
学業優秀・品行方正で街中から褒め称えられていた兄・ジョヴァンニ役の【浦井健治さん】
その美しい妹・アナベラを演じる【蒼井優さん】
取材に伺ったのは稽古に入る前の時期でしたが、すでに息ぴったり!
舞台上でこの美しい兄と妹が並ぶのを見るのが今から楽しみです。
純粋に愛しあう兄と妹が、お互いを想うゆえに、悲劇的結末へと突き進む──。
6月8日から新国立劇場中劇場にて上演される『あわれ彼女は娼婦』。“愛しあう兄と妹”というタブーをはらんだテーマに注目が集まりがちですが…
「実はふたりの姿を通して周りの人々を描く群像劇なのかなとも感じました」(浦井健治さん)。
栗山民也さんの演出のもと、シェイクスピアと同時代を生きたイギリス・ルネサンス期の劇作家ジョン・フォードの代表作に挑む、浦井健治さんと蒼井優さんに意気込みをお訊きしました。

撮影:安藤 毅 Tsuyoshi Ando
【いまも繰り返し上演され続ける戯曲『あわれ彼女は娼婦』】
浦井) “兄妹間の愛”という設定はなかなか理解しづらいし、共感していただくのも難しいのかな、と最初は思っていました。ですが台本を読み進めていくうちに、この作品はそこがメインテーマなのではなく、愛しあう兄と妹を軸にしながら、ふたりの姿が鏡のように、周りの人々の憎悪やエゴといったものを浮かび上がらせていく群像劇なんだとも捉えるようになりました。
蒼井) 私もまずは先入観がある状態で台本を読んでしまったのですが、もういちどフラットな気持ちで台本に向き合ってみたら、浦井さんが言うように、この作品が血のつながったふたりの愛だけを描きたいわけではないことがわかったんです。
もちろん、ふたりの関係も描くのですが、周りの人々も描くことによって、人間が腹の奥に隠し持っているものが浮き彫りになっていく。それがこの戯曲の本質かなと。
それぞれの役の相互作用が大事になってくるからこそ、浦井さんと私が演じるジョヴァンニとアナベラは“純愛”に突っ走らなくてはならないと、今は思っています。
浦井) ジョン・フォードやシェイクスピアが生きた時代の貴族社会は、現代の日本とはぜんぜん違っていて、女性をものとして扱い、結婚も政略的だったという事実があるわけです。ジョヴァンニのアナベラへの想いは、ただの独占欲とはちがう、そういう社会的な差別から彼女を守ろうとしたことも発端にあったんじゃないかな、と思っています。
その想いが度を越して狂気的になってしまう背景にも、大きな権力や逆らえない“なにか”に対しての苛立ちがあったのかもしれない。ふたりが純愛を貫くことによって、人間の根本的な“なにか”が見えてくるのではないかな、と。

「でも本当に一番最初に思ったことは…台本分厚い! 登場人物多い! でしたね」(蒼井さん)
「登場人物多すぎて、名前が覚えられない…ってね(笑)」(浦井さん)
【演出家・栗山民也さんとの仕事】

ミュージカル『阿OKUNI国』(2003年)『デスノート The Musical』(2015年)を経て、4月上演の『アルカディア』、6月上演の本作『あわれ彼女は娼婦』と連続して栗山民也さんとタッグを組む浦井さん。
浦井) 栗山さんは、ものすごい愛を持って作品に挑まれる方。役者ひとりひとりを愛してくれますし、この人について行けば大丈夫という信頼感があります。稽古場でも、的確なビジョンを持っていらっしゃるので絶対に揺るがない。言っていることも一切ぶれないんです。
ただ、栗山さんが揺るがない分、生半可な気持ちでぶつかると役者がただの操り人形になってしまう可能性もある。それでは生身の人間が演じる必要がなくなってしまうので、稽古場で自分がどんなものを出していくか、そういう挑戦をさせてもらえる方ですね。

蒼井さんは、2012年に東日本大震災被災地復興への思いを込めて開催された、栗山民也さん演出の朗読公演『宮沢賢治が伝えること』に出演されていました。
蒼井) 栗山さんとは宮沢賢治の朗読劇で一度だけ、ご一緒させていただいたことがあります。まずはその“読解力”、そして作品に入るにあたっての下調べの深さに驚きました。とにかくものすごい情報量だったんです。そのときから、いつかお芝居で栗山さんの演出を受けてみたいと思っていました。
周りの人からも「栗山さんは、作品のビジョンがある程度固まった状態で稽古に入られるから、役者も同じ熱量を持っていないと飲まれるよ」と言われています。危機感を持って挑みたいと思います。
浦井) 『デスノート』のときは、ダメ出しのときに稽古場の片隅にみんなを集めて、それぞれに感想を述べていく形でした。その言葉選びがすごくわかりやすくて。SNSを例に出したり、“スマホの画面に見入っていて周りが見えない感じで”とおっしゃったり。
「演劇は時代を映し出す鏡」だと栗山さんはよくおっしゃるんですが、今回もこの戯曲を、今このメンバーで上演することの意味合いを、稽古場と舞台で提示してくださるはずだと思っています。

「危機感は持っているはず、なんですが、いかんせん台本が分厚くて…まずは登場人物の名前を覚えるところから。えーと、ジョヴァンニ?でしたっけ?」(蒼井さん)
「そこは…覚えようか(笑)。ジョヴァンニと伊礼彼方くんのソランゾは覚えて!」(浦井さん)
【17世紀に書かれた戯曲の“言葉”にどう立ち向かうか】
浦井) セリフは稽古が始まる前に体に落として、稽古場に入ったら目の前で起こることをしっかりと受け止めなくては、と思っています。
今回の作品は、たしかに普段の会話で使われるような言葉ではなく、長いセリフや聞き馴染みのない言葉が出てくるかもしれません。でも作品のそういう部分で肩に力が入ってしまうのはもったいないと思うんですよ。演じる側も、観客も。だから、そういう抵抗感を意識させないためにはどうすればいいのかを常に意識しています。僕たち役者が目の前で演じることの意味は「人間を描く、見せる」ことだと思うので。
「核に迫ること、本質は、とても短い一行や、ひとつの単語に宿っていることもある」と栗山さんがよくおっしゃるんです。言葉のひとつひとつを大事にしながらも、セリフの長さや、難しさにとらわれずに作品の全体を見てもらえることを意識するべきだなと僕も思っています。
蒼井) 普段の生活では絶対に使わないようなセリフもありますから、口に馴染みづらい言葉ではありますよね。そこを、自然に理解してもらうための作業は私たち役者がするべきこと。使われている言葉そのものは難しくはないので、セリフの奥にあるものを、私たちがいかに言葉と体に滲ませていけるか、だと思っています。
…と言いつつ、やっぱりいかんせん台本が分厚くて(笑)!
浦井) え、結局そこに行き着くの?
蒼井) もういっそ早く稽古が始まってほしい!
純粋な愛ゆえに、禁断の関係へと突き進んでしまう兄と妹を演じるおふたり。役を離れた実生活で“禁じられたもの”が目の前にあったら、どうする? 最後に質問してみました。
浦井) ダメと言われているもの、危険をはらんでいるもの。興味を持っちゃいますよね…。でも僕は臆病なので、禁断のものには絶対に手を出しません!
あ、食に関してだけは、ダメと言われていても手を出しちゃうかな。今の時期だとホテルのビュッフェの“いちごフェア”とか…ダメと言われてもいくらでも食べちゃう。
蒼井) いちご…(笑)。私は、あとで自分で笑いに変えられるものかどうか、が基準かな。“夜中のラーメン”のような「やっちゃった!」で済むものならいいんだけど、人を巻き込んでしまうような“禁断”はちょっと…。
この作品ではまさしく、人を巻き込む“禁断”が描かれているんですが、それはそれぞれの人物が大事にしているもののプライオリティの違い、なんだと思います。ジョヴァンニとアナベラのなかでは、この関係が間違っているとは思っていない。心では間違っていないと思っていて、頭のどこかでひっかかってはいる、かもしれませんが。
アナベラを演じるにあたっては、そのプライオリティをきちんと持ってないとぶれていくかな、と感じています。特に、彼女の「女としての変化の速さ」にはものすごいものがあるので。成長していくものを止めることはできない、そのせっつかれる感じもありながら、なにかひとつ自分のなかで軸を作れたら舞台の上で自由になれるのかな、と今は思っています。

『あわれ彼女は娼婦』は2016年6月8日から26日まで、新国立劇場中劇場にて上演されます。お見逃しなく!
アナベラに求婚する貴族ソランゾを演じるのは伊礼彼方さん! ついに舞台上での共演が実現する浦井健治さん&伊礼彼方さん『スペシャル放談』もぜひどうぞ♪(栗山民也さん演出についてのお話も!)
こぼれ話♪
共演は『ZIPANG PUNK~五右衛門ロックIII』(2012・13年)以来というおふたり。お互いの印象は?
「蒼井優さんは純粋で、清潔感があって、お芝居もお上手で…非の打ち所がない女優さんです!」(浦井)
「浦井さんの印象は…“演劇の申し子”ですね」(蒼井)
「そんなそんな。そんなことはありませんし」(浦井)
おけぴ取材班:mamiko、chiaki 撮影:hase
監修:おけぴ管理人