前川知大×世田谷パブリックシアター新作公演『無駄な抵抗』前川知大さんインタビュー

2009年の『奇ッ怪~小泉八雲から聞いた話』から始まった前川知大と世田谷パブリックシアターのタッグは、2011年の現代能楽集Ⅵ『奇ッ怪 其の弐』、2016年の『遠野物語・奇ッ怪 其ノ参』と続き、2019年には古代ギリシャの叙事詩「オデュッセイア」をモチーフにしたSF作品『終わりのない』を上演。これらの作品は観客からの支持を獲得するとともに、数々の演劇賞にも輝いてきました。そんな演劇ファン注目のタッグによる4年ぶりとなる新作公演が2023年11月に世田谷パブリックシアターで上演されます。 発表されたタイトルは『無駄な抵抗』、その心は──。
劇場で味わう、そのひと足、いやふた足先に作・演出の前川知大さんにお話を伺いました。



【運命と自由意思】

──本作『無駄な抵抗』は、前回の『終わりのない』の延長線上にあるような作品とのこと、どのようなテーマ、位置づけの作品となるのでしょうか。

世田谷パブリックシアターとは「奇ッ怪」3部作の上演に続き、西洋(ヨーロッパ)の古典へのアプローチとして、古代ギリシャのホメロス「オデュッセイア」を原典とした『終わりのない』を上演しました。今度は、その後の時代──多くの哲学者の登場、ギリシャ悲劇の成立など歴史的にも稀に見る文化が大きく発展した時代を題材にしようと考えました。そこで登場するのがソポクレスの「オイディプス王」です。「オイディプス王」は物語のひな形を生み出した作品であり、同時にそこにはギリシャ悲劇の大テーマである“運命”が如実に描かれています。そこから“運命”と“自由意思”をテーマにした今回の創作が始まりました。

──「オイディプス王」は紀元前、はるか昔の物語であるにもかかわらずそのテーマは現代にも強く響きます。その前の時代「オデュッセイア」をモチーフにした『終わりのない』もまた、現代を生きる私たちの日常とも繋がる作品として届けられました。前川さんの中で“あの時代”をどう捉え、どう作品に落とし込んでいるのでしょうか。
(※「オデュッセイア」紀元前8世紀頃/「オイディプス王」紀元前427年頃)

『終わりのない』では、個人の物語と人類の物語をテーマにしました。「オデュッセイア」から読み取れる神々との別れ、つまり神という絶対的な存在から、意志のある人間として世界と対峙していく様と、ある青年が親や自分を育んでいた環境から独り立ちするというイメージを重ねました。それで言うと『終わりのない』で描いたのは人類がまだ幼かった頃のこと。今度は、その先の民主制が生まれた頃に触れたいと思いました。

その「オイディプス王」が書かれた2500年前というのは、ギリシャでは哲学が、アジアでは仏教など、新しい思想が生まれた時期です。この世界がどうなっているのか、その起源を知ろうとする神話的世界(創世神話)から、その世界で自分たち人間がどう生きるのか、“生き方”に考えがシフトした時代とも言えます。そしてそこで生まれたのがギリシャ悲劇であり、個人の運命を描く物語です。「オイディプス王」について、先ほど、物語のひな形を作ったと言いましたが、それは人物配置があり、困難があり、それを乗り越えて成長するというような起承転結のあるおなじみの物語の在り方です。

僕個人の興味として、前段階の「世界がどうなっているのか」という世界への問いかけも続けるつもりですが、「オイディプス王」に代表される強い「物語」をお手本にするつもりです。本作では、「すべて神様の言う通り」と「自分たちの意思や文明で困難を乗り越える」、“運命”と“自由意思”をテーマに物語を描きます。

──それが現代劇に!

自分がどう生きるか──運命に抗うのか、それとも受け入れるのかというようなところになりますが、実は多くの人は運命を受け入れている。もっと言うと、今の時代はむしろ運命的なものに惹かれる傾向も見受けられます。あまりにも不安定な社会ゆえに、たとえば占星術のような、星の運行という自分の力など到底及ばないことによって導き出されたものを拠り所とし安堵するというような。

また、人生についても、どうしても僕ら、40代より上の世代、とくに高度成長期を生きてきた世代は、すべてが自由だという近代以降の考え方で、自分で人生を切り拓いてきたという意識が強く、そこに価値を見出すのですが、今は「もう(誰か)決めてくれ」というニーズもある。価値観も人それぞれです。そんな一人ひとり異なる、自分の人生における運命との向き合い方のようなものを、現代を舞台に描いていこうと思います。

──運命というと、なんとなく天高くにある遠いものと捉えてしまいますが、割と近くにあるものかもしれないと思えてきました。

生まれた環境によって人生が決まってしまうということを表す“親ガチャ”という言葉。それも運命への向き合い方の表れのひとつ。それはけっして幸福な社会とは言い難いですが、格差がより顕在化している現在、運とか運命という考え方は、見方を変えれば日常にあるものなんです。

──自分の力の及ばないものを拠り所にする、そこには責任を負いたくないという意識もあるのでしょうか。

すごくあると思います。それは自由と責任という話になってきますが、自分で選んだのだから失敗しても、それは自分の責任でしょ、ということ。あまりに自己責任論が強まることについては、それもどうかと思いますが、それゆえに責任を取りたくないから自分の意思を発動しないということ、とくに組織の中で生きていると思い当たることが多いかと思います。そして、その自由は運命とも大きく関わってきます。

ここで「オイディプス王」に話を戻すと、オイディプスは最初から最後まで運命に翻弄されているように見えますが、この人には自由はなかったのかというとそうではない。すべての局面で、自分がよかれと思った選択をしているんです。それを「最終的に運命の通りになったのだから、自由はなかった」と僕は思いません。彼は自由だったと思うんです。そのように運命と自由意思を同時に体現しているというところに、「オイディプス王」という物語の面白さ、素晴らしさがあります。

──その辺りが本作でどう描かれるのか、楽しみです。


【無駄な抵抗】



──本作のタイトルは『無駄な抵抗』。率直に、これはポジティブに受け止めていいのか、はたまたネガティブなのか。

めちゃめちゃポジティブです!
多分、この言葉を聞いて真っ先に思い浮かぶのは「無駄な抵抗はやめろ」ですよね。でも、そう言ってくる人が溢れている世の中だからこそ、無駄な抵抗をすることが大事。オイディプスも結果的に無駄な抵抗だったかもしれませんが、最大の抵抗をしたから、人はその物語に感動する。ですので、これは「無駄な抵抗をしていこうぜ!」という、すごくポジティブなタイトルです。

──なにかと効率が重視される現代社会。“無駄”という言葉に、どのようなイメージを持たれていますか。

“無駄”こそ、最も豊かなこと。それはお芝居をやっているとよくわかります。演劇の稽古場でやっていることの90%は無駄なこと。でも、そうやって積み上げた無駄が、最終的にいい作品を作るのです。タイパ(タイムパフォーマンス)という言葉も耳にしますが、最短を求め、すべてのシミュレーションを終えて稽古場に入れば1週間でできるのかもしれません。でも試行錯誤を重ねること、つまり目には見えない無駄を積み重ねることが座組を、作品を強くする。そして、それによって生まれる確信というものが、リアルタイムで行う演劇にはとても大事になってくるんです。これは人生でも同じ。遠回りした人の人生にも同じような確信があり、どれだけ失敗したか、どれだけ無駄を積み重ねたかがその人の歴史を作る。“無駄”、この言葉にもポジティブなイメージを持っています。

──今作では、劇団「イキウメ」のメンバーももちろん、とても魅力的なキャストが揃いました。筆頭にお名前のある、池谷のぶえさんとはこれまでにも作品をご一緒されています。

「屈託がない」という言葉がありますが、のぶえさんは「屈託がありすぎる」(笑)。そこがとても魅力的です。すごく考え、悩まれるのですが、やることはさらっとしている。とても不思議で、魅力的な俳優です。今回も物語の中心で、無駄な抵抗をし続けるキャラクターを演じていただきます。それも、がむしゃらに抵抗するのではなく、すごく考えた結果、ふわっと選択を間違え、悶絶する。そういうのをのぶえさんがやったらきっと面白い。そして、そんな主人公の人生を、変に重くなりすぎないように見せてくれるだろうと期待しています。それに対して松雪泰子さんは、どちらかというと無駄な抵抗をさせる側のキャラクター。お二人は、小学校の同級生というようなイメージでペアの存在になります。

──そこにほかの登場人物がどう絡んでいくのか、それは見てのお楽しみですね。


【哲学と宗教】



──前川さんの作品は、観劇中はその世界に入り込んで物語を純粋に楽しみ、観劇後に哲学的な問いやテーマが頭をぐるぐるするような印象があります。本作にも通じるところですが、なかなか身近とは言えない宗教や哲学に興味を持ち、学ばれたきっかけは。

僕は、10代から寺巡りをしていました。当時、なぜ仏教に興味を持ったのかは自分自身よくわかっていませんでしたが、おそらく苦しんでいたのでしょうね。救いというと大げさですが、なにか心を落ち着かせるものを欲していたんだと思います。そこからもっと知りたいと思うようになりました。

──同世代ですが、我が身を振り返ると10代の頃は目の前に受験戦争があり、なかなか自分自身に向き合うことなく過ごしていたように思います。

僕はドロップアウトして戻って、またドロップアウトして戻って……それをずっと繰り返してきました。高校は進学校に入ったのですが、「このまま受験か」と思ったときにすべてが嫌になって中退しました。その後、本を読み、先ほどの寺巡りをして、もっと学んでみようと大学の哲学科へ。でも、その道に進むでもなく、一度、会社勤めをしたのですが、それも違うと思い演劇の道へ。ひたすらドロップアウトと戻るの繰り返しで、今に至っています。今は良いことだと思っているのですが、元来の気質として楽天的だったこと、違うと思ったときに立ち止まるというものが10代の頃からあったのかもしれません。そして、立ち止まったときに、生きるため、考えるためのヒントとして宗教に拠り所を求めた。とくになにかに帰依することはありませんでしたが、それが哲学への興味に繋がったのだと思います。

──ドロップアウトと戻るの繰り返し、その歩みはまさに……

無駄な抵抗です。無駄じゃないと思いながら、抵抗していましたし、今もしています。

──ここまでのお話に照らし合わせると、つまりはそれは豊かな人生を送ってこられたということですね! そんなこれまでの歩みは運命だと……。

そう思うようにしています(笑)。

──哲学や宗教が考えるためのヒントであるように、前川さんの作品を観ることが、あの世界はなんだったのだろうか、ではこの世界は……と世界や人生を考える入口のひとつになる。そこに観客は惹かれるのだとお話を伺っていて感じました。

そこを面白いと感じていただけることは嬉しいです。観ると気持ちが晴れるけれどすぐに忘れてしまうという作品もいいのですが、わからないところを残して、それを持ち帰って考えてもらいたい。そしてそれを楽しんでもらいたいと思っているので。

──ちなみに前川さんは、執筆の過程で物語のゴールを明確に設定されるのでしょうか。

あまり設定はしないです。演劇は、考えたことのプロセスが舞台上に乗るものだと思っているので。ただ、今回は下敷きとして「オイディプス王」があるので、ある程度のゴールは用意されていることになります。

──『無駄な抵抗』を観劇し、自分自身がなにを思い、どう考えるのか。ますます楽しみになりました。とても興味深いお話をありがとうございました。



撮影:伊藤大介(SIGNO)



撮影:伊藤大介(SIGNO)

【公演情報】
『無駄な抵抗』
2023年11月11日(土)~11月26日(日) @世田谷パブリックシアター
<兵庫公演>12月9日(土) 10日(日)@兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール

【作・演出】 前川知大
【出演】 池谷のぶえ 渡邊圭祐 安井順平 浜田信也
穂志もえか 清水葉月 盛隆二 森下創 大窪人衛
松雪泰子

『無駄な抵抗』公演HP

おけぴ取材班:chiaki(撮影・インタビュー)監修:おけぴ管理人

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