KAAT神奈川芸術劇場『ラビット・ホール』田代万里生さんインタビュー



 KAAT芸術監督 長塚圭史さんにより今年度から導入されたシーズン制、一年目のテーマは「冒」。シーズンの最後を飾るのは深い悲しみから一歩を踏み出そうとする家族の物語。



 2007年にアメリカのピューリッツァー賞戯曲部門を受賞したデヴィッド・リンゼイ=アベアーによる戯曲で、2010年にはニコール・キッドマン自らのプロデュース・主演により映画化もされた『ラビット・ホール』。

 かけがえのない息子を事故で亡くし、深い苦しみと悲しみの中にある夫婦。同じ痛みを抱えながらも関係がぎくしゃくしてしまう二人と、彼らを取り巻く人々の日常をきめ細やかに描いた本作にて、夫・ハウイーを演じる田代万里生さんにお話を伺いました。


【『ラビット・ホール』について】

──まずは本作の印象からお聞かせください。

 僕は、まず映画を観ました。とても静かな映画ですが、これは人生経験を積み重ねている方ほど心にしみる素敵な作品だという印象を受けました。その後、台本を読みましたが、改めてこれまで主として取り組んできたミュージカルとは違うことを痛感しました。音楽が伴わないことはもちろんですが、日常の些細なやりとりの中で伝えるものがたくさんある。そのニュアンスをどう表現するのか。これまで経験したことのない、僕にとっての「冒」の始まりを感じました。

──やはり田代さんがご出演されると聞くと、ミュージカルなのかなと思う方も多くいらっしゃると思います。

 僕自身、ミュージカル作品への出演が多いので、たとえば「これがミュージカルだったら」と考えたりもします。一幕はベッカとハウイーの結婚式に始まり、やがて息子のダニーが誕生、ハッピーなシーンが続く。そこにベッカの妹・イジーの乱闘エピソードなんかもあったりして(笑)、一幕ラストで家族の幸せに突然の終わりが訪れ──。そんなドラマティックな幕切れから二幕へ、という感じでしょうか。

 それが本作は、その“劇的な出来事”の8か月後から始まります。劇中では、そこから人がどう一歩を踏み出し、再び歩みを進めるのかが描かれる。そこに面白さを感じています。

──前日譚のような、夫婦の思い出の共有やそれまでの関係性の構築などはどのように行われているのでしょうか。

 そこにはじっくりと時間をかけています。本読みも4日ほどかけて行い、その後も、日々、疑問に思ったことを共演者のみなさんとディスカッションしています。みんなでちょっとした台詞の中にあるヒントを繋ぎ合わせながら、あれこれ話し合うことで戯曲に描かれていないところまで補完されていく。次第に、これは役柄として言っているのか、俳優本人として言っているのか、その境目がわからなくなるほどそれぞれのキャラクターがなじんできています。

──自然に役の思考になっていくほどキャラクターが俳優に落とし込まれている。それによって作品の強度が増しますね。


【ピアノのない稽古場で】



撮影:久家靖秀

──小山ゆうなさんの演出ははじめてとのことですが、稽古場の雰囲気はいかがですか。

 稽古前の雑談から自然に稽古に入っているというような感覚です。それは、この作品が日常を描いたものだからというのもあるのかもしれませんが、現実世界と劇世界の境目がない、同じテンションでいられる雰囲気を作ってくださっています。

──稽古に入る前にお話されていた「はじめて経験するピアノのない稽古場」というのはいかがですか。

 ひと言で言うと“フリースタイル”なんですよね(笑)。
 台詞をどんなテンションで、どんなニュアンスで言うかで全く意味が変わってしまう。それをどう持っていくかというところに難しさと面白さを感じています。ミュージカルでは、感情や芝居の方向性は音楽に導かれ、そこから芝居が軌道に乗るところがありますが(最終的には役者の内面から、音楽や芝居の方向性を生み出すことが目標です)、今回は音楽(ナンバー)がないので、小山さんのもと、自分たちで芝居を一から紡いでいくことが必要です。自分自身で感情をコントロールし、共演者の方々からの空気を感じ、一緒にその時ならではの時の刻み方を作っていかなくてはならない。

 たとえば、リビングでのシーンで、「そうだね」という言葉ひとつでも、「そうだね!」とはっきりと発するのか、「そう・・・だね」という気持ちがあるだけで音として聞こえなくてもいいのか。頷くだけでもいいのかもしれない。その選択ひとつで伝わるものも全く変わってきます。はっきりと言ったからといって同意の度合いが強いとも限らないですし。発する音についても、五線譜がないので音の入口が自由。そこはすごく難しいですが、共演者のみなさんが百戦錬磨の素晴らしいみなさんなので、とても勉強になっています。

──動きもフリースタイルですよね。

 作品にもよりますが、ミュージカルでは様式美という要素も入ってくるので、比較的ステージングがしっかりとつくことが多いので、そこでもフリースタイルの新鮮さと難しさを感じています。今の作り方は完全フリー。「自由にやってみてください」という感じなので、二度、三度と同じシーンをやっても動線も違えば、立っているか座っているかも違う。ここから最終的には固めていくのだろうと思いますが、今はいろんなことを試しながら、共演者の方と対峙することで生まれる感情やその揺らぎなど、発見にあふれています。


【登場人物たち】



撮影:久家靖秀

──本作の登場人物は、ベッカとハウイー夫妻とベッカの母、妹。そして事故の加害者であるジェイソンです。まずはこの家族について。

 とても悲しい出来事を経験しているというのが前提としてありますが、全然特別じゃないと感じています。ダニーの死に対してベッカとハウイーだけでなく、みんなが「もしあの時……」と、どこかで自分のせいかもしれないと思っている。でもそれはどうしようもなかったことで、誰も悪くない。そんな答えのない問いを繰り返し、それぞれがどう受け止めていくかを考え続け、なんとかベッカとハウイーを支えたいという思いも持っている。そういった問題は大なり小なり、どの家族にもあることだと感じています。

 また、家族と言っても、親子と夫婦ではまた違うところもあるし、ハウイーと義母のナットとなれば尚更です。そんな微妙な距離感を、芝居の中でいい塩梅で出すことができればと思っています。

──続いては、そんな夫妻の前に現れるジェイソンの存在について。

 ベッカやハウイーにとっては、ジェイソンは息子を車で轢いてしまった加害者。とてもショッキングな印象を受けると思いますが、避けられなかった事故であり、それゆえ二人はジェイソンを心の底から憎んでいるわけではない。それはこの作品にとって大きなことです。そんなジェイソンの登場によって、それまで自分をコントロールしているハウイーとちょっとヒステリックに見えたベッカの対比にも変化が生まれます。ハウイー自身ですら気づいていなかった本心を気づかせてくれるキーパーソン。ジェイソンがどんな変化をもたらすのかは、ぜひ劇場でお確かめください!

──ジェイソンの纏う空気もありきたりでないというか。

 そうなんですよね。どこか飄々としているところがあります。演じる新原(泰佑)くんの雰囲気も相まってとても興味深い存在です。

 家族のシーンが連なる中に、ある種“点”として登場するジェイソンですが、稽古でも、家族を演じる4人の場面が続き、視野が狭くなっているところに彼の全然違うアングルからの発言が「そういう考え方もあるんだ」という気づきを与えてくれる。独特の緊張と緩和が、いい形で“異質感”をもたらしてくれています。

──新原さん演じるジェイソンの登場がどんな変化を生むのか、すごく楽しみです!


【「冒」を経た先に】

──ミュージカル作品へのご出演が続いた2021年から一転、静かな会話劇で始まる2022年はどんな一年になりそうですか。

 どうなってしまうんでしょうね。今は、『ラビット・ホール』が、今年一番の大きな壁として目の前にそびえ立っています(笑)。この全く予想ができないところ、まさに「冒」にピッタリだなと思っています。

 昨年は5本のミュージカル作品に出演、僕のキャリアの中でも質量ともに充実した“ザ・ミュージカル”な一年でした。初演もの、再演ものとある中でさまざまな役に挑戦させてもらいましたが、非日常で、振り切った役が多かったかな。少し極端な言い方をすると、いわゆるすごく悪いとかすごく明るいとか、すごく〇〇という振り切った役は、自分が仕掛けていく要素が強いので芝居は作りやすいんです。もちろんすごく〇〇といっても、その一面だけを作るわけではないですが。

 でも、今回のハウイーは振り切れない人物で、むしろ周りの人々の方が振り切っている。自宅とかで、自分一人で芝居を作って稽古場に持っていっても、まったく成立しません。相手がどう出るか、こちらが投げかけるものに対してどんな反応が返ってくるかを探りながら、これはどう?じゃあこれは?と受けて、返しての繰り返し。そこが俳優としての芝居のしどころ、さらに言えば舞台の見どころになると思います。

──この経験を経て、再びミュージカル作品に取り組むときになにか変化がありそうですね。

 それはすごく感じています。ここで、今、感じていることを、これまで演じたことのある役の再演や、これから出会う新作といった、“次”にどう繋げるか。きっとこの経験を活かせるという手ごたえは感じています。

──『ラビット・ホール』でのハウイー、そして、それを経た田代さんのこれから、ともに楽しみになるお話をありがとうございました!


【公演情報】
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『ラビット・ホール』
2022年2月18日(金)~3月6日(日)@ KAAT 神奈川芸術劇場〈大スタジオ〉
※2/18(金)~20(日)の公演は中止となり、
公演期間2/23(水・祝)~3/6(日)にて上演(2/15追記)
作:デヴィッド・リンゼイ=アベアー
上演台本:篠﨑絵里子
演出:小山ゆうな
翻訳:小田島創志
出演:
小島聖 田代万里生 占部房子 新原泰佑 木野花

<兵庫公演>
兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
2022年3月12日(土) 15時開演、13日(日) 13時開演

あらすじ
ニューヨーク郊外の閑静な住宅街に暮らすベッカとハウイー夫妻。

彼らは8カ月前、4歳だった一人息子のダニーを交通事故で失いました。ダニーとの思い出を大切にしながら前に進もうとする夫のハウイー。それに対し、妻のベッカは家の中にあるなき息子の面影に心乱されます。そのような時にベッカは、妹イジーから突然の妊娠報告を受け戸惑い、母のナットからは悲しみ方を窘められ、次第に周囲に強く当たっていきます。お互いに感じている痛みは同じはずなのに、夫婦・家族の関係は少しずつ綻び始めていました。

ある日、夫妻の家にダニーを車で轢いたジェイソンから手紙が届きます。会いたいというジェイソンの行動に動揺を隠せないハウイーですが、ベッカは彼に会うことを決意します。

公演HPはこちら


おけぴ取材班:chiaki(インタビュー、文)監修:おけぴ管理人

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