二刀流での立ち廻りに、歌、笛の演奏も…?
“大坂”を守る「在天の姫」、男装の麗人・東儀左近を演じる北翔海莉さん。
藤山扇治郎さん、北翔海莉さん共演の舞台『蘭 ─緒方洪庵 浪華の事件帳─』が、5月に大阪松竹座と新橋演舞場で上演されます。
原作は築山桂さんによる時代小説「緒方洪庵 浪華の事件帳」シリーズの『禁書売り』と『北前船始末』。天然痘の予防接種の普及に尽力したことで知られ、日本の近代医学の祖ともいわれる緒方洪庵の若き日を、彼の身のまわりで起こるさまざまな事件と絡めて描く、ミステリ要素もある時代小説です。(2009年には窪田正孝君さん・栗山千明さん共演のドラマ版も放映されました)
武士の息子として生まれながら、学問の道にすすんだ章(あきら/のちの緒方洪庵)。大坂と呼ばれた頃の“なにわ”で、日々勉学に励みますが、なぜかそのまわりではさまざまな事件が…。心優しく、勉学熱心、でもちょっと頼りない? そんな章を演じるのは松竹新喜劇の藤山扇治郎さんです。
ひょんなことから章と出会う男装の麗人・東儀左近(とうぎさこん)を演じるのは、元宝塚歌劇星組トップスターの北翔海莉さん。宮廷に仕える舞楽集団「在天楽所(ざいてんがくそ)」の一員として男の姿をしている左近ですが、その正体は千年以上前から大坂の地を守る闇の一族「在天別流(ざいてんべつりゅう)」の姫でした。
このほか、石倉三郎さん、久本雅美さん、神保悟志さん、荒木宏文さん、佐藤永典さん、上田堪大さんなど、ベテランから若手までバラエティに富んだキャストが集まった時代劇エンタテイメント。演出を手がけるのは錦織一清さんです。
扇治郎さんの祖父である“昭和の喜劇王”こと藤山寛美さんの大ファンで、伯母にあたる藤山直美さんとも親交があるという北翔海莉さんに、作品の見どころ、扇治郎さんとの共演について、そして役者としての心構えまで、たっぷりとお話を聞きました。
◆【大坂を守る男装の麗人、年齢設定は20歳!】
──北翔さんのキャッチフレーズといえば「世のため人のため、北翔海莉」と思い浮かびますが、東儀左近役はまさに「世のため人のため」に生きる役柄ですね。 自分が日々を過ごすなかで「こうありたい」「こうであってほしい」と願っていること、その思いがそのまま詰まった作品にめぐりあえたと思っています。緒方章さん(藤山扇治郎さん演じる若き日の緒方洪庵)のセリフがまたかっこよくて、ちょっとうらやましいくらいです(笑)。
──台本を読まれて、左近という役についてどう思われましたか? 悪を暴いていく姿が、気持ちいいですよね。副題に“事件帳”とあるように、コナン君(『名探偵コナン』)や金田一少年(『金田一少年の事件簿』)のような役なんです(笑)。わたし、もともと『名探偵ポワロ』などの推理モノが好きで、宝塚時代にも謎解きをして犯人を捕まえるという役が多かったんですよ。それこそシャーロック・ホームズ役を演じたこともありました(笑)。今回の左近役も、とても自分好みの役だなと思いました。
──専科時代に主演された『風の次郎吉—大江戸夜飛翔—』を彷彿とさせる役柄ですよね。江戸の町で活躍するねずみ小僧から、大坂を守る男装の麗人に。ただし、ねずみ小僧に比べると年齢設定はかなり若いとか? 恐縮ながら、20歳の役をさせていただきます(笑)。扇治郎さんよりひとつ年下の設定なんですよ。…私、そう見えるかしら(笑)?
──昼の間は饅頭屋の娘として働く設定ですが、北翔さんの町娘姿も…? あります(笑)。町娘風のカツラをつけるのは、はじめてなので楽しみです。
──大阪松竹座、新橋演舞場と伝統ある劇場に立たれることについてはいかがでしょうか? ほんとうに憧れの舞台だったこのふたつの劇場で、板の上に立たせていただけるなんて、まだ夢を見ているような気持ちです。と同時に重い責任も感じています。劇場の名に恥じない役者になって、新たな北翔海莉をお見せできる作品にしたいと思っています。
──歌舞伎の上演劇場には、一種独特の雰囲気がありますよね。 今までどこの劇場でも経験したことのない、花道を歩けるというのが嬉しくて。いまだに「ほんとうかな?」という気分です。銀橋? 銀橋はもう経験したので……(笑)。今は、あの花道を通れると思うだけで緊張と嬉しさが込み上げてきますね。
◆【日本でしかできない舞台を。和物への思い】
──宝塚の退団公演(『桜花に舞え』)もそうですが、和物の作品でひときわ輝いていらした印象があります。 出演数も多かったですし、自分に合う作品にめぐりあわせていただけたのかもしれません。『宝塚舞踊会』にも7年連続で出演させていただきましたし。
──ご自身としては和物に対してなにか思いはありますか? もちろんブロードウェイなどの海外ミュージカルも大好きですが、日本にいるからこそできる舞台、日本でしかできない舞台をやりたいという思いがあります。歌舞伎の世界や、サムライ精神──和物の魅力はいろいろありますが、特に着物を身につけたときの所作の美しさが好きですね。
──実は、歌舞伎の上演劇場で北翔さんの姿をお見かけしたことが何度かありました。当時すでに注目されるスターさんでしたので「忙しいなかで時間を作って勉強しているんだな」と思ったことを覚えています。 あら、声をかけてくださったらよかったのに(笑)。稽古場でのレッスンも大事ですが、やっぱり劇場で本物を見て学ぶことは役者にとって不可欠だと思います。松竹新喜劇さんでも、藤山直美さんの舞台でも、単なる娯楽のために劇場へ行くことはありません。もちろん私が舞台に立ってお客さまに見ていただくときには、完全に娯楽として楽しんでいただきたいのですが、自分が客席に座るときは「あ、このネタは使えるな」「この見得の切り方、かっこいい! 真似してみよう」なんて(笑)、なにか勉強して帰ろうという気持ちでいますね。
──宝塚を卒業されて、客席から見る部分が変わったりしましたか? やはり在団中は男性をよく見ていましたが、卒業してからは女性や女方の役者さんに目が行くようになりました。女性役の所作というものをあまり知らなかったので(笑)。
──2月に出演された『恐怖時代』(「藤間勘十郎文芸シリーズ『恐怖時代』『多神教』」)の扮装写真ではゾクッとするような色気を感じました。 役柄が毒殺女でしたから…(笑)。『恐怖時代』は歌舞伎の演目をそのまま上演するという試みだったので、すべてが歌舞伎の「型」だったんです。最初はわからないことだらけで、新派の女方をされている俳優さんに所作をひとつひとつ教えていただきました。「女性の動きはこうなのよ」と教えていただいて、私が「そうなんだ(男声で)」なんて(笑)。その女方さんは男性の役でしたので、お互いにこれまで極めてきたものが正反対(笑)。性別逆転で教え合いました。
──歌舞伎も、宝塚も、それぞれに「型」というものがあると思うのですが、今回の作品は、出演者も非常にバラエティに富んでいて、いったいどんな「型」でくるのか想像がつかないところがあります。 各々が得意なジャンルを、そのまま役に当てはめているような部分がありますから、他の人の「型」にはまる必要もないですし、それぞれが自信を持ってぶつかっていける役だと思います。それにしても、ほんとうにすごいキャスティングですよね。出演者も宝塚のように80人くらいいるわけじゃないんです。でも賑やかで、華やかで、なんと言ってもカラフル(笑)! わたしも、これまで男役として培ってきたものに自信を持って取り組みたいと思います。と同時に「男装の麗人」というはじめて演じる役柄ですので、男役の男らしさとは違う部分、男の格好をしていても心は女性である、その切なさや、恋心などをしっかりと見せていきたいですね。
──宝塚でいうと『ベルサイユのばら』のオスカルのような役でもありますね。 確かに…(笑)。でも左近はオスカルよりもっと不器用で、男勝りかもしれません。
──「在天別流」の一員として、重い使命を帯びている役でもあります。左近の二つの顔をどう見せていきたいですか? 正体を隠しているとはいえ、大坂の地を守るという任務があり、宿命を背負っている。それってひとりの女性として哀しいことでもあると思うんです。なぜ自分はこういう宿命に生まれたのかと思うこともあるかもしれない。でもそんな疑問を振り払って、勇敢に悪に立ち向かっていく左近の姿をうまくお見せできればいいなと思っています。作品のなかで、彼女だけが持っているカラーがありますので、その重さ、哀しみを明確に出していくことで、ほかの役も含めて作品全体が引き立つのではないかなと思います。
◆【現場処理をきっちりと。役者としての任務を全うしたい】
──左近以外のキャラクターもほんとうに個性豊かです。稽古場の雰囲気はいかがですか? 扇治郎さんの穏やかな人柄と一生懸命さのおかげで、明るく、笑いが絶えない稽古場ですね。扇治郎さんはとにかく純粋で一生懸命。そういう姿に共演者は自然と引っ張られていきますし、みんなでしっかり支えて、この舞台を扇治郎さんの代表作にしようという思いも強くなります。「なんとしてでも舞台を成功させなくてはならない」そう思わせる力のある役者さんです。扇治郎さん、ほんとうに“愛されキャラ”なんですよ(笑)。
──北翔さんご自身も、宝塚時代にたくさんの公演に主演して座組を引っ張っていらっしゃいました。座長としての居方といいますか、心がけていたことはありますか? わたしは周りに助けてもらうことばかりでしたので、偉そうなことは言えませんが…。自分が主演させていただくときは、出演者全員のちょっとした変化にも気がつける座長でありたいと、稽古場の隅々まで見るようにしていました。初舞台を踏んで1年、2年の下級生にも必ず声をかけていましたね。日々の成長、変化を言葉で伝えてあげることが、本人たちのやる気にも繋がるんです。「自分は見てもらえている」と思えるのは大事なことなんですよ。
──稽古場の雰囲気といえば、演出家の存在も大きいと思います。今回演出を手がける錦織さんの印象は? とにかく役者を自由にさせてくれる演出家さんだなと。まず自分が思うようにやってみて、と言ってくださるんです。その上で、自分では思ってもいなかったような方向性のアドバイスをくださる。それがまた的確で「あ、そういうことだったのか」という気づきがあるんです。やはりご自身も役者であり、エンターテイナーであり、ショーやレビューも経験されていて、さらにお芝居もしっかりと勉強された方なので、引き出しが多いんですね。毎日が新鮮な稽古場です。
藤山扇治郎さんとの取材会でも、終始和やかな雰囲気だったおふたり。
「在天さん(北翔さん)は笑顔がかわいい! 癒やされます」(扇治郎さん)
──宝塚時代とは違い、毎回、新たな共演者やスタッフとの「はじめまして」からの稽古場になると思いますが、もう慣れましたか? わたしは親の仕事の都合で小学校も3回転校しましたし、宝塚でも初舞台から退団まで全組をまわった転勤族(笑)。「はじめまして、さようなら」の繰り返しで、同じ場所にずっといたことがあまりないんです。だから瞬間的に人を見る癖がついてしまっているのかもしれません。稽古場でも「あ、この人は、こういう方向性で演じたいんだな。じゃあ、自分はこっちのルートから攻めてみよう」と計算しています。そうしなくてはならない状況にずっといましたから。
──北翔さんが器用で、努力家だったからこそ、それができてしまったのかなと思います。 いえいえ、やっぱり育った環境だと思いますよ(笑)。
──ひとつの役に挑戦するたびに、なにか新しい芸を身につけていらっしゃる印象のある北翔さんですが、今回の舞台でなにか初挑戦することはありますか? 二刀流、ですね。はじめて二刀流の殺陣に挑戦します。二刀流で、男性との立ち廻り。楽しみですねえ! やっぱり男性は筋肉量の差でしょうか、動きの速さが違うんですよね。あの耳元でビュンッと聴こえる剣の音……たまんないですよね(笑)。嬉しくて仕方ないです。
──ほんとうに毎回さまざまなことに挑戦されていますが、そのバイタリティはどこから来るのでしょう。疲れたり、落ち込んだりすることはないんでしょうか? わたしのストレス解消は藤山寛美さんのDVDを見ることと、藤山直美さんの舞台を拝見すること。と言っても基本的にストレスは感じません。悩みもあんまりないんですよね。
──役者さんのなかには、稽古場で煮詰まってしまうタイプもいらっしゃいますよね。
稽古場で煮詰まったら、その日のうちに解決する。それまで帰りません(笑)。稽古場の問題は稽古場で片付ける。家にはぜったいに持ち帰らない。これが鉄則ですね。
──「仕事の悩みは家に持ち帰らない」……勉強になります。 オン・オフの切り替えが、私たちのような仕事をしている者にとって大事なことだと思うんです。現場処理をきっちりする、ということですよね。だから生半可な気持ちで稽古場にいたくないんです。
──「現場処理をきっちり」……メモしておきます! 稽古場で「ぜんぜんできない…でも、初日までまだ日があるからいいよね」なんていう態度は許せないんです(笑)! そういう意味では、扇治郎さんが自分と同じ方向を見ている役者さんで良かったなと思っています。扇治郎さんは「できへん、できへん」と言いながら、誰よりも遅くまで稽古をしてるんですよ。全体稽古が終わったあとに、ふたりでセリフ合わせをしたりもしています。
──そのストイックな役者としての心構えはいつ頃身についたのでしょうか? もともと役者やタカラジェンヌを志望していたわけではないということですが…。 わたしは父や兄と同じように自衛隊に入りたかった人間なので(笑)、最初から「役者とは」と考えていたわけではありません。でも宝塚音楽学校に入ることが決まったとき、父から「お前が合格したことによって、ほんとうに入りたかった人が39人不合格になった。だからお前はその39人の思いに責任を持って、任務を全うしなくはいけない」と言われたんです。当時の音楽学校入学試験の倍率が40倍だったんですね。だからそれだけの責任があるし、自分で進路を決めたからには、その道を極めろと。それに加えて、わたしの家族は父も兄も飛行機乗りで、家族全員が揃うということが当たり前ではなかった。家を出たら無事に帰ってくるかどうかもわからない、その日の任務に命がけで臨む仕事です。同じようにわたしの仕事も、毎日「もうここで死んでもいい」というくらいの気持で舞台に立たなくてはいけない。「これがラストステージになっても悔いはない」というつもりでやらないと駄目だなと思うんです。…やっぱり家庭環境のせいなのかな(笑)? でもほんとうに家族が揃うことが奇跡のようだと思っていたので、その時々の縁を大切にしたいという思いも育ちました。こうやって稽古場で出会ったカンパニー、そしてお客さまとのご縁も大切にしていきたいと思っています。
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─客席でそのご縁を感じるのが楽しみです。それでは最後に舞台を楽しみにしている方へメッセージをお願いします。 舞台生活20年以上になりましたが、台本を読んだ瞬間に「おもしろい、これはイケる!」と思う作品はごく一部です。この『蘭 ─緒方洪庵 浪華の事件帳─』は、本読みの段階から「これはお客さまにぜったいに損をさせない舞台になる」と感じています。とにかく各々の役の見せ場がありますから、まずは全体を、それから自分のご贔屓さんを見るということで、最低2回は観ないともったいない(笑)。錦織マジックと言うのでしょうか、錦織さんが仕掛ける思わずリピートしたくなってしまう演出もありますので、ぜひ楽しみにしていらしてください。「とにかく、損はさせない!」そんな舞台になることを自信を持ってお伝えしたいと思います。劇場でお待ちしております。
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おけぴ取材班:mamaiko(文/撮影) 監修:おけぴ管理人