新国立劇場11月公演『誰もいない国』の稽古場へ潜入!ノーベル賞作家ハロルド・ピンターの会話劇、演出は寺十(じつなし)吾さん、舞台となる屋敷の主ハーストと、そこを訪れたスプーナーを演じるのが柄本明さん、石倉三郎さん。そして有薗芳記さんと若手の平埜生成さんという4人の男たちが作りだす空気に引き込まれた稽古の様子をお届けします!
舞台となるのは、ロンドン北西部にある屋敷の一室。稽古場に入った瞬間「ん?」という違和感が。舞台奥にしたがって低くなっているのです。奥が高くて手前が低い舞台はよく目にするのですが、この平衡感覚を失うような歪んだ世界が作品を表しているようです。
この日は第二幕の稽古が行われていました。途中、カーテンを開けたり閉めたりするのですが、開けると差しこむ強い日差し、閉めたときのなんとも言えない暗さ、きっと厚地のカーテンなのだろうと想像できます。外界と隔てられた不思議な空間であることが印象付けられました。牢獄の重い鉄扉が締められるような。
果たしてここはどこなのか、『誰もいない国』……。とはいえ、誰もいない部屋ではございません。まず、そこにはこの部屋で一夜を明かした客人のスプーナー(石倉三郎さん)がいる。独り言のように自らの状況を語っていると、この屋敷に住む使用人ブリグズ(有薗芳記さん)がやってくる。
朝食を持ってくるブリグズ、それを食べるスプーナー
でも、その前のやりとりでは……?!
この辺からあれ?あれ?と、かみ合っているのか、かみ合っていないのか、微妙な会話が繰り広げられます。朝食はいらないと言ったはずなのに運ばれてくる朝食、それを当然のようにありがたく食す。交わされる会話もどこまで本当なのか。
インテリ然としたなかにも人間味を感じさせ、本当の姿がわからない石倉さんのスプーナー、有薗さんが演じるブリグズの話し方は「鋭い」印象。フレンドリーと見せかけて、決してフレンドリーではない、一筋縄ではいかないブリグズなのです。
「そろそろお暇しないと」と言いながらもスプーナーはそこに居続けるのですが、決して高圧的な「監禁」というわけではなく、会話の中で巧みに、やんわりそこにとどめ置かれるのです。
そこに登場するハースト(柄本明さん)。ここからはハーストが場の空気をすべて飲みこんでいくような存在感、まさに「主」。ひょうひょうとしたハーストなのですが、人の心を懐柔していく話術と佇まい、これは柄本さんにしか出せない味わい。
それを受ける石倉さんも自在に佇まいを変化させる芝居巧者ぶりを見せます。
家主のハーストと前夜にパブで知り合ったスプーナーの会話のはずなのですが、この場面では、それとは違う、ハーストの記憶の中に迷い込んだようなやりとりが繰り広げられます。
学生時代の思い出を語ったり
互いの女性関係を責め合ったり
年老いたハーストは椅子に腰かけ昔を懐かしむ。そうかと思ったら突如アグレッシブに動く!思わず稽古場にも笑いが起きます。みんな柄本ハーストに翻弄されます。
ハーストとスプーナーのパワーバランスもゆらゆらと変化していきます。話を合わせているのか、記憶が錯綜しているのか。台本を読んだときには、これは一体?と掴もうとしても掴めない会話でしたが、おふたりの会話を聞いていると、掴めないながらも、ついつい聞き入ってしまう。そして、いつの間にか、自分も、この世界に取りこまれているような不思議な感覚に陥るのです。
もう一人の同居人フォスター(平埜生成さん)が登場。すべてを見透かしたフォスターからは若さゆえの強さと残酷さを感じます。この「個性派」「ベテラン」のなかでも確かな存在感を残す平埜さん、注目です!
なにか魂の結びつきのようなものを感じさせる3人と客人
ここから先の大詰めへの展開は、ある意味ホラーというかゾクッとします。
3人の関係も一筋縄ではいかず、一体この人たちの関係は?!と想像力を掻き立てられます。
NTLive×新国立劇場イベントレポでもご紹介した、翻訳を手がけ、ハロルド・ピンター研究の第一人者でもある喜志哲雄さんの解説にもあったように、そこはかとなく感じさせるホモセクシュアルな香りというのも、確かに。
NTLive×新国立劇場『誰もいない国』イベントレポート~ピンターと『誰もいない国』~より
「この芝居は、4人の男性の話ですが、ホモセクシュアルな匂いを感じ取ることができます。ただし、そういった内容が明確に描かれることはありません。例えば「ハムステッド・ヒースをうろつく」というせりふがありますが、それはゲイの男性が相手を探しにクルージングする場所で有名なんだそうです。そういった時には固い文体、夫婦の話をする時は少し丁寧に、そして不倫や浮気の話をする時はかなり砕けた話し方といったように言葉が分けて書かれているように思います」(喜志哲雄さん)
ハースト登場あたりから稽古場に小さな笑い声が!その主は寺十さんでした。
4人の役者がシンプルな舞台で繰り広げる芝居。光と闇の効果、妙に広い部屋での立ち位置とキャラクター同士の力関係など緻密に構築された舞台。とはいえ、きっと決めごとばかりではないのだろうと思わせる、何度か同じシーンの稽古を繰り返したときの役者の生理による変化を許容する余裕。果たして本番までにどのような形になるのか。
トークイベントでの言葉「このカンパニーでの方向性が見えてきた」の通り、2018年東京で立ち上がる『誰もいない国』になりそうです!
掴みどころのない会話ではあるのですが、登場人物たちの言葉には、ふと真実が隠されているような気がします。作家・詩人を自称する者たちのとても知的で真っ当な言葉に聞きほれていると、次第に謎だらけの空間に入り込んでいるような体験。
起承転結を楽しむというより、迷宮をのぞき込むような観劇体験になりそうな『誰もいない国』。迷宮って、なんか気になる、無性に惹かれるという独特の引力がありますよね。この男性4人の不協和音のようなハーモニーは舞台で味わってこそ!とりわけラストシーンは忘れがたい景色になりますよ、きっと。
もうとにかく、柄本さんの芝居の緩急がスゴイ!(すべて演技なのでしょうが)どこまでが芝居なの?と思わせる、まさに「怪演」は必見です。
『誰もいない国』は11月8日より新国立劇場 小劇場にて上演。この空間で、この芝居!作品主義を打ち出す小川絵梨子芸術監督の思いがまたひとつ形となって観客へ届けられそうです。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文) 監修:おけぴ管理人