「第49回菊田一夫演劇賞」授賞式レポート

「第49回菊田一夫演劇賞」授賞式が行われました。



先ごろ発表された「第49回菊田一夫演劇賞」の授賞式が行われました。大賞を受賞した『ラグタイム』を代表して石丸幹二さん、井上芳雄さん、安蘭けいさん、また演劇賞受賞の柿澤勇人さん、宮澤エマさん、三浦宏規さん、ウォーリー木下さん、特別賞受賞の前田美波里さんがご登壇、正賞の賞状ならびに副賞の楯と賞金目録が授与されました。壇上で語られた選評、喜びの受賞コメントに深く頷くとともに、改めてみなさんの演技、作品の素晴らしさ、真摯な取り組みに心から拍手を贈りたくなりました。授賞式の模様をレポートいたします。


【菊田一夫演劇大賞】

「ラグタイム」上演関係者一同 (「ラグタイム」の高い舞台成果に対して)



選評
様々な人種の人々が生きる20世紀初めのアメリカを描いたミュージカル。肌の色の異なる人々が登場する作品の日本での上演はとても難しいとされてきましたが、演技やダンスそして工夫された衣装、美術など様々な演劇的な要素をミックスすることでそれぞれの人物が背負う文化や境遇を見事に表現し、非常に厚みのある人間ドラマを表現されました。それによって観客は自然に劇の中に導かれ、分断の深刻さやそれを乗り越える希望という、現代に通じるテーマをしっかりと受け止めることができました。尚且つ、大変上質なエンターテインメント作品でもあった。いくつもの課題をクリアした上で、素晴らしい作品を作り上げられたキャストスタッフ全員を称えたいということで大賞に決まりました。



賞状




“副賞100万円の目録”の授与!

石丸幹二さん受賞コメント

人種の問題をどう乗り越えるか、難解な音楽をどう歌いきるか、課題が山積する状態で稽古が始まりました。演出の藤田俊太郎さんはじめ、スタッフ・キャストで知恵を出し合い、新たな解釈を踏まえて稽古場で練り上げていった作品での大賞受賞を心から嬉しく思っております。

私は、約四半世紀前にニューヨークでこの作品を観て、音楽の素晴らしさに心を打たれました。いつか日本で上演される日が来たらいいなという淡い思いを抱いていましたが、時を経てそれが叶いました。そしてこのメンバーに支えられて演じて参りました。カンパニーの仲間たちにもありがとうと伝えたいです。



トリは嫌!と順番を巡る小競り合い(笑)をするお二人。微笑ましい。


先ほどいただいた賞金の金額に、ちょっとぼーっとなりました。どう分けるかを話し合いたいと思います(笑)。

井上芳雄さん受賞コメント

幹二さんがおっしゃったように、この作品を日本で上演するには、本当にたくさんの課題がありました。それをみんなの力で乗り越えて、結果として日本人、アジア人だからこそできる表現でこの作品をお客様にお届けできたことを僕たちは誇りに思っています。

僕が演じたコールハウスという人物は黒人男性。時代の変化に応じ、人種の表現も今までにない道を探そうと試行錯誤しました。ポスター撮影では、僕は黒人の方をイメージさせるようなカツラをかぶっていました。舞台稽古の段階で、衣裳の前田文子さんから「いつもの髪のほうがいい」という提案があり、みんなで話し合い、本番では普段の僕に近い、オールバックのような髪型にしました。その時に感じたのは、自分自身、カツラと言う記号を黒人キャラクターを演じる上での安心材料にしていたということ。カツラなしで表現することへの不安もありましたが、物語を生きる人間として、その作品にふさわしい表現形態を探っていけば必ずお客様に届く。記号はいらない、そんな自信や勇気をこの作品からいただきました。この作品が、日本でも世界でも愛され続けることを願います。ありがとうございました。


安蘭けいさん受賞コメント

改めて本当に素晴らしい作品に出会ったと感じています。私が言いたいことは、お二人が言ってくださったので、もう述べることはございませんが(笑)。でも、ひとつだけ、演出家、演者、スタッフ、本当にみんなの力でこの作品を作り上げることができました。そして、この作品を愛してくださったお客様がたくさんいらっしゃったことを嬉しく思っています。
とても大きな賞をいただき、そして素晴らしい賞金をいただきありがとうございます。どう分けようかな……それがこれからの課題だと思っています(笑)。


【菊田一夫演劇賞】

演劇賞はいずれも異なるタイプの複数の作品で力を発揮された皆様が選ばれました。

柿澤勇人「スクールオブロック」のデューイ・フィン役、「オデッサ」の青年役の演技に対して)



選評
『スクールオブロック』では、売れないロックミュージシャンが名門の進学校に教師として潜り込んで息苦しい学校生活に風穴を分ける姿を痛快に見せてくださいました。『オデッサ』はアメリカの地方都市で起きた事件に巻き込まれてしまう日本人青年の役を演じられ、英語と標準的な日本語と鹿児島弁を話すという、かなり作者が無茶な要求をしている(笑)、難しい役。それを客席から見ている限りでは、非常に軽々とこなしておられるように見え、その見事な演技に高い評価が集まりました。両作品とも、コミカルさの中にその人物をくっきりと描き出した高い力にも評価の声が集まりました。



柿澤勇人さん受賞コメント

『スクールオブロック』、そして『オデッサ』に関わったすべての方々、応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。人間、一生懸命、誠実に頑張れば報われるんだなというのが正直な今の思いです。

『スクールオブロック』ではギター演奏が人生初体験、『オデッサ』では標準語、鹿児島弁、英語を操る通訳、ある意味、三か国語の台詞というのも初挑戦でした。稽古場でも、夜中まで残って、軽々とどころか絶望の中で(笑)練習に励みました。演出の鴻上尚史さんからの「あまり頑張りすぎるなよ」の言葉に救われました。後日、鴻上さんが体調不良の中、ご自宅と稽古場をリモートで繋いでお稽古する様子に「頑張っているのは鴻上さんのほうでは」と思いつつ(笑)、自分も頑張ろうと思いました。

『オデッサ』では、絶望を超え、もはやあまり記憶がないのですが(笑)、脚本・演出の三谷幸喜さんが気を使ってくださって「柿澤さん、大丈夫、僕には見えていますから」という言葉をかけてくださいました。その言葉に救われました。ただ公演後に、どうしてこのような設定で僕に当て書きされたのかを尋ねたところ、「見切り発車ですね。柿澤さんが鹿児島弁も英語もしゃべれる確信はありませんでした」と。なにも見えていなかったのか……恐ろしいと思いました(笑)。

演劇をやっていると、今後もそのような高い、恐ろしい壁がたくさん待ち受けているでしょう。これからも諦めずに、一生懸命、誠実に、がむしゃらに精進して参ります。本日はありがとうございました。


宮澤エマ 「ラビット・ホール」のベッカ役、「オデッサ」の警部役の演技に対して)



選評
『ラビット・ホール』では、幼い息子を事故で失った母親の役を深い悲しみと喪失感、その先に見える静かな再生の予感というのを抑制をきかせた繊細な演技で表現されました。一方、柿澤さんと共演された『オデッサ』の警部の役では、非常にしっかりしているようで、実は結構抜けたところもあるようなコミカルな役どころ。コメディエンヌとしての魅力を大きく輝かせました。



宮澤エマさん受賞コメント

2023年は、初舞台からちょうど10年目の年、『ラビット・ホール』は初主演作品でした。作品やカンパニーの皆様とのご縁に恵まれて今の私があると感じる10年目でした。10年前にも柿澤くんとご一緒していて、『オデッサ』の稽古中に「10年経ったけれど、私たちって演劇賞にまったく縁がないよね」という話をしていました。こうして2人同時に素晴らしい賞をいただくことができたことも嬉しく思っています。

『ラビット・ホール』と『オデッサ』は、この座組でなければ成しえなかった作品です。共通しているのは、翻訳が大きな課題だったということです。私は、父がアメリカ人で母が日本人です。「バイリンガルに育てたい」という両親の教育方針で英語と日本語の教育を受けてきた私にとって、10年の中で、英語の劇を日本語で上演すること、翻訳への難しさを感じ、悔しい思いをすることも多々ありました。この2作では、後悔のないように言いたいことを言おうと決意して挑みました。この先、もう二度と呼ばれなかったとしても(笑)。こうして結果を残せたことは嬉しいですし、ホッとしています。『オデッサ』では、英語監修という立場で三谷さんにも意見することもありました。お互いガチンコで(笑)、そのくらい真摯に現代の生きる日本語と英語で上演することを大切にしてくれる現場だったからこの結果につながったと思います。

『ラビット・ホール』は英語の台本を読み、これは現代の日本語、口語で上演するべき作品だと強く感じました。そこで演出の藤田俊太郎さんやプロデューサーに言葉の見直しを提案しました。それは俳優の範疇を超えた提案だということは重々承知しておりましたが、この作業をなくして臨めない、それこそが私が還元できることの1つだと思い、失礼を承知で発言しました。それを快く受け入れてくださっただけでなく、どうしたらよりよくしていけるかを本当に初日ギリギリまで試行錯誤し続けました。この2作で受賞できたことを心より嬉しく思います。

なにより、インターナショナルスクールに転校し、「もうこんな英語ばっかりの学校に行きたくない」と嘆く私に「それでも行くのよ」と叱咤激励してくれた母、そして父、家族の支えなくして、私は、今日この場に立っていません。この先も言葉を大切に、真摯にお芝居をしていきたいと思っています。本日はありがとうございました



同時受賞!


三浦宏規「のだめカンタービレ」の千秋真一役、「赤と黒」のジュリアン・ソレル役、「千と千尋の神隠し」のハク役の演技に対して)



選評
三浦宏規さんは若手の俳優さんの中でも特に際立った活躍が注目されています。選考会の後に開幕した作品となりますが、現在シアタークリエで上演中の『ナビレラ』に主演し、素敵なバレエダンサーの役を演じておられます。今日も、この後、昼公演が予定されており、また、『ナビレラ』が千秋楽を迎えると、すぐにロンドンに飛び、またハクを演じられると伺っております。今後のご活躍にも大きな期待が寄せられる三浦さんに、ぜひお贈りしたいということで受賞がきまりました。



三浦宏規さん受賞コメント


舞台『千と千尋の神隠し』、フレンチロックミュージカル『赤と黒』、ミュージカル『のだめカンタービレ』はいずれも日本初演、新作公演でした。初演ものは大変なことも多いですが、みんなで力を合わせて作った作品での受賞を嬉しく思うとともに、各カンパニーの皆様に感謝しています。

僕は5歳からクラシックバレエを習っていて、バレエダンサーになるのが夢でした。怪我により、バレエを離れたのですが、14歳で舞台、演劇と出会い、魅せられました。以来、「舞台好きだ」という思いでここまでやってきました。幼少期から母に「人が習い事でやることを仕事にするのは生半可な気持ち、人並みの努力ではできない」と言われてきました。それを心に留めて頑張ってきました。そのおかげでこうしてこの場に立てています。両親、家族にすごく感謝しています。

僕、この後公演があり、受賞のパーティーに出席ができないので、たくさんの関係者の皆様にこの場を借りてご挨拶させていただければと思っております。ということで、本日は皆様──あ、そうだ! 僕の夢もちょっと言いたいなと(笑)。

僕は、死ぬその日まで舞台に立ちたいっていう夢があるんです!そのためにこれからも精進していきます。本日はありがとうございました。


ウォーリー木下 (「チャーリーとチョコレート工場」「町田くんの世界」の演出の成果に対して)



選評
ウォーリー木下さんは、俳優の身体と映像など多彩な要素を組み合わせた斬新な舞台を作られる演出家で大変高い評価を受けてこられました。『チャーリーとチョコレート工場』では、帝国劇場という大空間を摩訶不思議な世界にし、観客をマジカルな世界に誘うという演出手腕を発揮され、それよりもちょっと小ぶりなシアタークリエでは、『町田くんの世界』でひとりの男子高校生と彼を取り巻く人々の愛おしい日常を綴るというまったくタイプの違う作品で素晴らしい成果をあげられました。



ウォーリー木下さん受賞コメント


『チャーリーとチョコレート工場』も『町田くんの世界』も、まず、プロデューサーの方がこの作品をウォーリーと一緒にやろうと思ってくださったことが大きいですし、集まっていただいたスタッフ、キャストのみなさんが、僕以上に楽しんで作ってくれた2作品です。たくさんの人の助けで受賞することができました。

チャーリーくんはモノを考えることが好きで、ダメだと言われても頑張って続けることで最後にウォンカさんに認められる。周りにいるいろんなことが好きな人たちを町田くんが肯定することによって、最後にこの世界の色が変わって見える。2作品の共通点は、好きを肯定してくれる作品だということです。

コロナ禍では、好きなことを好きだからやる、好きという言葉の中の相反する不都合さ、辛さを考えることもありましたが、今は、好きだからやるということを好意的に受け止めています。これからも好きな劇やミュージカルを作っていきたいと思っております。最後に、賞金については家族と話し合いまして、昨日、仔犬を買うことが決まりました。会場に来ると驚いたことに、菊田さんのお顔がとても似ているんです。菊ちゃんという名前になるかもしれません(笑)。わが家へいらしたときは、ぜひ可愛がってください。本日はどうもありがとうございました。


【菊田一夫演劇賞特別賞】


前田美波里 (永年のミュージカルの舞台における功績に対して)



選評
前田美波里さんは、15歳の時に菊田一夫さんに見出されて東宝ミュージカルの『ノー・ストリングス』で初舞台を踏まれました。以来、60年、『コーラスライン』『アプローズ』『キャッツ』『ウエストサイドストーリー』『キャバレー』『レ・ミゼラブル』……作品を挙げていくと、そのまま日本のミュージカル史となるような多くの作品にご出演していらっしゃいます。近年も、『ピピン』では空中ブランコを披露され、今年の11月まで上演中の「Endless SHOCK」では、若者たちを見守る包容力のある劇場オーナー役で、舞台を引き締め、厚みと温かさをもたらしておられます。日本のミュージカル界の宝と言えるような方に、特別賞をお贈りできるということを選考委員一同とても嬉しく思っております。



前田美波里さん受賞コメント


私からは菊田一夫先生の思い出をお話ししたいと思います。
私が15歳の時、芸術座でミュージカル『ノー・ストリングス』が上演されることになりました。クラシックバレエダンサーになるために上京していた私は、マネージャーの勧めで東宝の門を叩きました。オーディションは終わっていたのですが、会場にある8つの丸で自己表現をしようとバレエのパを8つ披露しました。そして選ばれました。最後に「君の名前を言ってくれ」と言われ、「前田美波里です」と答えたところ、菊田先生が「舞台人になるならもっと大きな声で言いなさい」「芸能人みたいな名前だな」とおっしゃったことをよく覚えております。そして、現代劇8期生として東宝に籍を置きました。

菊田先生からはたくさんのご指導をいただき、たくさんの作品に出させていただきました。中でも日本初、帝国劇場での『風と共に去りぬ』6か月公演では、高校の卒業時期と重なり、卒業式の日は今日、エマさんがお召しのようなお振袖を着たまま劇場に駆け込んだ思い出があります。その『風と共に去りぬ』には本物の馬が出ていました。馬がその場でパカパカしている周りで、私たちは走る、転ぶなどの演技をし、火事場のシーンを表現しました。そのシーンで化粧をしないで出たら早く帰れるだろうと一部の俳優が化粧をせずに演じましたが、私はあってはならないことだと化粧をして臨みました。すると、舞台袖に菊田先生が立っていて、「君はこっち、君はあっち」と戻ってくる俳優を二組に分けたのです。はじめはなにをされているのかわからなかったのですが、化粧をしている俳優とそうでない俳優を分けていたんです。そして化粧をしていない役者はクビになりました。大変厳しいところもある先生でした。

ここまでやってこられたのは、そんな菊田先生のご指導のお陰です。先生からは「10年やってやっと1年生だと思わなくちゃ、舞台はやってはいけないよ」と言われました。60年経ちました。やっと6年生なんです(笑)。だからみなさん、私、もう少し生きたいと思います!それも舞台の上で! せめてあと20年、いいじゃないですか、ヨボヨボになっても。そんな役をぜひ私に書いて、お声をかけてください!私も、舞台の上で死にたい気持ちでおります!みなさん、どうもありがとうございました。



そして最後に菊田一夫先生、
すごく嬉しい賞をいただきました。
ありがとうございます。




美波里さんの「私もバレリーナを目指していたのよ」の言葉に、三浦さんもこの表情!世代を超えたエールのような素敵なひと幕。

菊田一夫演劇賞趣旨
我国演劇界に偉大なる足跡を残された菊田一夫氏の業績を永く伝えるとともに、氏の念願であった演劇の発展のための一助として、大衆演劇の舞台ですぐれた業績を示した芸術家(作家、演出家、俳優、舞台美術家、照明、効果、音楽、振付、その他スタッフ)を表彰する。

おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人

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