムとして持っています。
石丸さん)そこに蜷川さんを感じるんだろうな。蜷川さんが作品に注いだ愛や思いに似たものが、藤田さんから感じられることを、僕は嬉しく思っています。
藤田さん)そう言っていただけると僕も嬉しくて。どれだけ作品を愛しているか、究極それだと思うんです。だから僕は作品を愛したい……急に告白の時間になってしまいました(笑)。
石丸さん)愛してください!
藤田さん)俳優を愛するという、それもまた蜷川イズムの僕なりの継承だと思っています。ただその上で、あえてこの言葉を用いますが、蜷川さんはカリスマ。僕はもちろんカリスマではないですが、カリスマの現場を知る人間として100%(オリジナルの)自分の現場を作っていきたい。そこでは俳優に寄り添い、一歩ずつともに歩んでいきたい。これは蜷川さんの厳しさと表裏なんです。蜷川さんに対する150%のリスペクトをもって、自分の現場を作りたいと思います。
井上さん)演劇愛を熱く語り合う二人に挟まれた僕の立場(笑)
──続いては井上さんから安蘭さんへ。井上さん)再会した瞳子さんはこれまでにも増して人生を謳歌されている様子。発するオーラが南国のようですが、何かきっかけがあったのかなと。
安蘭さん)何にもないです(笑)。でも、毎回現場に入る時は真っ白な状態で、そこでの時間を楽しもうと思っています。
井上さん)やっぱり楽しいですか。
安蘭さん)楽しい!稽古が進むとたぶん辛くなる時もあると思いますが、こうしてみんなに会えることやものづくりが本当に楽しい!
石丸さん)素敵だね。昨日は特にはじめて全員が揃う日で、そこではなおさら輝いていて、やっぱりスターだよね。
安蘭さん)昨日は着ていた服もキラキラしていたので(笑)。
【お客様へのメッセージ】
安蘭さん)今は多様化と言われる時代ですが、そこにはまだ差別があります。この作品が、もう一度、差別とは何なのかを考えるきっかけになればいいなと思っています。そして、たくさんの愛が詰まったお話でもあるので、みなさんにたくさんの愛を持ち帰っていただける。そんな作品になるよう稽古に励みます。
井上さん)演劇の持つ使命の一つとして、過去に起きたこと(歴史)、知らなかったことをお客様と一緒に共有するということがあります。その意味でも重要な作品ですし、それをミュージカルでお届けできるということは、僕にとってとても大きなことです。
僕は井上ひさしさんの作品が好きなのですが、井上さんの作品もやはり過去に起こったことを演劇で、エンターテインメントとして、今のお客さんに届ける役割を果たしています。そして、井上さんは「劇場はユートピア(理想郷)、その一瞬だけでも夢を見る“夢のゆりかご”だ」とおっしゃっていました。この作品で、最後にターテが見る夢は、もしかしたらそんな理想郷かもしれません。でも、僕らは、そのイメージをしっかりと持ってい進んでいかないと、この先大変なことになるのではないか。僕はそう思っています。今、上演する意義のある素敵な作品です。一人でも多くの方にご覧いただきたいと思っています。
石丸さん)ターテという役は、僕にチャプリンを思い起こさせます。チャプリンは映画を世の中に普及させていった人、ターテもまたフリップブックから発展した映画作りを通して世の中へ出ていった人。映画人というところで二人が重なり、それによって、僕の中で、100年くらい前に起こっていたことがすごく身近に感じられます。
現代に目を向けると、AIが世の中を席巻し、私たちはまたあの頃と同じように新しいものに翻弄されながらも、どうにか乗り越えようとしています。どうやって乗り越えるか、どんな夢をもって立ち向かうのか、それを提示してくれる作品です。ここで描かれていることは、国や時代は違えどもけして他人事ではありません。世の中で起こっていることに向き合った作品、真に社会派のミュージカルになると思います。みなさん、どうぞご期待ください。
藤田さん)この会見の雰囲気の通り、優しさとリスペクトにあふれたカンパニーです。それはここにいるメンバーだけではありません。みんなでいい作品にしたいと思います。この作品は、他者との間に線を引いてしまう「分断」が大きなテーマになっています。でもそれだけでなく、音楽や他者と手を携える「喜び」も描かれます。
そしてターテは映画監督です。彼の映画の向こう側にいる観客と、劇場にいらっしゃるお客様がシンクロしていく。それがこの作品の最終着地点だと思っています。この作品をこのカンパニーで作れることを幸せに思い、劇場でたくさんの素敵なお客様にお会いできる日を心待ちにしています。
◆およそ100年前に生きた人々の姿に何を思うのか──過去を描いた作品が現代に響き、未来を作る。メッセージ性、音楽性、そしてそれを体現する表現方法、どれをとっても簡単ではない『ラグタイム』。この顔合わせなら素晴らしいものになる!という上演発表からの期待が、確信に変わる会見でした。公演は、9月9日から30日まで日生劇場にて、その後、大阪・梅田芸術劇場(10月5日~8日)、愛知・愛知県芸術劇場(10月14日、15日)にて上演です。
【あらすじ】
ユダヤ人のターテ(石丸幹二)は、娘の未来のために移民となり、遠くラトビアからニューヨークにやってきた。黒人のコールハウス・ウォーカー・Jr.(井上芳雄)は才能あふれるピアニスト。恋人のサラ(遥海)は彼に愛想をつかし、二人の赤ん坊を、ある家の庭に置き去りにしてしまう。赤ん坊が置き去りにされたのは、裕福な白人家庭の母親 マザー(安蘭けい)の家だった。偏見を持たず、正義感にあふれるマザーは、夫のファーザー(川口竜也)が長く家を不在にしている中、赤ん坊を拾い上げ家に迎え入れる。マザーの弟であるヤンガーブラザー(東 啓介)は生きがいをもとめる不器用な若者。アメリカ中の注目の的である美人女優のイヴリン・ネズビット(綺咲愛里)に愛の告白をするが、イヴリンは公衆の面前で彼にキスをしておきながら、その後すぐに軽く拒絶する。
ターテと娘はニューヨークに着いてから貧しい生活が続いていた。やがて同胞の女性アナーキストであるエマ・ゴールドマン(土井ケイト)、奇術師にして“脱出王”の名をとどろかせていた、ハリー・フーディーニ(舘形比呂一)と縁を結ぶことになる。
サラの愛を取り戻すため、マザーの家に身を寄せる彼女の元に通い詰めるコールハウスは、今や“ラグタイム”を奏でるピアニストとして世間で注目され始めていた。ヘンリー・フォード(畠中 洋)が世に送り出したT 型フォードを買うことができるくらいまで稼げるようになったが、黒人を蔑視する白人たちに車を破壊されてしまう。そんな中、教育者、作家として啓蒙活動を行う、ブッカー・T・ワシントン(EXILE NESMITH)のように、社会に影響を与える黒人も現れ始めていた。
自らの正義と、生まれたばかりの息子の未来を守るため、差別に立ち向かおうとするコールハウスではあったが・・・。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人