ミュージカル『ラグタイム』日本初演 観劇レポート

2023年9月、日生劇場にてミュージカル『ラグタイム』の日本初演の幕が開きました。
この作品は、1996年にカナダ・トロントにて世界初演、その後、ブロードウェイでは1998年に初演を迎え、その年のトニー賞ミュージカル部門において、13部門ノミネート、最優秀脚本賞・最優秀オリジナル楽曲賞など4部門受賞しました。

そこから四半世紀の時を経て、ついに実現した日本初演。
初日前会見では、ブロードウェイで観劇したときからこの日を切望していた石丸幹二さんは喜びと観客への受け止めへの小さな不安を語り、井上芳雄さんもまた「お客様がどう受け取るのかと同時に、これはミュージカル界にとって大事な作品だとも思っています。この表現方法が成立することは、演劇界に大きなインパクトを与えるという気もしていて」とコメント。安蘭けいさんらも含め、数々の作品を送り出してきたみなさんをもってしても自信と不安が入り混じる作品『ラグタイム』。観客の受け止めはいかに──その答えは日生劇場が震えるほどの万雷の拍手に表れていました。(以下、物語にがっつり触れます)



製作発表会見で藤田俊太郎さんが明かした演出のポイント<20世紀初頭のアメリカと今の日本を繋げる><異なる人種の表現>はオープニングから手応え十分。





物語を語り始めるのはリトルボーイ

「20世紀初頭のアメリカを生きた人たちと、今、生きている俳優たちがどうシンクロしていくのか。石丸さんが演じるターテは切り絵アーティスト。その後の彼の変遷から着想得て、ターテの切り絵が当時の写真や絵となり舞台上に浮かび上がる。その静止していた切り絵や写真が動き出し、それが俳優の動きとなり、やがて彼らが演じ始める」(藤田さん、製作発表会見コメントより)、それが見事に具現化されたオープニング。それと同時に、この作品におけるターテの立ち位置も観客に受け渡されるのです。

現代を生きる俳優と登場人物のシンクロ。二次元から飛び出すという仕掛けだけでなく、物語を三人称で語り始める俳優たちの役の距離感が絶妙な効果を生み出し、舞台上(物語)と客席(観客)をフラットな関係にします。

また、黒人のコールハウスやサラが名前を持つのに対して、白人家族はマザー、弟など固有の名前はありません。ユダヤ人のターテもその名は父という意味。それによってある母親、ある父親というその時代を生きた人の象徴のように存在し、コールハウスは物語の主人公といった印象。ただし白人やユダヤ人でも、肖像画の額縁から飛び出てきたようなヘンリー・フォードやJ.P.モルガン、エマ・ゴールドマンなど実在の人物たちは当然のことながらその名で登場。黒人のブッカー・T・ワシントンももちろん。

フィクションに実在の人物を登場させることで、時代をより現実に引き寄せ、確かにあったかもしれないと思わせる一方で、その存在のしかたはユニーク。オープニングでも浮遊する二人、こちらの実在のモデルのイヴリン・ネズビットや奇術師ハリー・フーディーニは、どこかファンタジックな雰囲気を纏います。ふっと現れて、登場人物たちに関わっていくのです。でもよく考えると、コールハウスのもとに突然現れるヘンリー・フォードというまさかの競演シーンやエマとターテ、弟の接点も独特。こうして架空の人物が生々しく、地に足をつけて生き、実在の人物がファンタジックというのも作劇の妙と言えるでしょう。


もうひとつの演出のポイント、異なる人種の表現については。



白人は真っ白、黒人はカラフル、ユダヤ人はグレーとその衣裳で人種を表現。それに加えて、それぞれの人種の動き、踊りの対比も鮮やか。それによって想像以上に観客は混乱することなく、物語の世界を旅するのです。振付はエイマン・フォーリーさん、衣裳は前田文子さんです。♪Ragtime


ここで改めてあらすじをおさらい。

娘の未来のために遠くラトビアからニューヨークにやってきたユダヤ人のターテ(石丸幹二)、才能あふれるピアニストでラグタイムを奏でる黒人のコールハウス・ウォーカー・Jr.(井上芳雄)、裕福な白人家庭の母親 マザー(安蘭けい)。この3人を軸に物語は進みます。



実直な歌声や語り口に、娘を思う父親であるとともに、芸術家としての知性と高いプライドも感じさせる石丸さんのターテ。貧しさに打ちひしがれた日々から、やがてアメリカンドリームを掴み映画監督となった彼の視点で描くという本作の大きな枠組み。それを引き受けるにふさわしい佇まい、力量で作品をまとめ上げます。



時代の音楽を軽やかに奏で躍動する井上さんのコールハウス。
楽団に所属し仕事も順調、愛車も手に入れ、恋人サラと息子とともに明るい未来を思い描くコールハウスを襲う悲劇。彼が最後にたどり着く♪Make Them Hear You、井上さんの、熱量は高く、それでいてしっかりと語る歌声の訴えかける、巻き込む力たるや。この曲を聴き、改めてこのキャスティングに唸ります。



マザーの自我のめざめ、ファーザーからの自立も描かれます。
安蘭さんのマザーは物語の要で多くの人物と関わりを持つキャラクター。その優しさとフラットな感覚はアメリカの良心のよう。ほどよく抑制のきいた歌声から、♪Back to Beforeの強い意志を乗せた歌声まで、悩みながらも凛とした姿勢で己の人生に向き合うマザーです。



キリスト教徒としての信念か、彼女の本質がそうさせたのか、サラと赤ん坊を引き取ると決めたマザー。そのマザーに弟が言う「ありがとう」が印象的。

コールハウスの恋人サラ(遥海)は二人の間に生まれた赤ん坊をマザーの家の庭に置き去りにしてしまう。マザーは赤ん坊とサラを、夫のファーザー(川口竜也)が不在の家に迎え入れる。マザーの弟ヤンガーブラザー(東啓介)は何か打ち込めるものを探し、美人女優のイヴリン・ネズビット(綺咲愛里)に夢中になるも袖にされる。



その現場に居たら、エマ・ゴールドマンの演説に感化されるかもと思うほど、人を動かす声、言葉を発する土井ケイトさん。

一方、ターテと娘はニューヨークに着いてから貧しい生活を強いられる。やがて同胞の女性アナーキストであるエマ・ゴールドマン(土井ケイト)、奇術師にして“脱出王”の名をとどろかせていた、ハリー・フーディーニ(舘形比呂一)と縁を結ぶ。



固く閉ざしたサラの心を開いたきっかけは音楽“ラグタイム”

屋根裏部屋から姿を現すサラを見て、思わず周囲の人々に「見て見て!」と語りかけるコールハウスが愛おしい。♪New Music

サラの愛を取り戻すため、マザーの家に通い詰めるコールハウスは、今や“ラグタイム”を奏でるピアニストとして世間で注目され始め、ヘンリー・フォード(畠中 洋)が生み出した車、T型フォードを手に入れる。



未来のための非暴力、忍耐を説くワシントン、尊厳を守るために武器を持つコールハウス。ESMITHさんの深い声に乗せて、ワシントンの言葉に宿る思いの強さが届けられます。

また、差別が色濃く残る時代ながら、社会には、教育者、作家として啓蒙活動を行う黒人、ブッカー・T・ワシントン(EXILE NESMITH)のような人物も現れ始め、コールハウスも彼を尊敬していた。

自らの正義と、生まれたばかりの息子の未来を守るため、差別に立ち向かおうとするコールハウスではあったが・・・。





ここからはいくつかのシーンをご紹介いたします。



時々、天井から降りてくるポールが舞台空間の空気を作ります。
舞台美術は松井るみさん。

それぞれの物語が同時進行し、流れるように展開する中、時が止まったかのような瞬間が訪れます。塚本直さん演じるサラの友人の歌声が劇場に響き渡る一幕ラスト。楽器の音が消え、人の歌声だけとなる瞬間、それは祈りのよう。♪Till We Reach That Day



決して触れ合うことのないコールハウスとサラのダンス。
思い出は消えずとも、温もりを感じることはもうない──美しさの余韻とそこに確かにある悲しみ。

愛車に乗るコールハウスとサラ、その手に抱かれた息子の前に立ちはだかった消防団の男たちのおぞましい所業はもちろん、コールハウスの訴えに警察は耳を貸さず、陳情書は握りつぶされる……その一つひとつに絶望し、その後、サラを、コールハウスを襲う悲劇にまた絶望する。その発端を作る消防団の男たちもまたアイルランド系の移民。白人、黒人、ユダヤ人という括りだけでなく、その実情はもっと複雑でることも感じられます。



サラを演じる遥海さんの歌声。ありきたりな言葉になってしまいますが、まさに魂の叫びです。一曲のなかでも、優しさと強さ、感情のレンジが広く、それを細やかに表現する才能に圧倒されます。♪Your Daddy‘s Son



打ち込めるものを探し求めている弟を演じるのが東啓介さん。イヴリン・ネズビットに夢中で、ちょっと浮かれたところのある青年から次第に変わっていく弟。この作品を、彼の物語と読み解く面白さも感じさせます。東さんのセリフや歌、顔つきに至るまで、育ちの良い坊ちゃん然とした真っ直ぐさや甘さから、力強く変わっていくのです。



最初の、ほんの一瞬の出会いの時から互いを尊重していたターテとマザー、そんな二人が再会。ゆっくりと、でも確かに心を通わせていく過程はロマンティック。♪Our Children



川口竜也さん演じるファーザーも、語り始めたら止まらなくなるキャラクターです。久しぶりに帰った家にはサラと赤ん坊がいて、二人を訪ねて黒人ミュージシャンが出入りしている。リビングではそのコールハウスがラグタイムを奏で、家族がその音楽に親しんでいる。新しい音楽になじめない、変われないファーザー。でもファーザーが悪人というわけではなく、あの時代の、あの階級の当たり前とされていた価値観。探検に旅立つ前、マザーに「一年じゃ何も変わらない」と言い、船では移民の一等航海士が差し出した手を握り返すことができなかった彼が、最後にコールハウスに握手を求める。それも物語の大きな道筋。

ほかにも、ヘンリー・フォードとマザーの父グランドファーザーを演じる畠中洋さんの変幻自在な演じ分け(♪Ragtimeではその両方が!)も見事。そして脱出の天才とブランコ乗り、フーディーニを演じる舘形比呂一さんとネズビットを演じる綺咲愛里さんのちょっと浮世離れした雰囲気は作品を軽やかにしながらも、語る言葉は多くのことを示唆する。そのギャップがお芝居のスパイスに。




未来を見つめるラストシーン。
コールハウスの最期に絶望した観客の、もう一方の手に渡されるのは希望。
差別や偏見は決して過去のことではなく、今も私たちの社会に横たわっている現実。そう思うと、ターテが想い描く世界はいささか楽観的なのかもしれません。それでも、やっぱりそこにある希望が救いとなり、それは手放したくないし、手放してはいけない。それゆえ、物語の中で未来や希望を見せてくれた子役のみなさんの存在なくして、この作品は成立しません。

そして忘れてはならないのが3つの人種を早替わりで演じ分け、『ラグタイム』の世界を作り上げたアンサンブルキャストのみなさん。衣裳を替えるのはもちろん、振りや重心も変化し、奏で歌う音楽も異なる。この仕事量を高い質で届けること、それをやり遂げるみなさんにも大きな拍手を送りたいと思います。

演劇の力を信じる藤田俊太郎さんの演出によって実現した『ラグタイム』日本初演。そこにあるのは、私たちの物語。

決して容易ではなかったと思われるそこまでの道のり。ご紹介してきた、キャスト、衣裳、振付、美術だけでなく、あらゆるセクションのスタッフの創意工夫の詰まった作品です。カーテンコールでは舞台奥で作品を支え続けるオーケストラみなさんも姿を現します。指揮は田邉賀一さん。極上の音楽に乗せて物語を描く、ミュージカルの力!

ミュージカル『ラグタイム』は9月30日まで日生劇場にて上演、その後、大阪、愛知公演へ!
【公演情報】
2023年9月9日(土)~30日(土) @日生劇場(東京)
10月5日(木)~8日(日)@梅田芸術劇場 メインホール(大阪)
10月14日(土)~15日(日)@ 愛知県芸術劇場 大ホール(愛知)

石丸幹二/ターテ
井上芳雄/コールハウス・ウォーカー・Jr
安蘭けい/マザー

遥海/サラ
川口竜也/ファーザー
東 啓介/ヤンガーブラザー
土井ケイト/エマ・ゴールドマン*
綺咲愛里/イヴリン・ネズビット*
舘形比呂一/ハリー・フーディーニ*
畠中 洋/ヘンリー・フォード*&グランドファーザー
EXILE NESMITH/ブッカー・T・ワシントン*

新川將人 塚本 直 木暮真一郎
井上一馬、井上真由子、尾関晃輔、小西のりゆき、斎藤准一郎、Sarry、中嶋紗希
原田真絢、般若愛実、藤咲みどり、古川隼大、水島 渓、水野貴以、山野靖博

リトルボーイ(Wキャスト):大槻英翔 村山董絃
リトルガール(Wキャスト):生田志守葉 嘉村咲良
リトルコールハウス(Wキャスト):平山正剛 船橋碧士

*は実在の人物

脚本:テレンス・マクナリー
歌詞:リン・アレンズ
音楽:スティーヴン・フラハティ
翻訳:小田島恒志
訳詞:竜 真知子
演出:藤田俊太郎

公演HP:https://www.tohostage.com/ragtime/

おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人

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