あなたにはどう映る?
お芝居を見ながら、自分と向き合う100分。 アリソン・ベクダルのコミックを原作にしたミュージカル『FUN HOME ファンホーム』。
アリソンがコミックを描き上げる過程を共に旅するような時間は懐かしさと、切なさ、痛み、やさしさがあふれる。まるで大人になるための通過儀礼のような作品、そんな気がしました。(作品についてはこちらの
稽古場レポートもあわせてご覧ください)

パパの飛行機~♪
私たちに向けてのアリソンの第1投は
「父も私も、同じペンシルバニアの小さな町で育った。
そして父はゲイだった。
そして私はレズビアンだった。
そして父は自殺した。
そして私は・・・レズビアンの漫画家になった。」 これは一瞬、お!と思われるかもしれません。
でも、そこで語られるのは、父ブルースが亡くなった43歳に差しかかったアリソンが過去の場面をスケッチしていく物語。ごく普通とは違うかもしれないけれど、“ある家族”の悲喜劇です。でも、普通の家族って?だれしも何かしらありますよね。
物語は、父が愛した骨董品、サビついたシルバーのポットを手に取って見つめるアリソンの眼差し…そこからポットが輝いていた幼少期へ。同時進行で大学生になったアリソンの物語も挿し込まれ、家族がFUN HOME(葬儀屋:Funeral Homeの略)と呼んだベグダル家、そしてアリソン自身の人物像が舞台上に形作られていきます。この展開好きです。
舞台セットは極めてシンプル。余計なものがなく、洗練された家、父ブルースの美意識の結晶。そこで、先ほどのポット、カギの束、地図…ひとつひとつの要素が浮き上がってくるような展開は、実は初見ではそれぞれがおぼろげな印象でつかみきれなかったのです。でも、物語が進むにつれて、それらが次第にクリアになっていくような感覚…が待っているような。ここからは寄せられた感想をご紹介します。

手にしているのはカギの束…
おとなになったアリソン(瀬奈じゅんさん)

父の恋人ロイ(上口耕平さん)、ブルース(吉原光夫さん)、アリソン(瀬奈じゅんさん)
「主人公がレズビアン、父親がゲイ」という事がクローズアップされていますが、基本的には家族の物語なのであまり気負うことなく観覧できます。
原作のコミックを読んでから観覧したのでより楽しめましたが読んでいなくても大丈夫です。劇場でも原作が売っていたので気になったら帰りに購入することも可能ですし、入り口の壁面にコミックのシーンが飾ってあるので軽く眺めておくのも良いかと思います。 瀬奈じゅんさんのさらりとぶっきらぼうな語り口から、ラストに向かって一気に感情が溢れるシーンに、いつの間に涙が止まらなくなっていました。
大原櫻子さんの時代のアリソンも、とても生き生きしていてリアルで良かった。
ロビーにコミックの展示があるので、余裕があれば帰りに見てみるとミュージカルの演出と比較できて面白いです。 
“きちんと”していた父に現れる変調。
観ていて辛くて、思わず見て見ぬふりをしてしまった…客席で観ていてそうなのにアリソンはそれをも見つめる。
LGBTの作品だと身構えがちですが、私たちが抱える家族同士の問題をテーマにしていました。だからこそ、自分の記憶や生い立ちとアリソンの家族を繋ぎ合わすことができ、とても共感できました。 クリエだからこそできる作品。
主人公アリソンの三世代が入れ替わり立ち替わり交差する構成が混乱することなくすっと入ってきました。吉原さんの、迷い多き心の不安定な父親の演技が絶品でした。
大人のアリソンの視線の先には…クリスチャン(若林大空さん)子供のアリソン(龍 杏美さん)、ブルース(吉原光夫さん)、ジョン(大河原爽介さん)
私も10年前に父親を亡くしましたが、父親との思い出ってパズルのように断片的に思い出すもので、アリソンの父親への愛情が見る側にひしひしと感じられ、とても感動致しました。曲も大変良かったです。 徹底的に貫かれた舞台上にあるアリソンの視点。私たちはアリソン以外の胸の内を知ることはない。そんなところがリアルなアリソンの人生を体感しているようで、後から思い返しては胸を締め付けられる作品でした。 
母ヘレン(紺野まひるさん)、大学生のアリソン(大原櫻子さん)
母もまた“家族”をいうユニットを守ろうと必死だったのでしょう。

クリスチャン(楢原嵩琉さん)ジョン(阿部稜平さん)子供のアリソン(笠井日向さん)
トニー賞授賞式のパフォーマンスを見て以来ずっと気になっていた作品で、日本版は小川絵梨子さん演出、高橋亜子さん翻訳のクリエ上演ということで、楽しみに観に行きました。
とにかく吉原光夫さんが素晴らしい!繊細な演技と歌唱力で、見事にブルースを演じきっています。少女時代のアリソンを演じた笠井日向さんも「子役」と呼ぶには余りある、圧倒的な歌唱力と存在感でした。もう一人のアリソンも見てみたくなってしまいました。
幕間なしの100分上演で、ソワレは19時開演、会社帰りに平日観劇もできますよ!
大学生のアリソン(大原櫻子さん)隣で気持ちよさそうに寝ているのは、恋人のジョーン(横田美紀さん)
ジョーンの存在が、今を感じさせます。
FUN HOMEがあるペンシルベニアの土地柄、時代、家族というものの位置づけや、家と家の近所付き合い、マイノリティに対する感覚も考えてしまいます。MAPSという歌のなかで、アリソンが父の人生を半径4マイルのなかの人生と歌います。そこで生きるしかない閉塞感と外の価値観、父とアリソンでは置かれている状況が異なるところもあります。似ているふたりの異なる人生。
いろんなものを乗り越えて、父と向き合い、自分と向き合うアリソンの姿に…あなたは何を想う?「共感」だけがゴールではない。答えもない。誰にもわからない。
でも、観劇後もなんだかんだつらつらと考えている。不思議な手触りの作品です。
トニー賞受賞!という華々しいふれこみから受ける印象とはちょっと違うかもしれませんが、“生”っぽくて“私”的なところを刺激する、シアタークリエらしいじっくりと味わいたくなるお芝居です。
感想:おけぴ会員のみなさま 写真提供:東宝演劇部
おけぴ取材:chiaki(文) 監修:おけぴ管理人